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第3章 強くなるために
かぜ
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雨や雪の日の訓練は、正直しんどい。
泥に足を取られるし、踏ん張っても滑る。
靴には泥がどっさりついて、一歩ごとに重くなる。踏み出す感覚だってズレる。
けれど——これに慣れておかないと、実際に雨や雪の日に襲われた時、命を落とすことになる。
滑った時にどう対処するか。
もしその瞬間に敵が襲ってきたら?
相手だって足を取られる。その隙を逃さず狙えるようになれば、生き残る確率は格段に上がる。
「ほら。足を取られたからって視線を外さない」
コンッ。
「あいたっ!」
すかさず後ろに回り込まれ、俺の頭にチョップが落ちた。
少しぬかるんでる程度ならまだ動ける。
でも今日は雨と雪で地面がぐっちゃぐちゃ。
泥に足を取られて膝をついた瞬間、イディアが視界から消えた——そして次の瞬間には後頭部にチョップだった。
「敵から視線を外すこと。それはすなわち“死”を意味する」
イディアの声が、冷たい空気を裂いて届く。
「足を取られても、転んでも、敵がどこにいるかを見失うな」
「はぁい……」
……確かに。さっきも“どこいった?”と思う前にチョップだったもんな。
敵から目を離さない、よし。
「もう一回!」
「もっかい!」
「まだまだぁ!」
「お願いしますっ!」
でも、頭でわかっても体は全然ついてこない。
何度も足を取られては転び、視界がぐるぐる回って、イディアが消えて、チョップ。そんな繰り返し。
ーーなぜ、俺が朝からイディアに扱かれているのか。
それは、ここノルデンでの冒険者事情でもあった。
冬は依頼が減る。
特に北にあるノルデンじゃ、魔物も魔獣も寒さで動きが鈍るし、わざわざ殺されに出てくるものもいない。
薬草もほとんど枯れるし、生っているのは森の奥、見習いの俺には手が出せない場所の希少なものばかりだ。
だから今の時期、魔物討伐を主としているイディアにも手が空く時間がある。
その結果が……これ。俺の雪上特訓。
本人曰く、「どうせ暇なら、エルをしごくに限る」らしい。「自分も怠けることないし丁度いい」とも言っていた。……"丁度いい"っていいように使われてない?俺。
「おっと、そろそろ辞めるか。帰って風呂だ風呂」
その言葉が心の底からありがたかった。
慣れない雪に、体力はもう限界。
何度も転けて泥と雪で全身ドロドロ。
服は水を吸って異様に重たい。
体は熱いのに、指先だけが真っ赤で痛い。
「くしゅんっ」
宿に着く頃には、冷えた風が服の隙間を抜けて、全身を刺した。
温まっていた体はすっかり冷えきって、くしゃみが止まらない。
「寒い……」
宿に着くなり風呂に直行する。
泥を落として湯船に沈むと、冷えきっていた体の芯がじんわりと溶けていくようで、思わず目を閉じた。
……あぁ、極楽。
でも心地よかったのは、そこまでだった。
湯から上がった瞬間、体がずしりと重い。
息が熱くて、でも指先がまだ冷たい。
ふらふらと着替えて部屋へ戻る。階段を登る足取りはやたら重く、扉を開けた先で——なぜか居るはずのないイディアと目が合った。
「あちゃあ」って顔、された。
え?何?俺、なんかした?
ディーはため息をついて、「寝てろ」とだけ言うし。
でも、体は重くてしんどかったから寝てていいのは正直助かった。
布団に入るとアレクは丸まってた。
……居ないと思ってたら元の姿で寝こけてたな。
容赦なく蹴って端においやった。
……おでこがひんやりして気持ちいい。
いつの間にか眠ってしまっていたみたいで目を開けたらイディアと目が合った。俺のおでこに濡らしたタオルを置いてくれたみたい。
「あー、俺が風邪をひかせて、悪かった」
「……?」
「何が?」と言おうとしたけど喉が痛くで声を出すのを止めた。そっか、俺風邪ひいたのか。
「泥と雪で汚れた上に、服は水分吸って冷たく重くなってたろ。早々に切り上げるべきだったのに」
「だいじょぶ」
出してみた声は掠れてガラガラだった。
喋ったから喉がツキンと痛くなった。
でもただの風邪だし、寝落ちる前みたいな寒さはもう無いし、ゆっくり寝てればきっと回復すると思う。
「起きたならこれ飲め」
そう言ってディーが出して来たのはコップ半分を満たした緑色の液体。見たことの無い飲み物に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。……思いっきり草の匂いがするんですが。え、なにこれ、罰ゲーム?訓練に行って風邪をひいて帰ってきた俺に対する仕打ちでしょうか?
「良いから飲め」
ディーの有無を言わさぬ物言いに、心を決めて一気にあおった。
……っっ!!にっがい!なにこれ!変にとろみが付いていて喉に張り付く、美味しくない...苦いのにすぅっとした感じもちょっぴり入っていて、とにかくまずい!!
吐き出したい気持ちを堪えて必死に全部飲み込んだ。ある意味今日の体力は底をついた気がする。
「したら寝てろ」
お口直しのお水は貰えないんですかぁ?この嫌ぁな苦味のお口のまま寝ないとダメなのかなぁ?
待っていても一向に出てこなかったので、俺は諦めてふて寝した。
ーー俺は森の中にいた。
大きな大木が沢山生えている森だった。
空からは太陽に日差しが燦々と降り注いでいて、暖かくて気持ちがいい。
そこでふと、俺はこれが夢だと気づいた。
見渡す限り大木の森林。
それをただぼーっと眺めてる。……眺めてる?ふと視界が高い事に気がついた。
動く視界が正解を映す。俺は木の枝に居たんだ。それもかなり高い木だった。
どうやって登ったんだろう?疑問は浮かぶが恐怖はない。そのうち俺はその枝を蹴って別の枝に飛んで行った。……"飛んだ"と俺は思う。でも俺には羽がない、どうやって飛ぶんだ?
でも俺は次から次へとどんどん飛んで留まる枝を選んでいる。
それがやけに気持ちよかった。
「……あれ?」
なんか夢を見ていた気がするんだけどなぁ。なんだっけ、なんか気持ちの良かった夢のような気がするけど全然思い出せないや。
「あ。あーあー」
喉が痛いの治ってる!沢山寝たからかな?やっぱり寝るのは最強だな。
部屋を見渡すと誰もいない。……いや、アレクがまだ俺の布団に中に居るな?
イディアは帰ったようだ。ディーはどこ行ったのかな?
とりあえず水が欲しくてベッドを抜ける。
あ、体が軽い。寝る前とは雲泥の差だ。
窓の外を見ると街は夕暮れ時。
また雪がチラついてきそうだ。まだまだ冬はこれからだ。イディアからもしっかり冬の戦い方を学ばないと。
ぐぅぅぅ~。
俺のお腹が盛大に鳴った。
よく考えたら朝は軽く雨だった昼は何も食べてないんだからそりゃあ腹減るよ。
少し時間は早いけど、食堂に行ったら何か出してくれるだろう。
俺は軽い足取りで食堂へ向かうのだった。
泥に足を取られるし、踏ん張っても滑る。
靴には泥がどっさりついて、一歩ごとに重くなる。踏み出す感覚だってズレる。
けれど——これに慣れておかないと、実際に雨や雪の日に襲われた時、命を落とすことになる。
滑った時にどう対処するか。
もしその瞬間に敵が襲ってきたら?
相手だって足を取られる。その隙を逃さず狙えるようになれば、生き残る確率は格段に上がる。
「ほら。足を取られたからって視線を外さない」
コンッ。
「あいたっ!」
すかさず後ろに回り込まれ、俺の頭にチョップが落ちた。
少しぬかるんでる程度ならまだ動ける。
でも今日は雨と雪で地面がぐっちゃぐちゃ。
泥に足を取られて膝をついた瞬間、イディアが視界から消えた——そして次の瞬間には後頭部にチョップだった。
「敵から視線を外すこと。それはすなわち“死”を意味する」
イディアの声が、冷たい空気を裂いて届く。
「足を取られても、転んでも、敵がどこにいるかを見失うな」
「はぁい……」
……確かに。さっきも“どこいった?”と思う前にチョップだったもんな。
敵から目を離さない、よし。
「もう一回!」
「もっかい!」
「まだまだぁ!」
「お願いしますっ!」
でも、頭でわかっても体は全然ついてこない。
何度も足を取られては転び、視界がぐるぐる回って、イディアが消えて、チョップ。そんな繰り返し。
ーーなぜ、俺が朝からイディアに扱かれているのか。
それは、ここノルデンでの冒険者事情でもあった。
冬は依頼が減る。
特に北にあるノルデンじゃ、魔物も魔獣も寒さで動きが鈍るし、わざわざ殺されに出てくるものもいない。
薬草もほとんど枯れるし、生っているのは森の奥、見習いの俺には手が出せない場所の希少なものばかりだ。
だから今の時期、魔物討伐を主としているイディアにも手が空く時間がある。
その結果が……これ。俺の雪上特訓。
本人曰く、「どうせ暇なら、エルをしごくに限る」らしい。「自分も怠けることないし丁度いい」とも言っていた。……"丁度いい"っていいように使われてない?俺。
「おっと、そろそろ辞めるか。帰って風呂だ風呂」
その言葉が心の底からありがたかった。
慣れない雪に、体力はもう限界。
何度も転けて泥と雪で全身ドロドロ。
服は水を吸って異様に重たい。
体は熱いのに、指先だけが真っ赤で痛い。
「くしゅんっ」
宿に着く頃には、冷えた風が服の隙間を抜けて、全身を刺した。
温まっていた体はすっかり冷えきって、くしゃみが止まらない。
「寒い……」
宿に着くなり風呂に直行する。
泥を落として湯船に沈むと、冷えきっていた体の芯がじんわりと溶けていくようで、思わず目を閉じた。
……あぁ、極楽。
でも心地よかったのは、そこまでだった。
湯から上がった瞬間、体がずしりと重い。
息が熱くて、でも指先がまだ冷たい。
ふらふらと着替えて部屋へ戻る。階段を登る足取りはやたら重く、扉を開けた先で——なぜか居るはずのないイディアと目が合った。
「あちゃあ」って顔、された。
え?何?俺、なんかした?
ディーはため息をついて、「寝てろ」とだけ言うし。
でも、体は重くてしんどかったから寝てていいのは正直助かった。
布団に入るとアレクは丸まってた。
……居ないと思ってたら元の姿で寝こけてたな。
容赦なく蹴って端においやった。
……おでこがひんやりして気持ちいい。
いつの間にか眠ってしまっていたみたいで目を開けたらイディアと目が合った。俺のおでこに濡らしたタオルを置いてくれたみたい。
「あー、俺が風邪をひかせて、悪かった」
「……?」
「何が?」と言おうとしたけど喉が痛くで声を出すのを止めた。そっか、俺風邪ひいたのか。
「泥と雪で汚れた上に、服は水分吸って冷たく重くなってたろ。早々に切り上げるべきだったのに」
「だいじょぶ」
出してみた声は掠れてガラガラだった。
喋ったから喉がツキンと痛くなった。
でもただの風邪だし、寝落ちる前みたいな寒さはもう無いし、ゆっくり寝てればきっと回復すると思う。
「起きたならこれ飲め」
そう言ってディーが出して来たのはコップ半分を満たした緑色の液体。見たことの無い飲み物に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。……思いっきり草の匂いがするんですが。え、なにこれ、罰ゲーム?訓練に行って風邪をひいて帰ってきた俺に対する仕打ちでしょうか?
「良いから飲め」
ディーの有無を言わさぬ物言いに、心を決めて一気にあおった。
……っっ!!にっがい!なにこれ!変にとろみが付いていて喉に張り付く、美味しくない...苦いのにすぅっとした感じもちょっぴり入っていて、とにかくまずい!!
吐き出したい気持ちを堪えて必死に全部飲み込んだ。ある意味今日の体力は底をついた気がする。
「したら寝てろ」
お口直しのお水は貰えないんですかぁ?この嫌ぁな苦味のお口のまま寝ないとダメなのかなぁ?
待っていても一向に出てこなかったので、俺は諦めてふて寝した。
ーー俺は森の中にいた。
大きな大木が沢山生えている森だった。
空からは太陽に日差しが燦々と降り注いでいて、暖かくて気持ちがいい。
そこでふと、俺はこれが夢だと気づいた。
見渡す限り大木の森林。
それをただぼーっと眺めてる。……眺めてる?ふと視界が高い事に気がついた。
動く視界が正解を映す。俺は木の枝に居たんだ。それもかなり高い木だった。
どうやって登ったんだろう?疑問は浮かぶが恐怖はない。そのうち俺はその枝を蹴って別の枝に飛んで行った。……"飛んだ"と俺は思う。でも俺には羽がない、どうやって飛ぶんだ?
でも俺は次から次へとどんどん飛んで留まる枝を選んでいる。
それがやけに気持ちよかった。
「……あれ?」
なんか夢を見ていた気がするんだけどなぁ。なんだっけ、なんか気持ちの良かった夢のような気がするけど全然思い出せないや。
「あ。あーあー」
喉が痛いの治ってる!沢山寝たからかな?やっぱり寝るのは最強だな。
部屋を見渡すと誰もいない。……いや、アレクがまだ俺の布団に中に居るな?
イディアは帰ったようだ。ディーはどこ行ったのかな?
とりあえず水が欲しくてベッドを抜ける。
あ、体が軽い。寝る前とは雲泥の差だ。
窓の外を見ると街は夕暮れ時。
また雪がチラついてきそうだ。まだまだ冬はこれからだ。イディアからもしっかり冬の戦い方を学ばないと。
ぐぅぅぅ~。
俺のお腹が盛大に鳴った。
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