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間話 師匠
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■モモ視点
お父さんの畑仕事を手伝って、和牛のお乳を搾らせてもらい、そのお礼にブラッシングをしていたら、小屋の中にさくら様が入ってきた。
特に話すこともないので、そのまま和牛のブラッシングを続けていたけど……さくら様は壁にもたれて、じっとこちらを見ている。
暇ならお仕事すればいいのに。
「えっと、さくら様。何か御用でしょうか?」
「ああ、少し話をしたいと思ってね。もう大丈夫かな」
和牛は空気を読んだのか、ふらっと小屋を出ていった。
置いてかないでほしい。二人きりは落ち着かない。
「どんなお話でしょうか?」
「モモ、君は父親である悠のことが好きかい?」
「もちろん、大好きです!」
知ってるよ。これが愚問って言葉だ。
「そうか。あのお人好しは、これからも意図せず人と関わり、面倒ごとを背負っていくと思う。知識があれば解決できることもあるだろう。でも時には、力が必要になる。けれど、君の父は暴力そのものを否定する。よく言えば優しく、悪く言えば生ぬるい男だ。外の世界を知っている君なら、わかるだろう?」
さくら様の言う通りだ。お父さんはとっても優しい人。
サイゼ様だって、お父さんを守るようにって言ってた。
外の世界。
思い出すだけで嫌になる。刺すような視線、突きつけられたナイフ。
痛みが走ったあの記憶——私は無意識に頬の傷に触れていた。
「杏殿も大福もいるが、もっとわかりやすい“抑止力”が必要だと思わないかい?」
「さくら様が、その抑止力になってくださるのではないのですか?」
「私にそこまでの力はないさ。もう過去の人間だよ。それに、これは君の父——つまり君たち家族の問題だ。すべて私に頼るつもりかい? 私はそんなに暇でもない」
暇そうには見えるけど……。
この方はたぶん、私に何かさせたいんだ。目的があって来たんだ。
「君は外の世界を知っているだろう? あの狂気が、君の父の優しさにつけ込んできたらどうする。いま、なんの力も持たない君に、お父さんを守れると思うかい? 私なら、その力を授けてあげられる」
「さくら様がどんな考えをお持ちかはわかりませんが。だったら、私を強く——いえ、誰よりも強くしてください」
「おお、即答だね。たった数ヶ月しか一緒にいない人間を、そこまでして守る覚悟がどうしてできるのか、私には不思議だよ」
「——私はあのミルク粥の味が、忘れられません。杏お姉ちゃんのお腹の、いい匂いも。大福様のふかふかの毛皮も。お父さんが優しく撫でてくれる手の温かさも。全部忘れたくないんです」
さくら様にとっては些細なことかもしれません。他の誰かにとっても、当たり前の幸せかもしれない。
でも私にとっては一生をかけて恩返ししたい、大切な人たちなんです。
そもそも、覚悟もなしに神様の手なんて取りません
さくら様が何を考えているのかは、まだわからない。
でも、お父さんを、家族を守れるなら、私はどんなことでもしたい。
「いい覚悟だね。それなら、明日からは私のことを“師匠”と呼びなさい」
「わかりました。でも、自分の食器は自分で片付けてくださいね」
「そこは弟子である君が——」
「それとこれとは別です」
お父さんの畑仕事を手伝って、和牛のお乳を搾らせてもらい、そのお礼にブラッシングをしていたら、小屋の中にさくら様が入ってきた。
特に話すこともないので、そのまま和牛のブラッシングを続けていたけど……さくら様は壁にもたれて、じっとこちらを見ている。
暇ならお仕事すればいいのに。
「えっと、さくら様。何か御用でしょうか?」
「ああ、少し話をしたいと思ってね。もう大丈夫かな」
和牛は空気を読んだのか、ふらっと小屋を出ていった。
置いてかないでほしい。二人きりは落ち着かない。
「どんなお話でしょうか?」
「モモ、君は父親である悠のことが好きかい?」
「もちろん、大好きです!」
知ってるよ。これが愚問って言葉だ。
「そうか。あのお人好しは、これからも意図せず人と関わり、面倒ごとを背負っていくと思う。知識があれば解決できることもあるだろう。でも時には、力が必要になる。けれど、君の父は暴力そのものを否定する。よく言えば優しく、悪く言えば生ぬるい男だ。外の世界を知っている君なら、わかるだろう?」
さくら様の言う通りだ。お父さんはとっても優しい人。
サイゼ様だって、お父さんを守るようにって言ってた。
外の世界。
思い出すだけで嫌になる。刺すような視線、突きつけられたナイフ。
痛みが走ったあの記憶——私は無意識に頬の傷に触れていた。
「杏殿も大福もいるが、もっとわかりやすい“抑止力”が必要だと思わないかい?」
「さくら様が、その抑止力になってくださるのではないのですか?」
「私にそこまでの力はないさ。もう過去の人間だよ。それに、これは君の父——つまり君たち家族の問題だ。すべて私に頼るつもりかい? 私はそんなに暇でもない」
暇そうには見えるけど……。
この方はたぶん、私に何かさせたいんだ。目的があって来たんだ。
「君は外の世界を知っているだろう? あの狂気が、君の父の優しさにつけ込んできたらどうする。いま、なんの力も持たない君に、お父さんを守れると思うかい? 私なら、その力を授けてあげられる」
「さくら様がどんな考えをお持ちかはわかりませんが。だったら、私を強く——いえ、誰よりも強くしてください」
「おお、即答だね。たった数ヶ月しか一緒にいない人間を、そこまでして守る覚悟がどうしてできるのか、私には不思議だよ」
「——私はあのミルク粥の味が、忘れられません。杏お姉ちゃんのお腹の、いい匂いも。大福様のふかふかの毛皮も。お父さんが優しく撫でてくれる手の温かさも。全部忘れたくないんです」
さくら様にとっては些細なことかもしれません。他の誰かにとっても、当たり前の幸せかもしれない。
でも私にとっては一生をかけて恩返ししたい、大切な人たちなんです。
そもそも、覚悟もなしに神様の手なんて取りません
さくら様が何を考えているのかは、まだわからない。
でも、お父さんを、家族を守れるなら、私はどんなことでもしたい。
「いい覚悟だね。それなら、明日からは私のことを“師匠”と呼びなさい」
「わかりました。でも、自分の食器は自分で片付けてくださいね」
「そこは弟子である君が——」
「それとこれとは別です」
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