忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第156話 てんぱいへの道

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「――てんぱぁぁぁぁぁいっ!!!」

 玄太の喉から飛び出した声が、丘をまるごと揺らした。

 その声を合図に、大地に広がった魔力マナが、草の根を駆け抜け、つぼみの芯へと一斉に流れ込む。

 その瞬間、ぽんっと音を立てて、一輪の花が開いた。

 ……ぽん。

 もう一輪。

 それを合図にしたみたいに、あちこちのつぼみがぷつぷつと震え出す。ひとつ咲くたびに、光の粒が舞い上がって、次のつぼみへと飛んでいく。

「うわっ、すげっ……!」

 玄太が思わず声をあげた。

 赤、青、金。

 三色の波が混ざり合って、草原の色を塗り替えていく。

「うそ……咲いてる、全部……!」

 閉じた目を開いたアリス。

「……きれい……」

 ライラが見とれてつぶやく。丘の上では、探していた花たちが気持ちよさそうに揺れていた。

(これだ!おれがここへ来た時に見た花……!)

 玄太の胸が高鳴る。

 ――そのとき。

 ミミが眉をひそめて、そっと指を伸ばした。

「ねぇ……花、見て」

 その一言に、全員の視線が集まる。

「……おい、なんか変だぞ」

 コンバインの低い声が玄太の浮かれた空気をすっと削った。

「え?どこがですか?」

「花の向きだよ。ほら、頭見ろ。全部、あっち向いてやがる」

 言われてみると、開いた花たちはバラバラに揺れているくせに、顔だけはそろって一方向を見ていた。風が吹いても向きがずれない。

 まるで「そこだ」と指を差すように。

「み、見て……あれ……!」

 ライラが小さく指を伸ばす。

 花が示す先――丘のまんなか。さっきまで何もなかった場所。

「……!?」

 そこには、黒い“へこみ”が浮かんでいた。

「黒い魔法……?」

「いや、違う。空間が……裂けてるわ!」

 アリスとシーダが同時に息を飲む。

 黒いへこみは、空気ごと裏返すように、ゆっくりと広がり、やがてぽっかりと穴をあける。穴の縁から、赤いうねりが滲み出し、まるで生き物の呼吸みたいに脈打っていた。

「ま、まさかあれが、次元の――!?」

 アリスがそう言った瞬間。

「危ないっ!」

 リオックが前に出るよりも早く、赤い魔力のしぶきが草の上を走った。地面を伝って広がり、いちばん近くにいたシーダの足首にまとわりつく。

「っく……!」

 シーダが片膝をついた。赤い魔力が絡みついたところから、彼女の光――緑色のアストラがふっと消える。

「シーダ!」

 アリスが駆け寄る。

「だ、だめ……これ……アストラを……阻害する……!」

(でも、この感覚……以前どこかで……!?)

 シーダの顔が歪む。痛みというより、魔力の蛇口を無理やり閉められたような苦しさだ。

「っく……触れた者の魔力(マナ)を阻害するのか……!」

 ラクターが歯を噛んだ。

 黒い穴から、さらに一筋の赤がぶわっと飛ぶ。今度は花を伝ってスルスルと伸び、グロウの足もとに触れた。

「うっ……!」

 グロウの足から流れていた緑光が消えた。「あっ」と短く声を洩らすと、その場にぺたりと座りこむ。

「グロウ!」

「ごめ……さい……!力が……!」

 赤い魔力は止まらない。コンバインが腕で払えば、そこにまとわりつき、力を吸い取る。ライラが光を強めようとしても、触れた指先からハッキリと光がしぼんでいく。

「ちょ、ちょっと、これマズくない!?」

「このままだと、みんなのアストラ全部止められちゃうよ!」

 せっかく開いた黒い空間が、赤に縛られて小さくなっていく。まるで「お前たちの魔力じゃ足りねえよ」と言わんばかりに。

「くそっ……!ここまで来て!」

 ラクターが拳を握りしめた。

 そんな中で――玄太だけが、平然と立っていた。

「げ、玄太……お前……!?」

 苦痛に顔を歪ませながら驚くリオック。

 足もとの花に赤いうねりが触れているのに、苦痛も力が抜ける感じもしない。

「おれ、なんともない……?」

 玄太は自分の腕を見た。赤い筋が触れては消え、触れては消える。

 その様子を見て、シーダが息を荒くしながら言った。

「――そうか……玄太さん前に、天貴さんの背中に触れた時……あの“天秤”の魔力に一度、干渉されて克服してるから……」

「へ?あ!あの時はぶっ倒れちゃって……」

「それ……身体が覚えてるんだと思う……あの次元の魔力の“味”を……!」

「免疫ってやつか……!」

 しかし、皆のアストラの力が弱まるにつれて、黒い空間は徐々に小さくなっていく。アリスが黒い空間を見て、唇を噛む。

「でも、このままだと閉じるわ……!」

 黒は確かに縮んでいた。さっきは人一人分くらい開いていたのに、今は子どもがやっと通れるくらいの大きさしかない。みなのアストラが弱まるにつれ、じわじわとその口が閉じる。

「ラクター隊長!おれ、どうしたら……!」

「どうするもこうするも――決まっている!」

 ラクターは玄太の方を向いた。

「玄太、行け!今しかない!」

「で、でも、みんなが……!」

 ラクターの声は怒鳴り声だったけど、怯えを吹き飛ばすような太さだった。

「それに、クザンと戦う力なんて俺には何も――」

「そんなもんは、行ってから考えろ!」

 ラクターが即答する。

「今ここでそれが閉じたら、考える方法すらなくなる!」

 玄太はぐっと黙った。足元では花がまだ同じ方向を向いている。みんなの魔力が弱くなったせいで、花の首も少しずつ下がっていた。

 つまり、時間はない。

「玄太さん!」

 今度はアリス。膝をついているのに、声だけはしっかりしている。

「あなたしか、あの魔力には……神の力には対抗できないの!自信をもって!」

「アリスさん……!」

「天貴のこと……頼んだわよ」

 アリスは口角をわずかに上げた。

「げ、玄太!」

「リオックさん……は、はい!」

「今、分かったぞ……それが、お前の力だ」

 リオックは涙目のまま、力いっぱい笑った。

「お前の行動すべてが、天貴殿に繋がっていたんだ……くやしいがそれは……お前だけが持つ、こじ開ける力なのだ!」

「リオックさん……!」

 ラクターが最後にもう一度叫んだ。

「ここは心配するな!」

「そうよ!導流晶で、ちょちょいの……ちょいよ!」

「は……はいっ!!」

 玄太は大きく息を吸った。

 足元の花がふわっと揺れ、まるで「行け」と背中を押す。

(そうだ……てんぱいを追って異世界まで来たのに……)

「ここで立ち止まっちゃダメだ!」

 目の前には黒い穴。

 その向こうには、てんぱいがいる。
 行くか行かないかなんて、もう選ぶ余地はない。

「てんぱい!今、行きます!!」

 思いっきり叫ぶと、玄太は赤い魔力を蹴散らすように、黒い裂け目の中心へと飛び込んだ。
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