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しおりを挟む魅入られたようにその瞳を見上げながら、レイはきゅむっと唇を噛みしめた。
「……っる」
口の中で小さく呟き、キュッと表情を引き結び目の前の男を睨みつけた。
「ジェラルドが……僕のことを本当に好きなのなんて知ってる!」
「?!」
大きく見開かれる瞳。
そのことに胸の奥がムラムラとムカついた。
だって驚愕を宿した瞳は……本気で自分の言葉が響いてないと信じていた証だ。
違うのに……と、そのことが酷くもどかしい。
だけどそのことを言葉で上手く伝える術がなくて、感情のままに目を見開いたジェラルドへと手を伸ばした。
乱暴に肩を掴み、ムリな体制で上半身を持ち上げる。
チュッと軽いリップ音を立てて唇を重ねた。
血を分け与える為ではない、はじめてのキス。
愛を伝えるための、拙い口づけだった。
「そもそもみんな勘違いしてるんだ」
薄い笑みを浮かべながらディートリッヒはワイングラスを揺らした。
充分に睡眠を取った彼は片手間に書類を捌いていた。宣言どおりほとんどの仕事はジェラルドが手配済みで、クロノスによって届けられた書類はほとんどない。この分なら数時間もかからないだろう。
「勘違い……?」
怪訝そうにクロノスが問いかける。
つまみと軽食代わりに小皿に盛ったドライフルーツ、チーズやクラッカーなどの盛り合わせを配膳していたララも手を止めて主を仰ぎ見た。
夜にも関わらず開け放たれたカーテン越しに投げかけられる月光が重厚な机に肘を付く男の肌を透けるように白く照らし出していた。
紅を刷いたように赤い唇が弧を描く。
「そうだな……例えば、前に君は言っていたね?自分をあの子の側に置いて欲しい、と」
エプロンを握りしめ、ララは小さく俯いた。
護衛のクロノスと違い、メイドのララは裏方だ。
人払いをした執務室や、仕事以外の場で彼らに奉仕することはあれど公務に関わることはない。
「……クロノスに劣る私では力不足なことは重々承知しております」
唇を噛みしめるララに「そうじゃないよ」とディートリッヒは柔らかく笑みを浮かべる。
なお、彼女はメイドとしては十分すぎる戦力だ。並みの魔族なら一網打尽の実力者だったりする。
「だから言っているだろう。みんな “勘違い” しているって」
愉し気に笑い、長い指で摘まんだドライフルーツをワインへとポトリと落とす。赤い水面に波紋が小さく広がった。
「あの子は泣き虫で臆病だ。闘いを怖がるし、優しすぎる。君はそんなあの子の側に居て守りたいのだろう。その気持ちと忠臣には感謝しているよ。けどあの子が本当に恐れているのは他でもない “自分自身” だ」
その言葉に二人は言葉を失った。
ただ無言で主を見る。
「自分の中にある抑えきれない強い力。それこそを心底恐れている。現にあの子は知ってしまった。制御できない自分の力が、自分の大切な誰かさえも傷つけてしまうことを」
実際、力を使うことを躊躇するレイにとって最大限に力を発揮できるのは無意識化で力を行使するときだ。
ジェラルドの攻撃で瀕死の重傷を負ったあの夜のように……。
「それは…………!でもっ、あの時のことはっレイ様は悪くはっ……!!」
「当然だ。あの子に非なんてないし、素晴らしい防衛本能だと思う」
黒き茨は周囲の全てを贄と変えてもレイの生命を繋ごうとするだろう。
どれだけの傷も瞬く間に修復して……。
そもそもレイが傷を負うこと自体許しがたい事態であり、その元凶がどのような目に合おうと知ったことではないし、例え他者が犠牲になろうと尊い犠牲だとすら思う。
「 “私は” ね?」
だがそれは……あくまでも彼らにとって。
レイにとってはまた別なのだ。
あのとき、たまたま意識を取り戻すのが間に合ったから止められたが、そうでなければレイはジェラルドを殺していた。
そのことは殺されかけたことよりも強い傷となって心に残った。
「全く……許しがたいことをしてくれたもんだ」
そんな息子の心境をしっかりと理解しているディートリッヒは苛立たしそうにドライフルーツを嚙み潰した。柔らかな果肉が牙の下でぐちゃりと潰れる。
レイに泣いて止められなければ、あの喉笛を食い破ってやったものを……。
愛しい愛しい妻の忘れ形見でもある愛息子は妻に似て一途なのだ。
「それにしても………可愛いレイくんはともかく、あの陰険悪魔まで存外一途とか笑えるんだけど」
その言葉にクロノスもララもむっつりと黙る。
過去の一件を許す気はない彼らだが、もう二度とジェラルドがレイに危害を加えることがないのは確信している。そうでなければ側に居ることなど許すはずもない。
ジェラルドがレイを深く愛していることは誰の目にも明らかだった。
「ですが……レイ様はジェラルド様のお言葉を信じ切れておられないのでは?」
「それはあの子の態度を言ってるのかな?」
赤い唇が面白そうに三日月を描いた。
「あれは拗ねてるだけだよ」
「「拗ねてる?」」
「子どもの頃のレイくんはジェラルドを無邪気に慕って懐いてたからね。あの頃と違う態度にアイツ自身もあの事件が原因だとでも思ってるんだろうけど……そもそも距離を取ってるのはアイツの方だし。レイくんはそれがご不満みたいだ」
顎に手をやりクロノスが「もしかして」と小さく口を開いた。
「レイ様とジェラルド様が呼ぶ度に見せるあの反応は……」
「だから拗ねてるんだよ」
クスクスと笑いながら「可愛いだろう?」と瞳を細めるディートリッヒの言葉に二人は沈黙した。
レイがいまだにジェラルドを好きなことも、その態度がかつてと比べるとよそよそしいことも感じていた二人だ。
あんな事件があったんだから当然だと、そう思っていた…………なのにその原因が自分を殺そうとした相手への拭いきれぬ不信感ではなく、拗ねているだけ…………。
ポカンと口を開く忠臣たちへ、ワイングラスを傾けながらディートリッヒは瑠璃色の瞳を細めた。
「そもそもあの子がジェラルドの気持ちを知らないわけがない。
なんせ私たち吸血鬼は____________」
夜の闇に楽し気に囁く声が小さく響いた。
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