忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第157話 創られた領域

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「てんぱい!今、行きます!!」

 玄太は空に向かって思いっきり叫ぶ。いつもこうやって恐怖や不安を吹き飛ばしてきた、いつものやり方。

「玄太さん!これ、持っていきなさい!」

 背中から聞こえたアリスの声に振り向くと、小さなポーチが目の前に迫る。玄太はそれをなんとかキャッチすると、ポーチからほんのりと焼き立ての小麦とミルクの匂いが漂う。

「こ、これって……あ、ありがとっす!!」


 *****

 そして、決死の想いで飛び込んだ黒い空洞の先は、真っ暗闇で目を開けてるのか閉じてるのかもわからない。音もしない。風も匂いもない。何も聞こえない、ただひたすらの闇。

「おーい、てんぱーい……?おれがきましたよー?」

 声は響くこともなく闇に消えた。

(これ、暗すぎるって……!こんな時、ライラがいてくれたらなぁ……)

 玄太は手を伸ばした。何も掴めない。手探りしながら足を一歩、慎重に前へ進む。もし穴でもあったら、それでゲームオーバーだ。一歩一歩が命がけの、究極の所見殺し。

(やばい……下手したら死ぬかも……)

 ドクドクと鳴る鼓動をおさえると、胸ポケットの奥の何かが手に当たった。

「……ん?この大きさ……アメ玉か!?」

 指先に触れたのは、丸くてつるつるした感触。光はないけど、形だけでなんとなく分かる。

「うおおお……神様ありがとう……!」

 思わず両手で包み込み、口もとまで持ってくる。この状況で見つけた小さな幸運。少しでも甘いものを食べれば、頭も落ち着くはず。

 パクッ。

 ――瞬間、舌が混乱した。

「……うわっ、なにこれ!?にがっ!え、なに味!?」

 まずい。いや、“味”というより“石”だ。

「これ、飴じゃない……うわっ!?」

 言い終える前に口の中で何かが弾け、光がこぼれる。もちろん鼻の穴からもピカーッ。驚きながら慌てて両手で口を押さえるけど、指の隙間からも光が漏れる。もはや玄太のフェイス型・ルームライトだ。

「……あっ!これって、たしか……暗……暗光石!」

 思い出した。この前、晴れ知らずの洞窟を探検した時に、リオックさんからもらったやつだ。カチッとすれば、暗闇でも勝手に光を出す、便利すぎる石。ポケットに入れっぱなしだった。

「よかったぁ……おれ天才かも」

 口の中の暗光石をペッと出して、辺りを照らしてみた。青白い光がじわりと広がって、ようやく周囲の様子が見えてくる。

「えぇ……なんだよこれ」

 そこは、地面のない空間だった。足もとは確かに何かを踏んでいるのに、下は真っ黒。光を当てても、底が見えない。闇が暗光石の光まで飲み込もうとしているようだ。

「なにここ。マジどうなってんのよ……」

 光の輪の外側は、全部が闇。下にも上にも、前にも後ろにも、闇。進む道も、戻る道もない。

「てんぱぁぁぁぁい…………」

 叫んでもやっぱり返事はない。ただ、耳鳴りのような低い音が続くだけ。

 その時――

 ぐぅ~~~っと、腹の虫が鳴った。飴で下手に期待を持たせたせいで、胃袋が催促してくる

「はぁ……腹減ったな」

 反射的にアリスにもらった腰のポーチに手を伸ばす。ポーチのチャックを開けると、ふわりと甘い香りが漂い、玄太の食欲を誘惑する。ミルクと小麦の、あの優しい匂い。

(……でもだめだめ!これはだめ)

 食欲を閉じ込めるようにチャックを戻した瞬間、玄太の耳が何かを捉えた。

『……むぅ………』
「え?」

 あまりにも小さな声。

『……所望する……』
「えええ!?」

 だけど、何度も聞いた声。

『……甘乳パンを……所望する………』
「……またっ!?」

 これも、毎朝何度も聞いた台詞。その声は途切れ途切れだけど、それでも確かに聞こえた。

「……クータン!ここにいるの!?」

 闇に向かって叫ぶ。しかし声は吸い込まれて消えるだけで、返事はない。でもさっきの声は幻聴なんかじゃない。なら、どこから……?玄太は息をひそめ、もう一度ポーチのチャックを半分開けた。甘い香りが、ふわりと闇に溶けていく。

『……んむぅ………』
「聞こえた……左耳……!」

 玄太は暗光石を掲げて左側に一歩進むと、足の裏がぐにゃりと沈んだ。というより、闇そのものが揺れている感覚。

『……先に』
「先!?クータン、この先にいるってことなんすか!?」

 今度ははっきり聞こえた。クータンの強い意志を感じる。

『……先に……食うでないぞ』
「いや、そっちの心配かよ!」

 思わず突っ込んでから、目の奥が熱くなった。いつものあの調子だ。声は弱々しいのに、食いしん坊だけはブレない。涙が出そうになって、思わず笑ってしまう。

(クータン、ちゃんと生きてる……!)

 玄太はポーチのチャックを全開にした。匂いが漂うと、闇の奥の“うねり”がまた動く。波紋のように黒が波打ち、闇に闇が解けるようににじんだ。

『……我は……ここじゃ……』
「ここって言われても……いや、行く!すぐ行くから!」

 玄太は光を掲げながら、クータンの声が聞こえた方へ駆け出した。けれど走るたび、足もとがどんどんおかしくなっていく。

「な、なんだよこれ……地面が、ぬるぬるして……!」

 踏んだ感触がどんどん柔らかくなる。闇が足首にまとわりついて、まるで靴底ごと飲み込もうとしているみたいだった。

「クータン!こっちっすかぁぁぁ!?」

 走るたびに沈む。踏みしめるたびに、足元の黒が吸い込む。どんどん足が抜けにくくなって、ついには腰まで沈んだ。

「やばい!これ、やばいって!!!」

 ついに、足場の闇はもはや液体に変わった。必死に光を掲げるが、暗光石の灯りさえ黒に呑まれていく。

(うあ……沈む……!)

 顔まで闇に沈むと、思わず目をつむる。

 伸ばした手も、声も、全部、黒に吸い込まれた。時間の感覚が消える。重力も音も、なにもかも、どこかに置き去りになっていく。

 そして――。

 ふっと、沈む感覚が止まった。もう上も下もわからない。沈んでいるのか浮いているのか、感覚があいまいになる。

(てんぱい……!おれを……導いて……!)

 それはもはや神頼みってやつだ。現実主義の玄太の辞書には無い価値観。でも、人智を超えた世界で人間が出来る事なんてこれくらいだ。
 そして、玄太の全身と感覚を「無」が襲う。目を開けるのが怖い。開けたら自分まで消えてしまいそうで。それでも、今自分にできることはそれくらいしか思いつかない。

(ええい……ままよ!)

 意を決してバチっと目を開けた瞬間、世界が裏返った感覚に襲われた。闇がはじけ視界に白が溢れる。

「っは……!?」

 気づけば、玄太は冷たい石の上に座っていた。真っ白な空間に、ただ王城の残骸だけが取り残されているような光景。霧のような光が満ち、尻の下には、苔のついた石畳が広がっている。ただ、遠くのどこかで、低い鐘の音のような響きだけが空間を震わせていた。

「地面……!?立てるぞ!」

 震える膝をおさえながらゆっくりと立ち上がると、自分の靴底だけがこの世界の現実を確認している。見上げると、空も地もなく、ただ白の中を建造物の欠片が漂っていた。瓦礫の表面には古い紋様が浮かび、時間の止まった世界が静かに息をしている。 
 風もない。なのに、見えるもの全部が生きているような不思議さがあった。

「あれ……!?ここって……」

 それでも――この景色には見覚えがあった。崩れた回廊に宙に浮かぶ瓦礫、そして白く滲むこの空気感。全部が、“崩壊王国オンライン”のラストステージにそっくりだった。
 てんぱいの寮の部屋で、ふたりで何度も遊んだゲーム。毎週夜更かしして攻略した、死にゲ―と名高いゲームのあの最終ステージ。


 *****

『玄太!そこの床抜けるぞ!』
『うぉおっと、あぶねぇぇ!あ、てんぱいそこ右っす』

『あ、しま……ぐあぁぁぁ!!』

 *****

 落ちるたびに二人で笑って、叫んで、また挑んだ、あの光景。でも、目の前にあるのはCGでも、モニターの映像でもなかった。石の匂いがして、光が肌を焼き、足の裏には現実の重みがあった。

「……てんぱい……絶対ここにいる……」

 その確信が嬉しいはずなのに 笑いは出ない。代わりに、体の芯がじわりと燃えはじめる。

(これなら行ける。絶対、行ける……)

 それはかつて、ゲームの中で燃え上がった闘志に似た衝動だった。
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