忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第5章 神の器の奮闘記 ~スカイリンク封印編~

第64話 地中に眠る大聖堂

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 ぬるっとした天井をくぐり抜けて、岩棚をひとつ下りたところでアリスと俺は足を止めた。

「ね、ねえ!ちょっと!」
「ん?どうし…た…ああぁ!?なんじゃこりゃぁ!」

 そこに広がっていたのは、異様な静けさに包まれた空間。薄く霧が漂い、地面には青緑色の苔がじっとり張りついてる。

「わ、わ…!なんすかこれ!?床がまっすぐ!」

 玄太が指さす先。自然なはずの洞窟の床が、やけに平ら。しかも模様入り。

「おいおい、さっきまでごつごつした岩だったのに!急に文明っぽいぞ?」

 俺はしゃがみ込んで、手のひらで泥をぬぐってみた。出てきたのは、幾何学模様?に見えなくもない。ぐるぐると渦を巻いた線が、雨粒みたいに重なってる。

「模様…だな。ってかこれ、完全に人工物だろ」
「人工物ってことは、昔ここ、人が住んでたんすか?」

「住んでたってより、祭壇かなにかに使ってたって感じかしら?」

 アリスの考察。俺と玄太は祭壇という言葉にぴくっと反応する。

「悪魔の召喚っすかね…」
「お、おい、まさか。なんかやべえ儀式とかやってたんじゃぁ…」

 幼稚じみた男二人の見解にアリスは呆れながら辺りを見回した。

「でも、この様子だと、どっちみちすでに使われてないわよ!」

 アリスはゆっくりと歩いて、中央の石台の前に立った。

「何十年、いえ。何百年も前のものよ。これ、大発見だわ!」

 何百年!?それ、もはや遺跡じゃん。

「でも、なんでこんなものがずっと見つからず……あっそうか!」

 アリスは俺の顔を見てうんと頷いた。この山の天候は異常だったっけ。年がら年中雨が洞窟内にも浸透していて、誰もここに踏み込めなかったんだ。でも、今は違う。静まり返った空間に、ぽつり、ぽつりと水滴の音が響く。俺たちはしばし言葉を失い、ただ目の前の光景を見つめていた。

「実際ここで何やってたんすかねえ?」
「それな。なぁアリス!まさか、ここって雨と関係あるとか?」

 俺の安易な疑問にアリスはしばらく黙って、ぐるりと周囲を見回していた。そして、石台の縁にそっと手を添える。

「断言はできないけど、可能性はあるわね」

 アリスはしばらく石台に触れたまま考え込んでいたが、ふいにパッと手を離した。

「ま、ここにいても仕方ないわ。ひとまず、全体を見て回りましょ」
「よっし!探索開始っすね!」

「おい玄太!もし宝箱見つけても開けんじゃねえぞ!」

 そんな感じで、俺たちはそれぞれ散開して調査を始めた。

「てんぱーい、こっちにもなんかありますよー!」

 玄太の声が反響して、洞窟内にゆるくこだまする。その先には、苔の薄れた地面に、石の敷き詰められた道のようなラインが続いていた。

「…参列者とか、ずらずらいたんかな」

 俺がぼそっとつぶやくと、アリスがうなずきながら足元を照らした。

「そうかもしれないわね。この幅と整った角度…儀式の導線、とか」
「ってことは、ここはやっぱ神聖な場所だったんすね…ヤバ、おれさっきオナラしちゃったっす」

「安心しろ!屁くらい当時の奴らもしてただろ?」
「おれもそう思うんすよね。絶対バレないようにしてたはず!」

 バカなやりとりをしながら、でも心のどこかで、俺たちはこの空間に妙な緊張感を覚えていた。空気が澄んでるのに重たい。冷たいのに、どこかざわつく。ただの遺跡ってわけじゃない。

「……アリス。もし、まだ何か残ってるか調べるか?」

「探してみる価値はあるわね。少しでも記録や痕跡が残っていれば、何を祀ってたのか、分かるかもしれない」

 アリスがそう言ったその時だった。
 カシャン。何かが、奥の壁のほうで微かに音を立てた。

「今、なんか落ちた音…っすよね?」
「…生き物の気配は感じないけど、念のため行ってみるわよ」

 俺たちはゆっくりと音のした方へ向かう。壁沿いに近づくと、小さな岩陰の向こうから、こちらをじっと見つめる瞳と目が合った。

「えっ、あれ…人?」
「いや、違う。あれは…」

 半透明の小さな身体、身体の内側に水が流れているような不思議な構造。まるで水そのものが形を取ったような……小さな、精霊だった。

 それは怯えたように、でも敵意はなさそうに、こちらを見つめて震えていた。

「こ、子ども…?水の…精霊?」

 アリスが息を呑みながらつぶやく。

「…わぁ。風の精霊さんの次は水っすか!?」

 玄太が目を丸くしながら、ちょっと感動している。

 でも、そいつはただ震えてるだけ。襲ってくる様子もない。むしろ…びっくりして泣きそうになってる?

「大丈夫…だよ。怖がらせてごめんな」

 俺がしゃがみ込んで、そっと手を伸ばそうとしたそのとき。

 ぷしゅっ

 小さな精霊は水泡のように弾け、岩のすき間にすいっと消えていった。

「っ、逃げた…!」
「でも、敵じゃなかったっすよね」

「…ええ、たぶん。でも、ただの迷子って感じでもなかったわ」

 確かにあの精霊、「何か」を見に来たような、そんな目をしてた気がする。

「何かっていうと、おれ達っすよね?」
「あの子からすると、俺達侵入者だしなぁ」

 そう話していた時、俺の足元でキラッと何かが光った。

「……ん?」

 しゃがみこんで拾ってみると、それは米粒くらいの小さな結晶。  
 
「これ、さっきのナメクジの核?」 
「え!?本当だわ!どういうことなの」

 その時、玄太が突然床にへばりついた。

「あ!ここにも!」
「あ、こっちにも!あぁ!あっちにも!」

 玄太がぴょんぴょん跳ねるように移動しながら、あっちこっちの床を指差す。

「っおい、おま、勝手に動くなって!」
「いやでも、見てくださいよこれ!あっ、まだあった!」

「おい!待て玄太!なんかこういう展開、昔話であったぞ!気を付けろって!」
「へーきっすへーきっす!結晶拾うだけですから!……あっちも光って……うおっ!?」

 案の定、足元の苔でズルッと滑りかける。

「バッカお前っ!!」

 俺とアリスは呆れつつも、結局玄太の後を追うしかなかった。


 *****

 玄太を追って進んでいくと、気がつけば、洞窟の岩肌がいつの間にかなくなっていた。代わりに現れたのは、見るからに神聖って感じな石壁と、天井の高いアーチ。

「…うわ、なにここ。教会…?」
「え?教会?」

 核拾いに夢中になっていた玄太が、ようやく顔を上げる。その瞬間、自分が立っている場所を見渡してようやく、気づいた。

「…えっ。なんか…めっちゃ場所変わってるじゃないすか!?」
「いや、だから言ったろ!?俺の側から離れるなよ!」

「へへっ心配しないでもおれはてんぱいしか見てないっすよ」
「嘘つけ!」

 玄太は今さら背筋を伸ばしてキョロキョロと辺りを見回す。そして、やっと目の前にあるヤバいやつに気づいた。

「うわ…てんぱい、あれ!!」

 聖堂の正面奥、でっかい石像がデンと立ってた。

「ありゃぁ、女神か?」

 片手を天に伸ばしてて、もう片方の腕でなんか丸い玉みたいなの抱えてる。顔立ちは綺麗なんだけど、妙に無表情で不気味なくらいリアルだった。

 しかも、なんか目のとこだけ、濡れてるように見える。

「泣いてんのか?この人形」
「人形って!これは女神像ね!たぶん、この土地の信仰の中心だったんじゃないかしら」

 アリスが言ったその瞬間、声にならない声が聖堂に響いた。

《……めを……を返して…………》

 水の奥から滲むような、誰のものともつかない声。

「っ!?なんだ、この声!」
「め?目?なんかこわ」

 玄太がさっきのテンションを失いつつあった。

「まさか、この女神像が……?」

 アリスが静かに像へ近づくと、像が抱えてる球体がぴくりと青白く光った。

「光った!今、絶対光ったよな!?」
「やばいやばい。絶対これ、イベント始まるやつっすよ!まさかボス戦じゃないっすよね!?」

 縁起でもない玄太の言葉。これが壮大なフリじゃなきゃ良いんだけど。

 てか、今の声…「めを返して」?

 いや。違う…今の、“め”ってたぶん「目」じゃない。俺たちがこの山の天気を晴らしたことで何か、大事なもんを壊しちまったんじゃないのか?

 ……雨を返して。

 そう、言われた気がした。
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