忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第158話 しぶといやつら

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 玄太はゆっくりと周囲を見渡した。

「てかここ、ゲームだとリスポーン地点だったよな」
「りすぽーん?それは、美味そうではないの」

 思わず口に出すと、クータンの反応に苦笑いがこぼれた。何度もてんぱいとやられて何度もこの場所に戻った、その記憶が蘇る。死に戻りを繰り返したあの日々。

(強ボス倒すとてんぱいが抱き着いて来たんだよなぁ…うへへ…)

 玄太は顔を上げた。

「ってことはたしか、この近くにいたはず……」

 ラストステージ唯一のNPC。攻略サイトでも話題になった、崩壊前の王に仕えてた最後の従者。トゥルーエンドに行くにはこいつに話しかける必要があったっけ。知らなければ絶対にスルーするいやらしい配置。リスポーン地点からすぐの崩れた柱の並ぶ一角。そこが、やつの場所だ。

「…いたら笑うけどな」

 ゲームじゃないからいるわけない。半分冗談と半分期待を胸に柱の陰に回ると、何かの影がモゾって動いた。

「なに…?まさかね!?」

 玄太はそのままゆっくりと歩み寄り、崩れた柱の裏に回り込んだ。

「え、ええ!?」

 そこには、柱の隅にちょこんとうずくまり、ぷるぷる震えてる黒い仔牛が。

「ク…クータン……っ!?」

 白い床に横たわった小さな体。息は浅く、胸がわずかに上下しているだけ。小さなツノにひびが入ってるのが痛々しい。

「お、おい!クータン!しっかりしろよ!」

 駆け寄って抱き上げると、息をしているかも分からないほど呼吸が薄くなっている。

「……まことに、ぬしか…?」

 掠れた声が、胸の奥で震えるように響いた。

「そうだよ、玄太だよ!だから元気出して!」
「人を…寄せ付けぬ領域だと言うのに……これにはクザンも誤算じゃろうて」

 その目がわずかに笑った気がした。

「くぅ…」

 でも次の瞬間、クータンの体を包んでいた光がふっと弱まった。

「お、おい!冗談やめろって!寝るな、クータン!!」

 玄太は慌ててポーチを開け、甘乳パンを1本取り出した。香りが漂うと、クータンの鼻先がぴくりと動く。

「…ぬしから…香っておったか……」
「次元を超えて嗅ぎつけるなんて、クータンも相当っすよ?」

 玄太は笑いながら、震える手でちぎったパンを差し出した。クータンの舌が、ほんのわずかにそれを受け取る。

「もぐ……儚き生の最後に…これは格別じゃ…」
「最後って…こんなところでおれを一人にしないでよ!」

「……家族(ふぁみりぃ)を置いて逝くのは忍びないが…もぐ…この傷では助からぬ」

 甘乳パンを咥えながら弱気になるクータン。

「ふ、ふざけんなよ…!こんなとこで終わるわけないだろ!」
「…ぬしは…変わらぬのう…泣き虫のくせに…もぐもぐ……ゴクッ」

「な、泣いてねぇっすよ」

 必死に笑いながら言う。けど玄太の声が震えていた。

 クータンの体から、微かな光が漏れては消えていく。砂時計の砂が零れるみたいに、命が削れていくのがわかる。

「…ぬしよ」
「なに!?」

「ぬしが…ここまで来たこと……家族(ふぁみりぃ)として誇らしいぞ」
「……やめろよ、そういう言い方!」

「……もう……腹も……満たされた……思い残すことは……」

 クータンのまぶたが落ちる。熱が遠のいていく。それは、風のない世界で灯が静かに消えるみたいに。

「思い残すとか言うな!いいからほら、立てってば……!」

 玄太は慌ててクータンの頬を軽く叩いた。呼びかけても、クータンの返事は途切れ途切れだった。ただ、玄太の手の中で、クータンの体がゆっくりと軽くなっていく。それでも、ほんの少しだけ口もとが緩む。

「……ぬしの……声…………やす……ら……ぐ……」

 クータンはもう、声を出す力も残っていなかった。

「……くっ……」
「…………」

「クータァァァァァン……」

 玄太の乾いた叫びは、白い空に消えた。


 *****

 どれほどの時間が経ったんだろう。玄太は、静かに目を閉じたクータンを抱いたまま、柱の隅でうずくまっていた。思えば出会ってから三日で死ぬという、クダンの運命を乗り越えてここまで来たんだ。自分を生み出した神をも裏切って、俺たちと一緒に、食って、遊んで、戦って。

 腕の中で眠るクータンは、まだ暖かかった。……いや、むしろどんどん暖かくなっている。気が付けば小さな心臓のトクトクは、その勢いを取り戻していた。

「クータン……?」

 涙で濡れた頬を拭って、軽くクータンの背を叩く。

「…………生きてお」
「はい回復!もう十分寝たでしょ!」

 そう言って玄太は、クータンを抱えながらよっこらしょと立ち上がる。足もとで転がった石がカランと鳴り、沈黙していた世界に元気な音が戻ってくる。

「むぅ……バレておったか」
「もうこのパターン、何回目だと思ってるんすか!」

 玄太はその小さな角を軽くつついて、ニッと笑った。

「ふむ…我ながらしぶといのう」

 その一言に、玄太はぷっと笑ってクータンを肩に乗せた。その重みが、さっきまでの不安をすべて押し潰していくようだった。

「いいんだよ、それで。しぶといのが一番強いんすから」
「ぬしも相当しぶといがの」

「てんぱいを取り戻すまでは倒れてられないっすから」

 玄太はそれでも、かすかに鼻をすすっていた。涙の跡を隠すように笑いながら、クータンの背をぽんと叩く。

「……生きてくれてありがとな」

 その言葉に、微かな息が返ってくる。

「当然じゃ。我らは家族(ふぁみりぃ)じゃからの」

 この白い世界で、誰よりも頼もしい相棒がそこにあった。

「そんじゃ、そろそろ家族(ふぁみりぃ)の大黒柱を迎えに行くっすか!」

 白い空間の向こう、まだ見ぬ闇を睨みながら、二人はゆっくりと歩き出した。
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