取引先のエリート社員は憧れの小説家だった

七転び八起き

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第27話 愛と憎しみ

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 橘さんから受け取った種。
 それは切ない愛を紡げるものではなかった。

 主人公が恋人に騙されていたストーリー。
 そんな男とっとと見捨ててしまえば終わると思う。
 でもそしたら物語にならない。

 スマホで検索してみると色々出てくる。

 DVされてるのに離れられない。
 ホストから抜け出せない。
『そんな男』でも、錯覚してしまう愛。

 悶々としながら、次の朝電車に揺られていた。
 駅で降りると、別部署の先輩がいた。
 私が新人の時に沢山お世話になった人。

「先輩!」

 先輩が振り返った。

「神谷ちゃんおはよ~」

 先輩は爽やかで気さくで美人で仕事ができる私の憧れである。

「最近どうですか??」

「相変わらずだよ~。神谷ちゃんは?」

「私も特に大きな変化はないです」

「あ、今日久々に一緒にお昼食べに行かない?」

「行きます!」

 久々に先輩と話せる私は浮かれていた。

 ◇ ◇ ◇

 お昼にエレベーターの前で先輩と待ち合わせて、ランチを食べにお店に入った。

 リラックスできる雰囲気で、席の間隔が広いから、密集してなくて好きな場所だ。

 私達はそれぞれ注文して他愛もない話をしていた。

「あのさ。ちょっと気になる事があって……」

「なんですか?」

「神谷ちゃん、取引先かなんかの男の人と付き合ってたりする?」

 私は飲んでたアイスティーを吹き出しそうになった。

「え……何でそう思うんですか?」

「二人がエレベーターに乗るの見た時があって、止まった階が……ねぇ」

 うわーー!!

「あれは間違えたんです!!」

「でも、エレベーターその階で止まったままだったし」

 言い訳が思いつかない。

「他の日もその階で止まってるの見たんだ」

 油断していた。

 エレベーターで止まった階で勘づかれてしまうって。

「先輩……内緒にしてもらえますか?」

 誤魔化せない私は、もう縋るしかなかった。

「誰かに言うつもりはないよ。私も人の事とやかく言う資格なんてないし」

「え……?それはどういう」

 先輩は目を伏せた。

「私、同じ部署の人と不倫してるの」

 ──衝撃的な事実だった。

「え、誰とですか?」

「それは言えないなぁ流石に」

「すみません……」

 先輩と不倫が全く結びつかない。
 そういうのを嫌う人だと思ってた。

「既婚者だって知らなかったんだよ最初。わかった時は修羅場だった」

 ん?それって……橘さんの設定と同じでは……。

「先輩はそこで別れなかったんですか…?」

「別れようとしたよ。でもさ……凄い好きだったし、結婚したいと思ってたからさ……そんな簡単に割り切れなくて。」

 私はその先輩の心理を知りたかった。
 でも踏み込むのも気が引ける。

 ──けど!

「わ、私の友達も実はそういう子がいて……相談されるんですけど、なかなか言葉が出なくて、聞くしかできないんです……」

 嘘をついた。

「『妻とはもう関係が冷えている』『一番愛してるのはお前だけ』とかテンプレなセリフ言われてさ。最低最悪なんだよね。なのに、離れると辛いの」

 先輩の遠くを見る目が切なかった。

「とっとと別れられたら楽なのに、別れを切り出すたびに会いにくるの。愛してるって言われると、全てを許してしまうの。その時だけは」

「苦しいですね……」

 話が深刻すぎてなんて言えばいいかわからない。

「その友達もそうなんじゃない?」

「あ、はい!そうなのかもしれないです」

 先輩ごめんなさい嘘ついて……。

「そんなの繰り返して、疲れたよもう。どうしようね。未来なんてないのに。」

 終わらせられない関係。
 憎んでるけど愛してる。

「複雑ですね……人間の心って」

「え?そう?」

「あ、すみません。ちょっと私には人生経験が足りなくて、先輩の気持ちでまた勉強になったなと」

「勉強しなくていいよこんなの」

 先輩は笑った。
 心の中はどうなんだろう。

 私はそのランチのひと時で、愛と憎しみを、少し知れた気がした。
 先輩を蔑むなんてできなかった。
 あの表情を見て、気持ちを聞いて、それはそんな簡単に割り切れるものじゃないと理解した。

 先輩とオフィスのエレベーター前で別れる時

「じゃあまた今度話そうね~。今度は神谷ちゃんの話色々聞かせてね~」

 先輩は何事もなかったように行ってしまった。
 私の知らないところで泣いてるのかもしれない。

 恋は私が思うよりもっと複雑なのかもしれない。

 ◇ ◇ ◇

 私は家に帰った後、先輩の話を聞いた時の気持ちをノートに書いた。

 その時、玄関のドアが開いた。
 橘さんは最近正々堂々と入ってくるようになった。

「お疲れ様です」

「何してるの?」

 ソファにどかっと座ってもたれかかっている。

「愛と憎しみです……」

「ちょっと見たい」

「ダメです!!」

「なんで?」

「そんな簡単な話じゃないんです!!」

「書けないかもしれないって言ってた割に本気だな」

「本気です!」

 橘さんがクスッと笑った。

「美鈴はいい作家になれそうだ」

 それは……揶揄ってるの?

 私が立ち上がると、橘さんに引っ張られて膝の上に乗せられた。

「癒される……」

 橘さんに抱きしめられると私も癒される。

「私、橘さんが最低な男でも、離れられないです。たぶん……」

「え?」

 それが正しい愛と憎しみの共存なのかはわからないけど。

 先輩の気持ちは痛いほど伝わった。

「そうか……じゃあ最低な男と離れられない女になって俺に溺れろ。そして書け」

 橘さんのくれた種を私なりに育てて花を咲かせるんだ。

 そして──

 コンテストに出すんだ。

 私は頭を悩ませながらも、それから毎日書き続けた。
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