忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第155話 その想いが咲くとき

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 アリスの言葉に戸惑うリオックと玄太を残して、彼女が丘を駆け降りていったのは、ほんの数十分前のことだった。

 風は吹き、草の香りが静かに漂う。三人の間に、落ち着かない沈黙が流れていた。

「ところで玄太よ。無理やり咲かせるって、どういうことだ?」

 リオックが低くつぶやく。

「いや、おれにもさっぱりっす……」

 玄太が小さくあくびをしたころ、丘の向こうから草をかき分ける足音が近づいてきた。揺れる三つの影が、逆光の中をこちらへ向かってくる。

「お待たせ!」

 アリスが軽くウインクして駆け上がってきた。

「あれ、グロウ君!?ベータ君も?」

 玄太が目を丸くする。

「玄太さん!話は聞きました!」

 グロウは一歩前へ出て、胸の前で拳を握った。

「僕のアストラでお役に立てるなら、ぜひ!」

 その横でベータが肩をすくめ、にこっと笑う。

「へへ、僕は~……補助ってことで」

 玄太は一瞬ぽかんとした後、ハッと手を打った。

「そ、そうか!グロウ君のアストラ、植物成長で無理やり咲かせちゃうってことっすね!」

「植物成長か。なるほど、筋は通っている」

 リオックが腕を組んで短くうなずくと、みんなの視線が自然と一点に集まる。つぼみの眠る大地は、まるで次の瞬間を待っているように静まり返っていた。

「じゃ、グロウ……いい?」

「はい、アリスさん!」

 グロウは表情を引き締め、ベータと視線を交わした。そして、膝をつき、そっと大地に両手を触れる。

(グロウ君!ファイッす!!)

「――プランナッ!」

 詠唱の声とともに、地面がかすかに震えた。

 グロウの掌の下から、じんわりと緑の光が広がっていく。光は土の中を走り、根が目を覚ますように地を押し上げた。風が巻き、丘全体が呼吸を始める。

「う、わぁ……!」

 玄太が思わず息を呑む。

「おい、見ろ!」

 草原が波のようにうねり、若草の間から薄緑のつぼみたちが一斉に顔を出した。

「やった……つぼみ、出たっす!」

 玄太の声は期待に震えていた。

 風が頬を撫で、芽吹いたばかりの香りがふわりと漂う。その瞬間まで、丘は生き物のように脈打っていた。

 ――だが、次の鼓動は来なかった。

 草のざわめきが止まり、光が静かに消えていく。丘に残ったのは、開ききれない無数のつぼみと、湿った土の匂いだけだった。

「あれ……?」

「……止まった……」

 アリスの声がかすれる。

「おい、つぼみ!咲けよ……赤青金色!!」

 つぼみは、玄太の叫びに応えるような気配はない。

「グロウ君!なんでやめちゃうんすか!?」

 グロウはそっと立ち上がって目を閉じると、首を横に振った。

「……ごめんなさい。これ以上は、何かが……拒んでいます」

 額に浮かぶ汗。

 その静けさの中、リオックが空を仰いだ。

「花は、次元の扉と共にしか開かぬ――か」

 絶望に似たリオックの言葉に草原はシンと静まり返った。

(はぁ。やっぱ、無理なんすかね……)

 言葉にしたら終わるような気がして、声に出せない玄太は唇を噛む。誰も言葉に出せず、丘を渡る風の音だけが走る。

 風に揺れるつぼみが、どこか泣いているように見えた。

 ――そのとき。

 静寂を裂くように、背後から響いた。

「――あきらめるな!」

 振り返ると、丘を登ってくる影がいくつもあった。コンバインの肩を借りながらも、真っすぐ前を見て歩く男。

 ――ラクター隊長。

 その後ろにはライラ、ミミ、ノーグ……農場のみんなの姿が続く。

「ラクター隊長!もう歩けるんすか!?」

 玄太が叫ぶと、コンバインがニッと歯を見せた。

「隊長の体力を侮るんじゃねえよ!」

「ふっ……俺もうかうか寝ていられないからな」

 ラクターはゆっくりと丘の頂に立つと、まだ開かぬつぼみを見渡した。そして、その瞳にアリスを映すと、真剣な顔つきで一歩前に出た。

「アリス……どういうことだ?何をして……いや、何があった?」

 アリスの瞳が、地面に散らばる緑の残滓と、しおれかけたつぼみを見渡した。

「花を咲かせようとしたの。でも……途中で止まったの」

「花?どういうことだ?」

 ラクターが問い返すと、アリスは小さく息を吸い込んだ。

「この丘に咲く花が、天貴がいる場所への扉を開く鍵かもしれないの」

 その言葉を皮切りに、アリスは経緯を説明した。

 玄太が見た花の事。それが次元の力で咲く花だという事。そして―――

「それで、グロウのアストラで咲かせようとしたんだけど……」

 ラクターは黙って短くうなずくと、ゆっくりと丘を見渡した。

「……なるほどな」

 その視線が、まだ開かぬつぼみを捉える。
 
「つまり、花が咲けば――扉が開くと」

「たぶん……だけど」

 ラクターは片膝をつき、土を指でなぞる。掌に伝わるぬるい湿り気。その奥にまだ、かすかな鼓動が残っていた。

「つぼみはまだ、生きている……」

「でも……僕のアストラじゃぁ……」

 ラクターは立ち上がり、申し訳なく落ち込むグロウの頭に大きな手を置いた。

「ならば、皆で咲かせよう」

 丘の上に、仲間たちの視線が集まる。その声は誰に向けたでもない。けれど、その場の全員の胸にまっすぐ届いた。

「でも、どうやって……?」

 短い沈黙ののち、ラクターは視線を花へ戻す。

「次元の力で咲くというのなら、こいつはおそらく……魔力《マナ》に反応して開花するんだろう」

「魔力《マナ》が、肥料ってことっすか?」

「ああ。それも、並の量じゃ足りん。膨大な量の魔力だ」

 ラクターはしばらく考え込むと、ゆっくりと顔を上げた。

「……この花が、次元の無尽蔵な魔力で咲くのなら――」

 ラクターは言葉を切り、短く息を吸った。

「それに近い状態を、ここで作るしかない」

「え?……お父様、そ、それってどういう事?」

 アリスが息をのむ。

「全員の魔力を重ねて、この一帯を覆う。花が咲くに足る“場”を、一時的に再現するんだ」

「そんなこと、できるんすか……?」

 玄太が目を見開く。

「できるかどうかじゃない。やるんだ」

 ラクターの声に、誰も反論しなかった。

 風が止まり丘の上に静けさが満ちると、誰もが無言のまま視線を交わし、うなずき合う。

「……全員でやりましょう。天貴さんのところまで、必ず繋ぎましょう」

 アリスが静かに前に出て言った。

「よし――一斉に、解放だ!」
 
 ラクターの号令が丘に響いた。

 誰もが息を呑み、空気が張りつめる。

「……よし!」

 次の瞬間、リオックが一歩前へ踏み出す。

「このリオックが天貴殿への道を切り開く!セラフィック・ブレード!!」

 先陣を切ったリオックの白光が丘を覆い、風が唸りを上げる。

「グロウ!二人で行くよ!……プランダッ!」

「はい!ベータ兄ちゃん!……プランナッ!」

 緑の奔流が地を走る。丘の草がいっせいにたわみ、空気が震える。

「ライラも行きます!道を照らして――ルーメノ!」

 草原に虹色の光彩が反射する。

「ミミは声をさがしまふ!エコーハント!」

「天貴さん!どこにいるの……!エネルスキャン!」

 シーダの魔力が光の網となり、草原へ広がる。

「うおぉぉぉ!俺は隊長への想いを全力で乗せるぞぉぉぉぉ!!」

「っしゃあぁぁ!コンバイン!!思いっきり来い!!」

 ラクターとコンバインは全身からアストラを放出した。二人の力が火花のように弾け、全ての光が一点に収束する。

 耳がキーンと鳴るほどの轟音。
 空気が焼けるように熱くなり、光が重なり合う。

「み、みんなすげぇ……!」

 アルカノア農場が誇るアストラオールスターに、思わず後ずさる玄太。

 次の瞬間――

 地面が低く唸り、草が震えた。つぼみたちが同時に脈打ち、淡い光を放ち始める。

「……動いた!」

 アリスの声が響く。

 彼女は両手を胸の前で組み、空を仰いだ。

「――視せて!私たちの未来を!」

 アリスの瞳が淡く光を帯びると、丘の上に新たな光流が走る。玄太は後ずさりながらも、その光景に息を呑んだ。仲間たちが次々と魔力を放つ中、自分だけが立ち尽くしている。

(どうしよ……おれ……)

 眩しさに目を細めながら、喉の奥がひゅっと鳴る。

 その時――

「玄太ぁぁぁ!」

 リオックの声が風を裂いた。

「お前が最後だ!」

「えっ、え!?でも、おれ……アストラなんて……」

 玄太は慌てて立ち上がる。

「お前にはあるだろう!力が!そうやってお前は異世界(ここ)へ来たんだろう!?」

 リオックの激励で、クータンの思念体と話した夜を思い出す。

 *****

「ぬしの持つ……アストラじゃ……」

「お、おれがアストラ!?んなわけ――」

「――否……ぬしは……すでに使って……おる……」

「使ってる?いつ?どこで!?おれなんて、いっつもてんぱいの事で頭がいっぱいで……!」

「それじゃ……その力……」

 *****

(……その力って……)

 光の中で玄太は小さくつぶやいた。心臓の鼓動が、自分の中の“何か”を叩き起こす。

「……てんぱいを好きな力が……おれのアストラ?」

 指先が震える。胸の奥が熱くなる。

「――その力だ、玄太!!」

 リオックの叫びが雷のように響く。

「天貴氏が待ってまふ!」

 ミミの声が続く。

「おにーちゃんの想い、きっと届くよ!」

 ライラ。

「お前の想いを!」

 ラクター隊長。

「ありったけ叫べ!」

 コンバインさん。

 みんなの声が一つに混ざって、玄太の全身を貫いた。なんだこれ……体の中がざわざわしてる。血がドクドクして、体中があったかい。

(なんか……おれ、熱い?)

 その瞬間、どこからともなく確かに聞こえた。

『玄太!俺はここだ!』

(……え!?)

 懐かしい声に、息が止まる。

(てんぱい……!?)

 考えるより早く、玄太の口から大好きな名前がこぼれた。

「――てんぱぁぁぁぁぁいっ!!!」
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