忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第180話 その世界、滅亡中につき

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 数百年前――

 創世の神アストレイが目指したのは、単純で理想的な世界だった。
 種も立場も越え、すべての知的生命が手を取り合い、同じ地平に生きる世界。
 その理想のもと、神力は精霊にのみ与えられた。
 人は精霊を崇め、精霊は人に施す――そうした関係こそが、あるべき姿だと考えられていた。

 初めのうちは、互いを尊重し助け合いながら、その理想は保たれていた。
 だが、時間が経つにつれ、歪みは生じ始める。
 人間は精霊の力を恐れ、妬み、やがて奪おうとした。

 その結果、世界は変化していく。
 精霊の遺伝子を宿した人間、特殊な力を持つ人間が、次々と生まれ始めた。
 それは明らかに、何も持たない人間よりも優れた力だった。
 一度その差が生まれると、堰を切ったように広がっていく。

 やがて、その力は創世の神アストレイの名から、「アストラ」と呼ばれるようになった。
 アストラを持つ者と、持たざる者。
 間もなく力を巡る略奪と支配が始まり、精霊たちは姿を消した。

 世界は、目に見える速度で腐敗していった。
 それでも創世の神は見守り続けた。まだ大丈夫、きっとなんとかなる、と。
 最後の最後まで、人の持つ可能性を信じ続けた。

 だが、世界に流れる血と涙は止まらなかった。
 創成の神が、初めて世界をリセットする決断をした。
 神とは、意志そのものである。実体を持たず、この世界の人間に直接干渉することはできない。
 そこでクザン・アストレイは、異なる手段を見つけた。
 異世界から自らの依り代となる人間を召喚し、次元転移の過程で融合する術を。
 それは神の意志を、この世界に実体化させる方法だった。

 最初に選ばれたのは、みずきという少年だった。
 彼には水を自在に操る力が与えられた。
 それは、この世界の人間を排除し、世界をリセットするための神力だった。

 だがその力は、神の意志に使われる前に人間の欲望に捕らえられた。
 崇められ、恐れられ、やがて彼自身の意思とは無関係に略奪の道具として扱われていった。

 ある女は弱さを盾に、彼の優しさを縛りつけ、ある男は身体でねじ伏せ、肉体と尊厳を支配した。
 守られているようで、選ぶ権利はなかった。拒む余地もなく、気づけば逃げ道も失っていた。

 力を持てば誰かが必ず奪おうとし、奪えぬ者は排除しようとする。
 力を得ること自体が、価値になってしまった存在。それが、この世界の人間なのだと。
 彼らに期待することをやめた彼は、神の意志に逆うことなく受け入れると、優秀な器となった。



 ——崩壊王国・魔導研究所。

「ところが、今回の器はどうだ?」

 クザンの意識が、ゆっくりと天貴の身体をなぞる。

 見立ての上では、何ひとつ欠陥のなかった器。健康で優秀な魔力の動脈を持つ体。広い心で他者を切り捨てず、抱え込むことを厭わない精神の在り方。寛容で懐が深く、過剰な自我も支配欲も持たない心。神の力を宿すに、十分すぎるほどの素養。

「数百年前の器と同じようにこの歪な世界に疑問を抱きながらも、完全には支配できない……なぜだ?」

 理論では説明突かない、なにかが――

「おい!どうしたんだよ、ぼーっとして」

 不意に間の抜けた声が割り込むと、ハッと目を開けたクザン。そこには至近距離で、神への恐れも知らず、とぼけた表情でボクを見上げる人間がいた。

 ――玄太。

 その瞬間、思考が一気に収束する。

「そう……こいつ。この玄太とかいう前例のない存在……」

 この器の精神に、深く、しつこくこびりついている存在。記憶の奥底に染みつき、削除命令を拒ませ続ける異物。神が敷いた理が通じない脅威、計算を狂わせるバグ。

「ところでてんぱい、腹、減りません?」

 ーーは?

 クザンの思考が、急停止する。問い返すより早く、玄太は勝手に話を続けた。

「あー、くそ!世界沈没してるし、食い物ねえじゃん!これからどっしよっかなー!」

 ――なに?

「そうだ!お前って魔力でステーキとか出せねえの?ハンバーグでも良いけど」

 ――こいつらの流れについていけない。

「我も栄養補給の刻。ぬしの甘乳パンを我に引き渡すが良い」
「ダメだってば!これはてんぱいが帰ってきてから食うの!」

 ――なぜ、こんなにも生き生きと……。

「むう?いまだに出し惜しむか。あやつが帰ってくる道理はあるのか?」
「何言ってんすかクータン!もう人類は滅亡したわけだし。器の役目、終わりっしょ?」

 以前の粛正では人間は嘆く者、悲しむ者、再起不能になる者、そういう者ばかりを見て来た。そして沈みゆく世界を前に、自暴自棄になる者ばかりだったというのに。

「自身の仲間が呑まれ、滅亡した直後だというのに、おまえはなぜ平気な顔しているのだ?」
「おれ?まあ、お前はムカつくけど、おれはそもそもてんぱいがいれば他に何もいらないんで!」

 今度こそ、クザンの視線が完全に止まった。
 全人類が死んでも、この器さえ生きていればそれでいいと?悪びれもなく言い切るその声に、善悪も虚勢も感じない。ただ、自分がこの器とどう生きるかしか考えていない。

「何事も切り替えっすよ!常に、その時その時のベストチョイスが大事なんで」
「我は甘乳パンが食せぬのが解せぬ」

 こいつはすでにボクを恐れていない。かといって、逆らっているわけでもない。それなのに、神の支配の外側に立っている。神を前提に含めずに、器と共に生きようとしている。神の世界観そのものを、成立させない存在。

「で、いつになったら、てんぱいから出てってくれるんすか?」
「……な、なに……?」

 神ともあろう自分がたかが人間に押されている?クザンは、初めて動揺という感覚を味わった。玄太は一度、天貴の顔を見てから、にやっと笑った。

「ここなら、ワンチャンてんぱいを落とせる気がするんすよね」
「落とす?どういう意味だ、何を言っている?」

 なぜか突然顔を赤らめて目をそらす人間。

「だって、もうおれしか人間いないんだったら、てんぱいを突け狙う聖騎士もいないし、おれの独走ってことだから!」

 この玄太という男。ここにきて、この器を手に入れることしか考えていない。いや、この器の外側だけじゃなく、内側までまるごと全部狙っている。

「うっしっし……さすがのてんぱいも、そのうち一肌が恋しくなって……っひょぉぉぉぉ!!」

 ――ビクッ!

 得体の知れない悪寒が天貴の身体を走った。

「ざ、戯言はやめろ!お前たちイレギュラーは、例外なく排除するんだ!」

 荒ぶる声が研究室の空気を断ち切ると、クザンの赤い魔力が、再び天貴の内側で脈動を強めた。

「え~、じゃあさぁ……」

 その張り詰めた空気を、玄太は躊躇なく踏み越えた。何事もないように、軽い足取りでクザンの目の前に顔を近づける。

「排除する前に、最後の思い出!チュウしろ!チュー!」
「なっ――!?」

 クザンが反応する前に、さらに距離が詰まった。

「観念するっすよ!ほら、んちゅ~~~」
「おい、やめろ!神は、そのような行為は――」

 唇が触れるまで、3cm…2cm…1cm……。玄太の唇が迫った瞬間、神は器の支配を一瞬放棄する。それは、本来の持ち主の自我を抑制する力を急激に弱めた。

 その結果————

「っだ………だぁぁぁ!!こら!玄太ぁぁぁ!!」
「は、はいっ!てんぱい!」

 雷鳴みたいな怒鳴り声が魔導研究所に響いた。反射的に背筋が伸び、条件反射で返事をあげた。玄太は頭で考えるより先に、身体が反応していた。

「俺のファーストキスを、勝手に奪うなって!!」

 ――俺を見てる。
 ――怒鳴ってる。
 ――しかも、ファーストキスがどうって。

「え、今の……今のって……」

 喉が詰まって、言葉にならない。世界が終わったとか、神がどうとか、そんなもの本気でどうでもよくなった。追いかけて、何度も引き離されて。それでも、どうしても諦めきれなかった人が突然、目の前に戻ってきた……!


 数分後————

 久しぶりの俺は……正直、直前の記憶がごっそり抜けている。さっきまで何してた?なんでこうなってる?考えようとすると、そこだけ綺麗に空白だ。……ってか、ここどこだ。なんで俺、ここに立ってる。

「な……なんだよ?ジーっと見て……」

 目の前で、玄太が固まったまま俺を見ている。あんまりにも真っ直ぐで、逆に落ち着かなくなって、俺は思わず視線を外した。

「……あれ……そういや、ここって……」

 口に出した瞬間、景色が変わって見えた。白い壁肌に広い空間。今まで見えてなかったこの場所が、急に輪郭を持って目に入ってくる。

 同時に、記憶が一気に押し寄せた。現代で、玄太と一緒に遊んでた時間。画面越しに並んで、同じステージを何度も走って、笑って、文句言って。

「そうだ!ここってさ、お前とやりまくったゲームのステージに似てね?ほら、確か……」

 そこで、玄太の動きが止まった。目を見開いたまま固まって、次の瞬間、口元がぷるっと震える。

「崩壊王……こ……うわっ」
「て、てんぱぁぁぁぁぁぁ!!」

 そのまま、思いきり抱きつかれた。

「うおっ……!ちょ、待て、玄太……!」

 不意打ちすぎて、身体が一瞬遅れる。よろけながらも、反射で腕が玄太の首に回った。

「……急に抱きつくな……って……」

 受け止めきれず、よろける。身体にのしかかる、玄太の重さが懐かしい。正直、まだ意味は分からないし、頭も全然追いついてない。

「ってか、玄太。……重いんだけど」
「す、すいませんっす……!」

 そう言いながらも、玄太はまだ腕を離さない。するとその背中越しに、妙な気配がした。

「ふむ。本当に戻るとは」
「……え、クータンまでいんの?」

 これまた懐かしい黒いもふもふが、玄太の肩越しに俺を覗き込んでくる。家族(ふぁみりぃ)勢ぞろいってやつ?まあ、難しい事は今は良いか。俺の大事なものは、ここに揃ってるんだから。

「でも、てんぱい……」

 顔を上げた玄太が、妙に真剣な目をする。

「ファーストキスは、もう……」
「は……はぁ!?なんの話?」

 混乱する俺に、更なる「わけわからん」が畳みかけてくる。ってか今日、情報量多すぎだろ。
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