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4話
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案の定、仕事が終わらない。ハンクは手伝うと言ってくれたけど、部下には手伝わせられない仕事があるのだ。俺とラルドさんとでやるしかない。
「イリアス君、ハンク君と待ち合わせしてるの? あの子、ずっと待ってるけど」
「今日は厳しいって言ってあるんですけどね。待つって頑ななんですよ」
「そういうことなら、後は僕に任せなさい。帰っていいよ」
「そんなわけにはいきませんよ。二人で片付けた方が早いんですから」
「いいから、おじさんの言う通りにしなさい。最近イリアスが寝れてないかもしれないってハンクから聞いたよ。リフレッシュして、しっかり休むこと。イリアスに倒られた方が困るんだから。さ、帰った帰った」
ラルドさんはしっしと手を振り、書類の山を持っていってしまった。ハンクと顔を合わせる。相も変らぬ無表情。
「ラルドさんもああ言っていることですし、行きますか」
「ちょっと。すみません、ラルドさん。あと、お願いします」
「行ってらっしゃーい」
止める者は誰もいなかった。
「今日は俺の奢りです。この前のような上等な店ではありませんが、大丈夫ですか」
「奢ってくれんの? 悪いなぁ」
「今日は俺が誘ったので。この前のお礼にも及びませんが」
着いたのは大衆酒場だった。店の前にいるだけで、酒と煙草と味の濃そうな料理の匂いが鼻を掠めていく。
「ハンクもこういう場所で食べたりするんだ」
「意外ですか。イリアスさんは、こういう店でも大丈夫ですか」
「僕だってこういう店で食べることもあるよ。安くいっぱい食べられるし、結構美味しいよね」
「今までの男と来たんですね」
「言い方ってもんが……まあ、そうだけどさ」
店に入ると、店の前で感じていた匂いがより強くなる。たださえペコペコなお腹で、食欲がさらにそそられる。カウンター席の他は、席と席の間にすのこ状の仕切りがあり、ある程度は客同士が干渉できないようになっていた。仕切りがある席に通され、向かい合うように座る。
選んだ料理はどれも味が濃くて、疲れた体に染み渡った。
「ん~、美味しい!」
「それは何よりです。お酒は頼まなくていいんですか」
「この前失敗したばっかりだから、さすがに今日はやめとく」
「俺とのことは失敗でしたか」
「ハンクは何も悪くない。失敗したのは僕」
「左様ですか」
他愛もない話をしながら食べ進めていく。
「イリアスさん、今日はこの後どうですか」
「夜のお誘いってこと? でもハンクは一緒に寝てくれないじゃん」
「イリアスさんが俺の恋人になってくれれば寝ますよ」
青い瞳が、じっとこちらを見据える。一見すると表情の変化はないように思えるが、その目には僅かに湿度が宿っているように見えた。
「ハンクは僕のこと好きなの?」
「なんとも思ってない相手と体を重ねたりしませんよ」
「好きとは言ってくれないんだ」
「言ってほしいですか」
「ごめん、面倒なこと言った」
なんだか最近、こういうことばっかりだ。職場で見せている自信家な僕と、現実とのギャップが広がりつつあるせいだろうか。
「好きです」
酒場の喧騒にかき消されてしまいそうな小さな声。しかし、僕の耳にはしっかりと届いた。ハンクが手を握ってくる。重ねられた手は、小刻みに震えていた。
「最初はちょっといけ好かない先輩だと思ってました。上司としては若いし、チャラついているように見えました。でも蓋を開けてみれば、親身になって教えくれましたし、なんなら自分を犠牲にしすぎる人でした。先輩がどうしようもない男と付き合って、振られるたびに心がどうにかなりそうでした。俺は貴族でもなんでもない、ただの一般人です。だから諦めていたのに、先輩が俺に『抱いてくれるの?』って聞いてきたときの気持ち、分かりますか?」
握りしめられている手にぎゅっと力がこもった。
「え、えぇ……?」
「分かりませんか」
ハンクがテーブル越しに身を乗り出してきて、顔が耳元に近づく。
「めちゃくちゃにしてやろうって、思ったんですよ」
背筋がぞくりとする。ハンクはぱっと離れた。
「ハンクが僕のどこを好きになったのか分かんないけど、顔だったら妹を紹介するし、仕事してるとこが好きって言うなら弟のほうが……」
「あんたは何も分かってない。あと、俺は女性を好きになれないので、妹さんを紹介してくるのだけは勘弁してください」
小さな声で告白してきたさっきとは違う、地の底まで響くような低い声。
「それとも、俺が好みの範疇外ですか」
「正直、すごい好みだよ。僕、結構面食いでさ」
「知ってます。それで顔だけの変な男に引っかかるんですから目も当てられない。俺は先輩の顔は好きですし、仕事ができるところも尊敬してますが、それだけじゃない」
「他になにかある? お金持ってそうなとこ?」
ハンクはあからさまに顔を歪め、苦い顔をした。
「心外ですね。金目当ての人間だと思ってるんですか。俺は、仕事では自信があるように見せておいて本当は自信がないところ、お酒を飲むと本音を漏らしてしまうところ、普段はきびきびしてるのに抱かれるとぐずぐずになるところが好きなんですよ」
「趣味わる」
いつになく言葉数が多い。畳み掛けるような言葉の羅列に、僕は一言だけ返した。
「俺はとても良い趣味だと思ってるんですけどね。俺は、イリアスさんがイリアスさんのことを否定する分以上に、イリアスさんのことを肯定します。どうですか、セフレから恋人への昇格は。まだ恋愛はしたくないですか」
「ハンクのこと、配属された時から実はちょっと気になってたよ。でも、僕は8つも年が上だから、目の保養だけにしとこうって思ってた。僕にだけ素っ気なかったし」
「それは……両想いだと思っていいですか」
「うん、いいよ」
「イリアス君、ハンク君と待ち合わせしてるの? あの子、ずっと待ってるけど」
「今日は厳しいって言ってあるんですけどね。待つって頑ななんですよ」
「そういうことなら、後は僕に任せなさい。帰っていいよ」
「そんなわけにはいきませんよ。二人で片付けた方が早いんですから」
「いいから、おじさんの言う通りにしなさい。最近イリアスが寝れてないかもしれないってハンクから聞いたよ。リフレッシュして、しっかり休むこと。イリアスに倒られた方が困るんだから。さ、帰った帰った」
ラルドさんはしっしと手を振り、書類の山を持っていってしまった。ハンクと顔を合わせる。相も変らぬ無表情。
「ラルドさんもああ言っていることですし、行きますか」
「ちょっと。すみません、ラルドさん。あと、お願いします」
「行ってらっしゃーい」
止める者は誰もいなかった。
「今日は俺の奢りです。この前のような上等な店ではありませんが、大丈夫ですか」
「奢ってくれんの? 悪いなぁ」
「今日は俺が誘ったので。この前のお礼にも及びませんが」
着いたのは大衆酒場だった。店の前にいるだけで、酒と煙草と味の濃そうな料理の匂いが鼻を掠めていく。
「ハンクもこういう場所で食べたりするんだ」
「意外ですか。イリアスさんは、こういう店でも大丈夫ですか」
「僕だってこういう店で食べることもあるよ。安くいっぱい食べられるし、結構美味しいよね」
「今までの男と来たんですね」
「言い方ってもんが……まあ、そうだけどさ」
店に入ると、店の前で感じていた匂いがより強くなる。たださえペコペコなお腹で、食欲がさらにそそられる。カウンター席の他は、席と席の間にすのこ状の仕切りがあり、ある程度は客同士が干渉できないようになっていた。仕切りがある席に通され、向かい合うように座る。
選んだ料理はどれも味が濃くて、疲れた体に染み渡った。
「ん~、美味しい!」
「それは何よりです。お酒は頼まなくていいんですか」
「この前失敗したばっかりだから、さすがに今日はやめとく」
「俺とのことは失敗でしたか」
「ハンクは何も悪くない。失敗したのは僕」
「左様ですか」
他愛もない話をしながら食べ進めていく。
「イリアスさん、今日はこの後どうですか」
「夜のお誘いってこと? でもハンクは一緒に寝てくれないじゃん」
「イリアスさんが俺の恋人になってくれれば寝ますよ」
青い瞳が、じっとこちらを見据える。一見すると表情の変化はないように思えるが、その目には僅かに湿度が宿っているように見えた。
「ハンクは僕のこと好きなの?」
「なんとも思ってない相手と体を重ねたりしませんよ」
「好きとは言ってくれないんだ」
「言ってほしいですか」
「ごめん、面倒なこと言った」
なんだか最近、こういうことばっかりだ。職場で見せている自信家な僕と、現実とのギャップが広がりつつあるせいだろうか。
「好きです」
酒場の喧騒にかき消されてしまいそうな小さな声。しかし、僕の耳にはしっかりと届いた。ハンクが手を握ってくる。重ねられた手は、小刻みに震えていた。
「最初はちょっといけ好かない先輩だと思ってました。上司としては若いし、チャラついているように見えました。でも蓋を開けてみれば、親身になって教えくれましたし、なんなら自分を犠牲にしすぎる人でした。先輩がどうしようもない男と付き合って、振られるたびに心がどうにかなりそうでした。俺は貴族でもなんでもない、ただの一般人です。だから諦めていたのに、先輩が俺に『抱いてくれるの?』って聞いてきたときの気持ち、分かりますか?」
握りしめられている手にぎゅっと力がこもった。
「え、えぇ……?」
「分かりませんか」
ハンクがテーブル越しに身を乗り出してきて、顔が耳元に近づく。
「めちゃくちゃにしてやろうって、思ったんですよ」
背筋がぞくりとする。ハンクはぱっと離れた。
「ハンクが僕のどこを好きになったのか分かんないけど、顔だったら妹を紹介するし、仕事してるとこが好きって言うなら弟のほうが……」
「あんたは何も分かってない。あと、俺は女性を好きになれないので、妹さんを紹介してくるのだけは勘弁してください」
小さな声で告白してきたさっきとは違う、地の底まで響くような低い声。
「それとも、俺が好みの範疇外ですか」
「正直、すごい好みだよ。僕、結構面食いでさ」
「知ってます。それで顔だけの変な男に引っかかるんですから目も当てられない。俺は先輩の顔は好きですし、仕事ができるところも尊敬してますが、それだけじゃない」
「他になにかある? お金持ってそうなとこ?」
ハンクはあからさまに顔を歪め、苦い顔をした。
「心外ですね。金目当ての人間だと思ってるんですか。俺は、仕事では自信があるように見せておいて本当は自信がないところ、お酒を飲むと本音を漏らしてしまうところ、普段はきびきびしてるのに抱かれるとぐずぐずになるところが好きなんですよ」
「趣味わる」
いつになく言葉数が多い。畳み掛けるような言葉の羅列に、僕は一言だけ返した。
「俺はとても良い趣味だと思ってるんですけどね。俺は、イリアスさんがイリアスさんのことを否定する分以上に、イリアスさんのことを肯定します。どうですか、セフレから恋人への昇格は。まだ恋愛はしたくないですか」
「ハンクのこと、配属された時から実はちょっと気になってたよ。でも、僕は8つも年が上だから、目の保養だけにしとこうって思ってた。僕にだけ素っ気なかったし」
「それは……両想いだと思っていいですか」
「うん、いいよ」
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