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「お前のせいで逃げられたじゃないか」
食卓兼作業台になっている、この部屋唯一の長方形テーブルの端と端。1番の距離を保てるように、私はヴィルトス様を警戒していた。
「いや、ヴィルトス様が性急すぎたせいですよ」
ジロッと睨むヴィルトス様へ、アンガルドさんは呆れたようにそう言った。私だって人の事は言えないが、王太子に対する態度じゃない。
「薬が完成してから3年間だぞ。どこが性急だと言うんだ」
だけどヴィルトス様は特に気にした様子もない。2人の様子から、それなりの付き合いの深さが感じられた。
「あの……お二人はいったい、どういう関係なんですか? それにヴィルトス様が、なぜここに? お供の者は? それにいつから? ここにはいつまで?」
薬の事をどうして知っているんですか? 私を憎んでいたはずなのに、どうして私に関わっているんですか?
『伴侶も国もない』
その言葉の意味はなんですか?
聞きたい事が多すぎて、何から聞けば良いか分からなかった。口を開いた途端に、思いついたままに言葉が溢れてしまう。
「リリナ」
そんな支離滅裂な言葉に、私の名前を呼んだ、ヴィルトス様の声が重なった。ずっと記憶にあった声が、記憶にあるよりもずっとずっと柔らかく呼んでいた。
思わず黙った私の方に、ヴィルトス様が近付こうとする。その動きにビクッとして、私はまた慌てて距離を取ろうとした。
「リリナがイヤなら、抱きしめたりは今はしない。ただ、手を」
「……手を?」
「握りたい。そう思っているだけだ」
手を差し出したヴィルトス様が、立ち止まる。私から手を伸ばせば、かろうじて手が触れるその距離は、私を思っての距離だと言う。
「混乱もしているだろうが、何より不安そうな顔をしている。そんなお前を前にして、寄り添えないのは、正直ツラい」
そしてその言葉も本心なのだろう。真っ直ぐに向けられた顔は、心配げに眉尻が下がっていた。
戸惑いながらも、ヴィルトス様の様子に絆されて、私はそっと手を伸ばした。その手がキュッと、握られる。大きな手からゆっくりと体温が伝われば、指先が冷え切るぐらい、緊張していた事にようやく気付いた。
「ここには、リリナへ結婚を申し込むために来た。着いたのは、アンガルドと一緒だ。帰る気はない」
「む、無理です。そんな事は許されません! だってヴィルトス様は王太子ですよ! この国を支える方なんです!」
焦る私に「落ち着け」と、ヴィルトス様が苦笑した。
「無理ではない。それに私はもう王太子ではないからな」
「えっ……」
「継承権を放棄した」
聞こえた言葉に血の気が引く。握られているにも関わらず、手がカタカタと震えてしまう。
ヴィルトス様が王太子として、どれだけ頑張っていたか。期待を受けていたか。知っている。
彼が周りの人達を大切に想って、心を砕く姿も、ずっと見ていた。
いったい、どれだけのものを、失ったのだろう。
私のために、ヴィルトス様が大切なものを捨てたのだろうか。でも私はそんな事を、少しも望んでいなかった。
「……わ、たしのために、されたのなら───」
「違う。リリナ、お前のためじゃない。私がそうしたかっただけだ」
だけど私が全てを言う前に。穏やかだけど、ハッキリと。ヴィルトス様が言葉を遮った。
食卓兼作業台になっている、この部屋唯一の長方形テーブルの端と端。1番の距離を保てるように、私はヴィルトス様を警戒していた。
「いや、ヴィルトス様が性急すぎたせいですよ」
ジロッと睨むヴィルトス様へ、アンガルドさんは呆れたようにそう言った。私だって人の事は言えないが、王太子に対する態度じゃない。
「薬が完成してから3年間だぞ。どこが性急だと言うんだ」
だけどヴィルトス様は特に気にした様子もない。2人の様子から、それなりの付き合いの深さが感じられた。
「あの……お二人はいったい、どういう関係なんですか? それにヴィルトス様が、なぜここに? お供の者は? それにいつから? ここにはいつまで?」
薬の事をどうして知っているんですか? 私を憎んでいたはずなのに、どうして私に関わっているんですか?
『伴侶も国もない』
その言葉の意味はなんですか?
聞きたい事が多すぎて、何から聞けば良いか分からなかった。口を開いた途端に、思いついたままに言葉が溢れてしまう。
「リリナ」
そんな支離滅裂な言葉に、私の名前を呼んだ、ヴィルトス様の声が重なった。ずっと記憶にあった声が、記憶にあるよりもずっとずっと柔らかく呼んでいた。
思わず黙った私の方に、ヴィルトス様が近付こうとする。その動きにビクッとして、私はまた慌てて距離を取ろうとした。
「リリナがイヤなら、抱きしめたりは今はしない。ただ、手を」
「……手を?」
「握りたい。そう思っているだけだ」
手を差し出したヴィルトス様が、立ち止まる。私から手を伸ばせば、かろうじて手が触れるその距離は、私を思っての距離だと言う。
「混乱もしているだろうが、何より不安そうな顔をしている。そんなお前を前にして、寄り添えないのは、正直ツラい」
そしてその言葉も本心なのだろう。真っ直ぐに向けられた顔は、心配げに眉尻が下がっていた。
戸惑いながらも、ヴィルトス様の様子に絆されて、私はそっと手を伸ばした。その手がキュッと、握られる。大きな手からゆっくりと体温が伝われば、指先が冷え切るぐらい、緊張していた事にようやく気付いた。
「ここには、リリナへ結婚を申し込むために来た。着いたのは、アンガルドと一緒だ。帰る気はない」
「む、無理です。そんな事は許されません! だってヴィルトス様は王太子ですよ! この国を支える方なんです!」
焦る私に「落ち着け」と、ヴィルトス様が苦笑した。
「無理ではない。それに私はもう王太子ではないからな」
「えっ……」
「継承権を放棄した」
聞こえた言葉に血の気が引く。握られているにも関わらず、手がカタカタと震えてしまう。
ヴィルトス様が王太子として、どれだけ頑張っていたか。期待を受けていたか。知っている。
彼が周りの人達を大切に想って、心を砕く姿も、ずっと見ていた。
いったい、どれだけのものを、失ったのだろう。
私のために、ヴィルトス様が大切なものを捨てたのだろうか。でも私はそんな事を、少しも望んでいなかった。
「……わ、たしのために、されたのなら───」
「違う。リリナ、お前のためじゃない。私がそうしたかっただけだ」
だけど私が全てを言う前に。穏やかだけど、ハッキリと。ヴィルトス様が言葉を遮った。
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