忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第160話 第一領域 ― 記憶の回廊 ―

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 灰色の通路を抜けた先は、ひんやりとした長い回廊だった。天井が見えないその空間は、どこまでも続く石造りの廊下で、通路の左右には浮遊する鏡片が無数に並んでいる。

「ふむ、なにやら不可解な通路に出たの…」
「あ!ここ、記憶の回廊!過去のイベントムービーが視れる場所なんすよ」

 足音を鳴らすたび、鏡片のひとつひとつに“何か”が映る。最初は光の粒のようなものだったが、やがて人の形になっていく。

「これは……ぬしか?」

 クータンが鏡に目を凝らす。そこには、まだ右も左もわからない玄太が、初めておやっさん農場の門をくぐった朝の光景が映っていた。真っ青な空、畑の列、陽に透けるトマトの葉。そして門の向こうには、笑う天貴の横顔がある。

「うわ、マジだ!これ、おれの出勤初日じゃん!」

 玄太は思わず鏡に駆け寄った。へぇ…つまりここではおれの回想イベントって事か。鏡の中の天貴は、昔と変わらない笑顔で手を振っている。その姿を追いかけるように歩くと、次々と鏡が連鎖して光り、別の記憶が映し出された。

「あ、これ!てんぱいと川で遊んだときっす!あっちは花火大会!」

 その回廊は、天貴との思い出で埋め尽くされていた。

「ぬしの記憶はずいぶん偏っておるのぉ…」
「当然す!てんぱいオンリーなんで」

 すると、とある鏡の前を通り過ぎようとした玄太が、思わず足を止めた。

「うわ!これ、俺が卒業式の日にてんぱいに進路相談した時だ!この時てんぱいがさ、“俺んとこに来い”って強引にさぁ――」

 自分で言っておきながら、顔を赤くして頭をかいた。しかし鏡に映し出されたのは、天貴が冗談半分で言ったおやっさん農場へのお誘いに、待ってましたと食い気味で二つ返事する玄太の姿だった。

「ふむ。人というのはかようにも、都合のいい様に記憶を改ざんするのじゃな」
「う、うるさいなぁ……この鏡が勘違いしてるんす!」

 天貴に抱きつきながら嬉しそうに笑う自分があまりにも幸せそうで、玄太は思わず目をそらした。

「して、これがぬしたちの出会いの場なのじゃな」

 クータンの声が柔らかく響く。

「いや、てんぱいに会ったのはもっと小っちゃい頃で……」

 玄太はつぶやきながら歩みを進めると、最後のひときわ大きな鏡の前で再び足がぴたりと止まる。その鏡に映ったのは、煙が立ちのぼる火葬場で泣き疲れた姉の手を握り、灰色の空の下で立ち尽くす幼い玄太の姿だった。――胸の奥で何かが重く沈む。

「これは、幼き頃のぬしか」

 鏡の中の幼い玄太は、べそをかいたまま少年時代の天貴に抱かれていた。

「そう!で、この兄ちゃんが、近所に住んでたてんぱいっす!」
「ふぉっ!二人ともかように純粋で愛らしい頃があったのじゃの」

「いやそれ、今は不純で愛らしくないみたいじゃないっすか……ま、否定しないけど」

 玄太はその鏡を見つめながら、自分でも気づかないうちに涙があふれていた。
 ―――両親と永遠のさよならをした日。悲しい記憶なのに。思い出すと涙があふれるのに。なぜかその涙は暖かくて、心が温かくなる想い出に変わっていた。

「父ちゃんと母ちゃんが死んだ日に、おれはプロポーズされたんす」

 そう言って、鏡を見つめる玄太の頬を伝う涙は、クータンにはどこか嬉しそうに見えた。クータンはしばらく黙って、鏡の中のふたりの少年を見つめていた。幼い玄太が泣き止むまで、何度も頭を撫でる天貴の手。その動きは、時の流れを越えてなお、確かに温かい。

「ぬしは、人生最悪の日に、最愛の者が現れたのじゃな」
「え……?そう、なのかな」

 涙を拭うと、玄太の胸にあの時の天貴兄ちゃんの声がよみがえった。

『俺がお前のお父さんになってやるから』

 幼いころの勘違いに、玄太は少しだけ笑った。

「でもてんぱい、こんな昔のこと覚えてないだろうけど」
「……否。そうでもない。言霊ともなれば、魂に深く刻まれるものじゃ」

 クータンが静かに目を閉じると、鏡に映る二人の姿が薄れていく。懐かしい声や笑い顔が、淡い残像になって消えていった。

「記憶とは、過去に留まるためではなく、今を生きる力にするためのものじゃ」

 クータンの言葉に、玄太は小さくうなずいた。

「そっか……クータンたまにはいい事いうじゃん!」
「いつも言うておる。聞く者が扉を開かねば届かぬものじゃ」

 顔を上げると、通路の奥で淡く光る出口へ向かって歩き出した。重かった胸が今は不思議なほど軽くて、足取りまで軽く感じる。

 第一領域・記憶の回廊。
 
 玄太はもう一度だけ振り返った。白い空に漂う光が鏡の列を照らし、回廊全体を淡い輝きで包み込んでいる。
 そこには、光に包まれながら微笑む天貴兄ちゃんと幼い自分の姿が見えた。二人の少年はそっと手を伸ばし、玄太の背中を押す。

 “行け”――そんな声が、確かに聞こえた気がした。

「……あぁ。進むしかないんすよね。おれは、今のおれの場所へ!」
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