電車の男ー社会人編ー番外編

月世

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イチャイチャin Hawaii ※

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〈倉知編〉

 挙式を終え、チャペルを出た。
 よく晴れた日だ。
 透き通るハワイの海を背景に、二人でナイフを持って、ケーキ入刀。
 お互いにケーキを食べさせるファーストバイトのあとは、砂浜に家族が並んで「乾杯」と声を揃える。
 こういう、一般的な挙式を体験できるとは思わなかった。
 嬉しくて、楽しくて、幸せで、ずっと笑っていた。
 波打ち際を、手を繋いで歩く。
 シャッター音が鳴る。
 ハルさんが、カメラを構えてずっとついてきている。
 アルバム作成のための写真撮影タイムだ。家族はひっそりと、遠巻きにこちらを見守っている。
 海をバックに見つめ合う写真をこれでもかと撮ったあとで、ファインダーを覗いていたハルさんが、「よし、じゃあ次、お姫様だっこいってみようか」とニヤニヤした声で言った。
「出たー、くると思った」
 加賀さんが、はい、と両手両足をまっすぐ伸ばして直立し、抱っこ待ちをする。
 可愛い。
「失礼します」
 タキシードの加賀さんを、丁寧に抱え上げた。俺の首に手を回した加賀さんが、顎のあたりに鼻をすり寄せてくる。
「くすぐったいです」
「ごめん、匂い嗅ぎたくなっちゃって」
 至近距離に、加賀さんの顔がある。ほぼ無意識に、キスをする。キャー、と遠くで六花の悲鳴が聞こえた。
「こらこら」
 加賀さんが笑って俺の頬を押す。
「いいよ、もう、なんでもしちゃって。二人、めちゃくちゃ画《え》になる。最高の被写体」
 ハルさんは楽しそうだった。何度もフィルムを交換し、後半は砂まみれで汗だくになっていた。
 写真撮影が終わると、チャペル併設のパーティ会場で食事会が始まった。
 タキシードを脱ぐと、肩の力が抜けた。無事に終わった。心からホッとした。
 ホッとすると同時に、内側から湧き出てくるものがあった。
 それは、性欲だ。
 急に、加賀さんをなんとかしたくてたまらなくなり、みんなが和やかに談笑しているというのに、俺はひたすら耐えていた。
 キスがいけない。
 中途半端なキスを、何度もするから。
 もっと欲しくなる。
 もっと深くて、甘くて、濃厚なキスが、したい。
 加賀さんの横顔を見た。ステーキ肉を、口に運んでいる。ステーキになりたい。とさえ思う。その上品な口元を下心丸出しで見つめたが、加賀さんは気づかずに、正面に座った父の映画談議に付き合っている。
 家族は大好きだし、みんなが楽しそうなのが嬉しい。
 この時間がいかに尊くて大切か。
 噛み締めたい。
 父、母、二人の姉、光太郎さんにハルさん、ついでに大月君の顔を順番に見ているうちに、性欲はなりをひそめた。
 消えたわけじゃない。すぐそこにうずくまっている気配を感じていた。隙を見て出てこようとするのを、押さえつける。
 ようやく二人きりになれたのは、その日の夜。
 もう我慢できなかった。
 激しくしないし、声を出さないように、布団を被って静かにまぐわいましょうと懇願すると、加賀さんは「わかったよ」と笑っていた。
 わかったよ、と言ったのに。
 浴室は音が響く。欲情しないよう、順番にシャワーを浴びた。それがいけなかった。先に済ませた加賀さんが、眠ってしまったのだ。
 絶望した。
 ショックで気絶したのか、気づくと朝だった。
 家族たちの声で目が覚め、玄関のドアの音で覚醒した。早朝から行動を開始するとは聞いていた。ベッドを下り、カーテンを開け、外を見た。タクシーが停まっている。みんなが乗り込んで、走り出すのを見届けると、ハッとした。
「加賀さん」
 隣のベッドに加賀さんがいない。慌てて部屋を出て、階段を駆け下りた。
「おはよ」
 爽やかな笑顔の加賀さんが、テーブルに二人分の朝食を並べていた。
「見てこれ、五月ちゃんが作った目玉焼き」
 白身が縮んで小さくなっていて周辺を焦げが縁取っている。明らかに焼きすぎて、失敗している。
「これはちょっと……、なんかすいません。加賀さんの分だけでも作り直しますか?」
「いいよ。めっちゃ張り切って作ってくれたから。あ、このパン、お母さんの手作りだって。食べよっか」
「はい、食べましょう」
 五脚ずつ向かい合って並んでいる長いテーブル。対面に座ると、なんだか遠い。
「いただきます」
 手を合わせて、声を揃える。加賀さんが母の手作りロールパンをちぎりながら、思い出したように言った。
「昨日ごめんな。寝ちゃってた」
「仕方ないです、疲れましたもんね。いいんです。よくないけど」
「はは、よくないけど」
「みんな、出かけました?」
「うん」
「二人っきり?」
「うん」
 加賀さんがバターを塗ったパンを口に放り込んで、俺を見る。目が合った。
「みんなと一緒もいいけど、二人っきり、嬉しいな」
「……はいもう、はい……、嬉しいです」
 ニヤニヤしてしまうのを、パンをたくさん口に詰め込んで、ごまかした。
 今日は一段と別荘が広く感じる。二人きりだからだと気づいて、落ち着かなくなった。
 二人きり。
 なんでもできる。
 食べたら、まず、抱きしめよう。キスをしよう。いっぱい触って、ああしてこうして。
「俺らの今日の予定、ロコモコだよな」
 加賀さんが言った。我に返り、口の中のものを飲み込んでからうなずいた。
「はい。ロコモコ食べて、海岸沿いとか街中ブラブラしましょう」
「昼前に出る?」
「ですね。年越しそばの準備もあるし、ゆっくりもしてられませんけど」
「午前中はだいぶ時間あるよな。イチャイチャする時間」
 イチャイチャ、という単語が、股間に的中した。
「う……っ」
 前屈みになる俺を、加賀さんが笑う。
「式のあと限界ぽかったのに、よく我慢してるよな」
「気づいてたんですか?」
「気づくよそりゃ。チラッチラッて音聞こえてたもん」
「ふふ、聞こえちゃいましたか」
「倉知君」
 加賀さんが俺を呼ぶ。パンをもぐもぐしながら加賀さんを見る。
「はい?」
「好き」
 キュン、と高鳴ったのは、胸ではなく、股間だった。
「か、がさん」
 手からパンが零れ落ち、皿の上に転がった。もう駄目だ、もう、本当に、限界だ。
 食事中だというのに、勃起してしまった。
 でも大丈夫。
 二人きりだから、心置きなく勃起できる。
「俺も、大好き。触りたい。触ってもいい?」
「いいよ。はい」
 加賀さんが人差し指を伸ばしてくる。指先をちょんとくっつけ合い、笑う。
「早く食おう」 
「はい」
 高速で朝食を終え、食器をそのままに、立ち上がる。加賀さんが俺の股間に気づくと、逃げ出した。階段を駆け上る後姿を、追う。手首を捕まえ、部屋になだれ込み、抱き合って、キスをする。舌先が絡み合うと、情けない声が漏れた。体がびくついて、危うく精を放つところだった。
「イッた?」
「少し、漏れたかも」
「ははっ」
 加賀さんが、可愛い顔で笑う。
 急いでベッドの上に押し倒す。キスをしながら服を脱がせ、素肌に触れる。手のひらにぬくもりを感じた瞬間、泣きそうになる。
「倉知君、脱いで」
 加賀さんが、俺の服をむしり取る。
 裸で、密着する。
 一旦、はあ、と二人で息をつく。お互いの体温と匂いを確かめてから、頬をすり寄せ、唇を合わせ、体中を撫でる。首、鎖骨、胸、腹、と順番にキスをして、すでに硬いペニスの先端を、舌でくすぐった。
「う……、はあっ、やばい、めっちゃ気持ちいい」
 すごく、反応がいい。加賀さんも我慢していたのだなと思うと、愛しくて抱きしめずにいられなかった。腰にしがみつき、ペニスに頬ずりをすると、加賀さんの腹が痙攣したみたいに小刻みに揺れた。笑っている。
「何してんの?」
「大好きだなって思って」
「俺も大好き。もう挿れていいよ。さっき朝一でめっちゃほぐしたから」
「え」
「ほら、柔らかいだろ」
 手を下腹部に導かれ、喉を鳴らした。指が、加賀さんの中に潜り込んでいく。きゅ、と締め付けられる感覚に、俺のペニスは硬度を増す。
 加賀さんがあおむけのままで枕の下に手を差し入れて、コンドームの箱を引っ張り出した。すごい、準備万端だ。
「早く挿れて? 繋がりたい」
 鼻息を荒くしながらコンドームを開封し、手早く装着し、突入する。
「あっ……」
「あっ!」
 二人で恍惚の声を上げる。俺の声のほうが、ボリュームが大きかった。加賀さんが腕で顔を覆って、笑いを堪えている。
「すいません、声が」
「ふ……はは、うん、可愛い、好き」
 ふう、と息を吐いてから、加賀さんが俺の顔を両手で挟んで、もう一度言った。
「好き」
 カーッと顔が熱くなり、股間も同様に熱くなる。
「加賀さん……!」
 太ももをつかんで、腰を打ちつけた。奥を突いて、小刻みに揺すって、しつこく「好き」と繰り返す。
「好き、加賀さん、大好き」
「んっ……、うん、あ、あっ、七世、もっと……」
 しがみついてくる加賀さんの体を抱きしめて、激しく腰を振る。
 ベッドのスプリングが、軋む。体が、弾む。
 体を動かすたびに、声が出た。気持ちよかった。まるで俺が抱かれているみたいに、喘いでしまう。
「気持ちいい、加賀さん、どうしよう」
「可愛い」
 加賀さんの手が、俺の後頭部を優しく撫でる。
 いい子、七世、と甘く囁く声。
 先に達したのは俺だった。
 動きを止めて、荒い呼吸のまま、キスをする。
 息をつき、腰を引いて加賀さんの中から出た。コンドームの先に精液が溜まっていた。むしり取る。口を縛って、ティッシュにくるみ、シーツに転がして、二つ目のコンドームを流れるように自身に着ける。
「窓」
 加賀さんが言った。
「え?」
「窓開いてる」
 カーテンが全開で、窓が開いている。
 でも別に、どうということはない。
 ここら一帯は別荘地だが、日本の都会とは全然違う。土地が広く、敷地が離れていて、室内の声が聞こえるとは考えにくい。ちょっと小高い場所に建っていて、眼前は海だし、誰かに見られる心配もない。
「閉めて」
「大丈夫ですよ」
「まあ、手遅れかもな。つうか、絶対お前の喘ぎ声のほうが」
「見てください」
 加賀さんの科白に被せて、窓の外を指差した。
「素晴らしいオーシャンビュー……、そうだ」
「あー、無理、無理だって」
 ベッドから降りて、素っ裸で窓際に立つと、加賀さんを手招いた。
「加賀さん、ちょっと、ここに立って、窓に手をついて。後ろから、したい」
「ほとんど青姦じゃねえか」
「だってこんなこと、日本じゃ絶対にできませんよ」
 加賀さんが頭を掻いて、俺の股間を見ながら小さくため息をついた。
「それもそうだ」
 ハワイの、朝早く。海を見ながら、後ろから、穿つ。
 加賀さんは、声を殺していた。すごく、我慢している。その堪えた様がさらに俺の情欲を煽る。
 揺するたび、加賀さんのうなじが赤く染まっていく。羞恥と快感に震える様子が可愛くて仕方がない。
「加賀さん、海、綺麗です。加賀さんのうなじも、綺麗」
 噛みつくと、小さく声を上げた。
 背中が、波打つ。
「イ……ク……ッ」
 加賀さんの体がびく、と震え、窓についていた手がずり落ちた。全身が、脱力していく。繋がったまま、腹に手を添えてベッドに運び、うつ伏せの体をシーツに押しつけた。
「……待って、拭かないと」
「精液、飛んでますね」
 窓ガラスを振り返る。精液が飛んで、垂れている。加賀さんが出したものだと思うと、それだけで愛しくて、心なしか輝いて見えた。
「親父に殺される」
 殺すわけがないし、比喩というか言葉の綾だとわかってはいるが、股間がヒュンとなり、加賀さんの中の俺が、元気をなくしてしまった。
「あー……、なんかごめん」
「いえ、これも思い出です」
「はは、前向き」
「気持ちよかったですか?」
「うん。めっちゃよかった」
「俺もです。掃除しましょう」
 飛び散った精液を二人で黙々と掃除して、シャワーを浴びて、タクシーを呼び、予定より早く外に出た。
 雲は多いし風も強いが、相変わらずのいい天気だ。
 海沿いを歩く。
 ヤシの木の隙間からパラソルがたくさん見えた。水着の人も多い。
 多種多様な人種が集まっているが、日本人もやけに目についた。日本人がハワイ好きというのは本当らしい。
 街中を、手を繋いで歩く。
 たまに人の視線を感じたが、別に、どうでもよかった。視線の主も、どうでもいい、という顔をしている。いろんな人種の人がいて、いろんな関係性の人がいる。自分のものさしでは測りようがない。だから誰にも、咎められない。
 下調べしていた店でロコモコ食べながら、
「天気に恵まれてよかったですね」
「日頃の行いかな」
 と会話していると、窓の外が急に土砂降りになった。一月のハワイは雨季だから、驚くことじゃない。
「挙式は晴れててよかったよな」
「日頃の行いがいいからですね」
 窓の外を眺めながら、そんなことを言っていたが、食事を終えても雨は止まない。横殴りの雨が窓ガラスを叩いている。
「通りに出ればタクシー捕まると思いますけど、どうします? 止むまで待ちます?」
「うーん」
 加賀さんが腕時計に目を落とし、腰を上げる。
「走るか」
「走りましょう」
 これも、旅の醍醐味だ。
 
〈おわり〉
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