取引先のエリート社員は憧れの小説家だった

七転び八起き

文字の大きさ
28 / 33

第28話 私が欲しかったもの

しおりを挟む
 その日、翠川雅人の出版社の担当の人が来て、新刊の見本を持ってきた。
 担当の人が帰った後、私は急いで橘さんの部屋の書斎に行った。

「私が最初の読者です!!」

「いや……まぁいいや」

 私はそれを受け取って目を凝らして読んだ。

 それは、会社員の男女二人のプラトニックで美しい恋愛ドラマだった。

「ああ……素敵です!私が求めていたのはこれだったんです」

 翠川雅人の美しい純愛。

「やっぱりプラトニックな恋愛が好きです……」

「お前はプラトニックを捨てて俺と作ると自分で言ったんだろ」

「でも二人でプラトニックな恋愛も書けますよ」

「それじゃ意味がない!」

 橘さんはやや怒っている。

「俺は、お前が書いた、プラトニックを捨てた男と女の話が見たいんだよ。だから受けた。最後まで書け」

「うーん……」

 今更引けない。
 もう私はその世界を書くと決めた。

「ただ……賞を狙うなら、そういう描写はもうちょっと控えめにしたほうがいいかもな」

「そうですね。色んな人に見せる前提で書いてないんで、ちょっと正直に書きすぎてますし」

「正直に書いたのと、人に見せるのと分けろ。正直に書いたのは俺に見せろ」

「とりあえず、今書いてる途中のを最後まで書きます」

 私は翠川雅人の新作を見れて満足して書斎を出ていこうとした。

「コンテスト調べてるか?自分で」

「はい」

「一番締め切りが近いやつは何?」

「えーっと、投稿サイトにあるやるですね」

「じゃあそれに応募してみろ。」

「え……あと一週間くらいで締め切られますが」

「ダラダラ書くより、今の勢いで書ききれ」

「え!!」

「落ちるのを恐れるな。落ちても他にも応募できるし、書き直して再チャレンジもできる」

 あと一週間なんて……仕事もあるのに。

 ──でも!

「書きます!」

 もう進むしかない。

 ◇ ◇ ◇

 仕事の合間を縫って、やっと書き上げた、私なりの愛憎劇。

 よくわからないまま、先輩の話も参考にして書いた。

 恋人が既婚者だと発覚した時、主人公に静かに灯った炎が、まるですべてを焼き尽くすかのように広がり、その炎の中で、抱き合っている二人、という、自分でも複雑なストーリーだと思う。

 でも、私にはこのストーリーしかなかった。
 だから、どう言われても、それが今の私の実力なんだ。

 完成したのは深夜だった。
 私は橘さんに試しにメッセージを送った。

『完成しました』

 そしたらすぐに返信が来た。

『今から来て』

 まだ起きていた事への驚きと、嬉しさで、急いで橘さんの部屋に行った。

 橘さんは玄関前に立っていて、私はすぐに小説を渡した。

 そんなに長くはない小説。
 だけど今の私のありったけを込めた。

 橘さんはそれをじっくり読んでいた。

「……すごいストーリーだな。こういう展開になるとは思わなかった」

「それは、褒めてるんですか?」

「褒めてるよ。ここまで深い、人の心の闇を描けるとは思わなかった」

「最初はわからなくて戸惑いましたが、色々な事で、感情を少し知れたんです」

「それをここまで膨らませられるんだな」

 橘さんは私を褒めているんだけど、声は冷たかった。

「何か私、橘さんを不快にさせてしまいましたか……?」

「……いや、俺の嫉妬だよ」

「嫉妬?」

「俺にはここまで書けない」

「え?」

「賞がとれなくても、誰も認めなくても、俺だけは認めるよ。やっぱり美鈴は凄い」

 橘さんが真剣な瞳で私を見た。

「書き続けてくれ。お前はちゃんと書けている。それだけでもう、小説家だ」

 その時、瞳から勝手に涙がこぼれた。

「そんな事言ってもらえると思わなくてびっくりしました。恐れ多いです」

「美鈴が賞をとったら、ライバルだな」

「全くカテゴリー違うじゃないですか……」

「賞の席は少ししかないだろ」

 なんとか完成させたストーリー。
 応募しても何も起こらないかもしれない。

 でも唯一認めてくれた。
 憧れていた小説作家に。

 これ以上の幸福なんてきっとない。

 そう思えた夜だった。

 そして、私はその作品をコンテストに応募した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ホストと女医は診察室で

星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。

久我くん、聞いてないんですけど?!

桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚 相手はキモいがお金のため 私の人生こんなもの そう思っていたのに… 久我くん! あなたはどうして こんなにも私を惑わせるの? ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。 同じ頃、職場で 新入社員の担当指導者を命じられる。 4歳も年下の男の子。 恋愛対象になんて、なる訳ない。 なのに…?

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ
恋愛
 高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。 久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。  私、今日も明日も、あさっても、  きっとお仕事がんばります~っ。

そして、恋の種が花開く。

松本ユミ
恋愛
高校を卒業して七年、代わり映えのない日々を送っていた赤木さくらの元に同窓会のハガキが届いた。迷った末に同窓会に出席することにしたさくらの前に現れたのは……。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと? そんな男、こっちから願い下げ! ——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ! って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。

親愛なる後輩くん

さとう涼
恋愛
「神崎部長は、僕と結城さんがつき合っているのを知りながら彼女に手を出したんですよ」 雨宮一紗(33歳)。離婚して3年。 同じ会社に勤める元夫・神崎敦朗と復縁したくて、ある日食事に誘ったら、神崎から恋人がいると知らされる。相手は20代の部下・結城史奈だという。 さらに神崎のもうひとりの部下である蓮見閑《しずか》から、彼女(結城)を神崎に略奪されたと聞かされてしまい、大きなショックを受ける……。

処理中です...