電車の男ー社会人編ー番外編

月世

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プリンが一つ

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〈倉知編〉

 冷蔵庫の中に、プリンがある。
 珍しいなと一瞥してから缶ビールを二つ取り出して、冷蔵庫のドアを閉める。
「プリン、どうしました?」
 ダイニングテーブルにビールを置いて、椅子を引く。
「プリンな。食べていいよ」
 加賀さんが手を合わせた格好で待機しながら、にっこりと笑って言った。
「でも、一つしかないですよね」
「うん」
 腰を下ろし、手を合わせ、二人でいただきますと声を揃えた。
「いいよ、食べても。食後にどうぞ」
 加賀さんが缶ビールを開けて、口をつける。
「加賀さんはもう食べたんですか?」
「ん? いや? 一個しか買ってない」
「え、なぜ?」
 今まで一度だって、一個しか買わないなんてことはなかった。アイスとかプリンのたぐいのデザートは、いつも二つ買って一緒に食べている。なぜ一つなのかというのが、気になって仕方がない。
「まさか、ダイエット?」
「え、俺太った?」
「いえ全然。加賀さんは何年経っても変わりません。けど、なんで一個なんですか?」
 カレイの煮つけを箸でほぐしながら、加賀さんはなぜか面白そうに口元をニヤニヤさせている。
「そんなに一個なのが引っかかる?」
「だって、今までそんなのなかったじゃないですか。いつも一緒に食べてたのに」
 頻繁に買うわけじゃないが、デザート類は必ず一緒に食べてきた。たまのデザートが一つだけというのが不自然だ。すごく些細なことなのに、妙に寂しい。
 俺はおかしいのだろうか。
 いや、おかしいと思う。もう二十三歳なのに。社会人で、教師だというのに、プリンが一つということに何をガタガタとこだわっているのか。自覚した瞬間、頬がじわりと熱を帯びる。
 加賀さんが俺の顔をじっと見ている。耳まで熱くなってきた。
「あの……、なんかすいません。俺、変でした」
 慌ててご飯茶碗を持ち上げて、白米を掻き込んだ。
「もう、ダメだこれ、やべえ」
 加賀さんが箸を置いて、両手で顔をごしごしこすった。「可愛い可愛い好き」とつぶやいているのが聞こえた。変なことにこだわってごねただけなのに、うざいどころか可愛いとか好きと思ってもらえるなんて、俺は幸せものだ。
 照れながらカレイの煮つけを咀嚼する。
「倉知君」
 加賀さんがテーブルの下で俺の脛を撫でてくる。
「プリン、一緒に食べたい?」
 すごく優しい顔をしている。馬鹿にしているとか面白がっている感じは一切なくて、もう、本当に、優しさに満ちた柔らかい表情だった。胸がギュッとなって、俺の内から好きが溢れてくる。
「……はい、一緒に食べたいです」
「じゃあ半分こしよっか」
 大人なのに。大人だけど。ひたすらに嬉しかった。
「はい」
 弾んだ声が出た。加賀さんが眉を下げ、笑う。
「お前は本当にどうかしてるくらい可愛いな」
 そう言う加賀さんの笑顔も、可愛い。

〈おわり〉
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