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「5年前、私が薬を飲んだ時の事を覚えているか?」
もちろんだ。1日だって、思い出さない日はなかった。私は何も言わないまま、ただコクッと頷いた。
「俺はあの時、毒だと思って飲んだんだ」
「……ッ!」
なんとなく気が付いていたけれど。ハッキリと耳にすれば、やっぱりショックを受けてしまう。思わず呼吸を止めた私の手を、ヴィルトス様がゆっくりと撫でた。
「死んでもかまわなかった。何を失っても、お前を失うよりはマシだからな。それは今でも変わらない」
向けられた顔は穏やかだった。それなのに、真っ直ぐに向けられた視線の熱さに、目が離せなくなる。
「毒でないため生き残ったが、王太子としての立場など、あの日に捨てたようなものだ。こんな俺よりは、もっと王太子として相応しい者がいるだろう」
ヴィルトス様にしたら、もう割り切った事なのかもしれない。口角を上げて笑う姿は、飄々としていた。
「でも、他の方はそれで納得したのですか?」
ヴィルトス様が言いたい事は、分かりはする。だからと言って、そう簡単に周りが納得するとは思えない。きっと、あの手この手で、ヴィルトス様を説得をしようとしただろう。
私のそんな予想は当たっていたのか。
「……まぁ、それなりに拗れたな」
何かを思い出した様子のヴィルトス様が、ウンザリとした表情を浮かべた。
「新しい婚約者の話も、その時の1つだ」
「あの……その方は?」
確か2年前だった。そろそろ結婚の噂も聞くのだろう。私はずっとそう思っていたが、さっきヴィルトス様は、そんな相手は居ないと言っていた。
「候補ではあったが、正式な婚約者にさえ成っていない」
「そうなんですか?」
「あぁ。そもそも、俺があの後も王太子で居続けたのは、お前を遠くから庇護するのに都合良かったからだ。だから俺は3年前。お前の薬が完成した時に、王位継承権を放棄すると言ったんだ」
「そんな」
「5年前のあの件の責任を、なぜお前だけが取るんだ? 私はもちろんだが、周りの者には何の問題もなかったのか? 私はそうは思わない。だから、これは互いに痛み分けなはずなんだ」
「痛み分けというには、ヴィルトス様が失ったものが、あまりに大きいように思います……」
「いや、そんな事はない。王太子としての立場は失ったが、継承権を譲った異母弟が、継ぐはずだった領地と爵位は手に入れた。その代わり、あれが次期王太子として形になるまでの3年間、サポートをする羽目になったがな」
それに、なにより。
「お前との日々を得られるのなら、かまわない。そういう話しだったはずが、何をとち狂ったのか、新しい婚約者へ目を向ければ……とか突然言い出した奴がいてな、それが2年前の婚約者の騒動だ」
「でも、国王や王妃も、それを望んでいたのではないですか?」
決して側妃が産んだ、異母弟を軽んじてはいなかった。でも、正妃の子であり、優秀なヴィルトス様を王太子へと望む声は多かったはずなのだ。
「そうだな。だが、結果的に、あの件のお陰でさっぱりと諦められたがな」
ハハハ。
笑い飛ばすヴィルトス様に、黙っていたアンガルドさんが「いやいや」と呆れたような声を上げた。
「男として、本当にあれで良かったんですか?」
「何を言っている。むしろ、そうあるべきだろ」
「いや、本来ならそう割り切れるもんじゃないですよ。お陰で、不名誉な噂が立ったじゃないですか」
「噂がどうだろうと、この後を見てれば分かるだろう。家族は多い方が良いと思っているからな」
「まぁ、確かに。事実に勝るものはないですからね……」
目の前で交わされる会話の意味が分からなかった。
突然、家族の話になったのはなぜなのか。それに『不名誉な噂』とは。
「ヴィルトス様、いったい何をされたのですか……?」
周りの者達が、さっぱりと諦めてしまうような事なのだ。
私はゴクッと唾を飲んだ。
もちろんだ。1日だって、思い出さない日はなかった。私は何も言わないまま、ただコクッと頷いた。
「俺はあの時、毒だと思って飲んだんだ」
「……ッ!」
なんとなく気が付いていたけれど。ハッキリと耳にすれば、やっぱりショックを受けてしまう。思わず呼吸を止めた私の手を、ヴィルトス様がゆっくりと撫でた。
「死んでもかまわなかった。何を失っても、お前を失うよりはマシだからな。それは今でも変わらない」
向けられた顔は穏やかだった。それなのに、真っ直ぐに向けられた視線の熱さに、目が離せなくなる。
「毒でないため生き残ったが、王太子としての立場など、あの日に捨てたようなものだ。こんな俺よりは、もっと王太子として相応しい者がいるだろう」
ヴィルトス様にしたら、もう割り切った事なのかもしれない。口角を上げて笑う姿は、飄々としていた。
「でも、他の方はそれで納得したのですか?」
ヴィルトス様が言いたい事は、分かりはする。だからと言って、そう簡単に周りが納得するとは思えない。きっと、あの手この手で、ヴィルトス様を説得をしようとしただろう。
私のそんな予想は当たっていたのか。
「……まぁ、それなりに拗れたな」
何かを思い出した様子のヴィルトス様が、ウンザリとした表情を浮かべた。
「新しい婚約者の話も、その時の1つだ」
「あの……その方は?」
確か2年前だった。そろそろ結婚の噂も聞くのだろう。私はずっとそう思っていたが、さっきヴィルトス様は、そんな相手は居ないと言っていた。
「候補ではあったが、正式な婚約者にさえ成っていない」
「そうなんですか?」
「あぁ。そもそも、俺があの後も王太子で居続けたのは、お前を遠くから庇護するのに都合良かったからだ。だから俺は3年前。お前の薬が完成した時に、王位継承権を放棄すると言ったんだ」
「そんな」
「5年前のあの件の責任を、なぜお前だけが取るんだ? 私はもちろんだが、周りの者には何の問題もなかったのか? 私はそうは思わない。だから、これは互いに痛み分けなはずなんだ」
「痛み分けというには、ヴィルトス様が失ったものが、あまりに大きいように思います……」
「いや、そんな事はない。王太子としての立場は失ったが、継承権を譲った異母弟が、継ぐはずだった領地と爵位は手に入れた。その代わり、あれが次期王太子として形になるまでの3年間、サポートをする羽目になったがな」
それに、なにより。
「お前との日々を得られるのなら、かまわない。そういう話しだったはずが、何をとち狂ったのか、新しい婚約者へ目を向ければ……とか突然言い出した奴がいてな、それが2年前の婚約者の騒動だ」
「でも、国王や王妃も、それを望んでいたのではないですか?」
決して側妃が産んだ、異母弟を軽んじてはいなかった。でも、正妃の子であり、優秀なヴィルトス様を王太子へと望む声は多かったはずなのだ。
「そうだな。だが、結果的に、あの件のお陰でさっぱりと諦められたがな」
ハハハ。
笑い飛ばすヴィルトス様に、黙っていたアンガルドさんが「いやいや」と呆れたような声を上げた。
「男として、本当にあれで良かったんですか?」
「何を言っている。むしろ、そうあるべきだろ」
「いや、本来ならそう割り切れるもんじゃないですよ。お陰で、不名誉な噂が立ったじゃないですか」
「噂がどうだろうと、この後を見てれば分かるだろう。家族は多い方が良いと思っているからな」
「まぁ、確かに。事実に勝るものはないですからね……」
目の前で交わされる会話の意味が分からなかった。
突然、家族の話になったのはなぜなのか。それに『不名誉な噂』とは。
「ヴィルトス様、いったい何をされたのですか……?」
周りの者達が、さっぱりと諦めてしまうような事なのだ。
私はゴクッと唾を飲んだ。
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