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第1章:忘れ物の日々
第10話 忠犬、歩き出す
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天貴が転移し、あるじを失ったその部屋で、玄太は布団にくるまりながら寝付けない夜を過ごしていた。
「クータンのこと、頼む」
それが、てんぱいの最後のメッセージだった。そのひと言を胸に、玄太はそのまま天貴の部屋で夜を明かすことにした。だけど、眠れない。少し寝てはすぐに目が覚めて、の繰り返し。
「はぁ、なんでおれ逃げちゃったんすかね。最後に、ちゃんと話したかったっすよ」
布団の中でポツリとこぼれた後悔が、夜の静けさに溶けていく。そんな自分にため息ついて、そのまま、いびきに変わる。そしてまた、ハッとして飛び起きる。
「クータン、生きてるっすか?」
てんぱいに神託を告げて使命を果たし、明日になれば産まれて三日目がやってくる。それは、クータンの終わりを意味していた。
「なんで…なんでみんな、おれの前から去っちまうんすか」
布団の中で、声を殺して泣いた。鼻をすする音が、夜の部屋に小さく響く。
──そのとき。
「……甘乳パンを……所望する……」
かすれた声に玄太はビクッとなったが、一瞬で涙がひっこむほど、あまりにもいつも通りのクータンだった。
「…まったく、これが最後の一本っすよ」
そう言って天貴の部屋に残ってた最後の甘乳パンの袋をバリッと破る。これは部屋に残されていた最後の一本。どうあがいてもクータンには最後となる、その一本をクータンに渡す。力なく受け取ると、もそもそと食べ始めるクータン。見ていられない玄太は布団に戻り丸くなった。
―――朝日で目を覚ます玄太。
「はっ…朝っ!?」
ボーッとした頭の中にふと何かが引っかかった。
(あれ…時間…)
ハッとして時計を見る。三日前に、てんぱいがはなこの異変に気づいて俺がおやっさんを呼びに行ったその時刻は、とっくに過ぎていた。
「…クータン!!」
布団からバッと飛び起きる。視線の先、床に落ちていたのは、かじりかけの甘乳パン。その横にはピクリとも動かない仔牛。
「クータンも行っちゃったんすね…」
知っていた。頭ではとっくに覚悟していたつもりだった。だけどそれでも、てんぱいに続いてクータンまで。旅立ちの現実に触れた瞬間、玄太はただ、そこに立ち尽くすしかなかった。
(皆が出勤する前に、裏手に埋めてあげよ…)
ぼんやりとそんなことを考えていると、少しの沈黙のあとハッキリと返事が返ってきた。
「…生きておるぞ?」
「うわぁぁぁぁ!!」
驚きすぎて床に尻もちをついた玄太をよそに、のそっと起き上がる仔牛。転がっていた甘乳パンをヒョイッと拾い、定位置の座布団に戻ってちょこんと座る。
「食してる間に眠ってしまったようじゃ」
そう言って、まるで何事もなかったかのように、モグモグと甘乳パンを食べ始める。
「クータン!死んだんじゃなかったんすか!?」
「これは奇なり。実際に生存しておるこの我を前にして、なお“なかったのか”とは──人間とは実に不思議な種じゃ」
「いや、確かにそうなんすけど…」
――トントン!!
突然、部屋のドアをノックする音が響いた。
「その声は玄太か!?天貴の部屋の様子を見に来たんだが」
「この声は、おやっさん!こりゃ…やばいっす!」
クータンを見られないようにとっさに玄関へダッシュ。扉を開けた瞬間、おやっさんと目が合う。
「おぉっ……!?」
おやっさんが何か言いかけた、その前に玄太は高らかに宣言した。
「おやっさん!おれ、この部屋に住むっす!!」
「え?ああ、そりゃあ構わねえが」
めちゃくちゃ驚いた顔のままフリーズするおやっさんをよそに、玄太はにっこり笑う。
「天貴は?もう、行っちまったのか?」
「っすね…」
分かりやすく表情が曇る玄太にかける言葉を探すおやっさん。
「あー、その、なんだ…」
「じゃ、おれ着替えるんで!覗かないでくださいね!!」
(クータンが見つかっちまいますからね)
バタン!!!
「ば…!誰が!お前なんか覗かねえよ!」
おやっさんは少し微笑んで、冗談交じりに「あいつに怒られちまうからな」っと呟いて天貴の部屋、もとい玄太の部屋を後にした。一方玄太は、ふんふんっと鼻歌交じりにタンスをガサゴソ。天貴の置いていった服を広げて自分が着れそうなものを物色する。
「あ、このTシャツ!!」
クンクン…。
「ちょっとてんぱいの匂いする…SSRじゃん!」
小声でそう言って、再び顔をうずめる玄太。
「…今日はこれにしよ」
そんな様子を見ていたクータンが、甘乳パンをもぐもぐ食べながらぽそっと呟いた。
「ぬし、風向きが変わったの。昨日までブーブー鳴いておったというに」
「誰が豚っすか!!」
いつものクータンの冗談にもふふっと笑って着替える玄太。この部屋で、てんぱいが俺に託したクータンを守って生きていく。そうすることで、てんぱいとのつながりを守れそうな気がして。
「てんぱい!クータンもおれも元気っすよ!」
今日の天気は玄太の心とリンクしたような澄み渡る晴れ空だった。
「クータンのこと、頼む」
それが、てんぱいの最後のメッセージだった。そのひと言を胸に、玄太はそのまま天貴の部屋で夜を明かすことにした。だけど、眠れない。少し寝てはすぐに目が覚めて、の繰り返し。
「はぁ、なんでおれ逃げちゃったんすかね。最後に、ちゃんと話したかったっすよ」
布団の中でポツリとこぼれた後悔が、夜の静けさに溶けていく。そんな自分にため息ついて、そのまま、いびきに変わる。そしてまた、ハッとして飛び起きる。
「クータン、生きてるっすか?」
てんぱいに神託を告げて使命を果たし、明日になれば産まれて三日目がやってくる。それは、クータンの終わりを意味していた。
「なんで…なんでみんな、おれの前から去っちまうんすか」
布団の中で、声を殺して泣いた。鼻をすする音が、夜の部屋に小さく響く。
──そのとき。
「……甘乳パンを……所望する……」
かすれた声に玄太はビクッとなったが、一瞬で涙がひっこむほど、あまりにもいつも通りのクータンだった。
「…まったく、これが最後の一本っすよ」
そう言って天貴の部屋に残ってた最後の甘乳パンの袋をバリッと破る。これは部屋に残されていた最後の一本。どうあがいてもクータンには最後となる、その一本をクータンに渡す。力なく受け取ると、もそもそと食べ始めるクータン。見ていられない玄太は布団に戻り丸くなった。
―――朝日で目を覚ます玄太。
「はっ…朝っ!?」
ボーッとした頭の中にふと何かが引っかかった。
(あれ…時間…)
ハッとして時計を見る。三日前に、てんぱいがはなこの異変に気づいて俺がおやっさんを呼びに行ったその時刻は、とっくに過ぎていた。
「…クータン!!」
布団からバッと飛び起きる。視線の先、床に落ちていたのは、かじりかけの甘乳パン。その横にはピクリとも動かない仔牛。
「クータンも行っちゃったんすね…」
知っていた。頭ではとっくに覚悟していたつもりだった。だけどそれでも、てんぱいに続いてクータンまで。旅立ちの現実に触れた瞬間、玄太はただ、そこに立ち尽くすしかなかった。
(皆が出勤する前に、裏手に埋めてあげよ…)
ぼんやりとそんなことを考えていると、少しの沈黙のあとハッキリと返事が返ってきた。
「…生きておるぞ?」
「うわぁぁぁぁ!!」
驚きすぎて床に尻もちをついた玄太をよそに、のそっと起き上がる仔牛。転がっていた甘乳パンをヒョイッと拾い、定位置の座布団に戻ってちょこんと座る。
「食してる間に眠ってしまったようじゃ」
そう言って、まるで何事もなかったかのように、モグモグと甘乳パンを食べ始める。
「クータン!死んだんじゃなかったんすか!?」
「これは奇なり。実際に生存しておるこの我を前にして、なお“なかったのか”とは──人間とは実に不思議な種じゃ」
「いや、確かにそうなんすけど…」
――トントン!!
突然、部屋のドアをノックする音が響いた。
「その声は玄太か!?天貴の部屋の様子を見に来たんだが」
「この声は、おやっさん!こりゃ…やばいっす!」
クータンを見られないようにとっさに玄関へダッシュ。扉を開けた瞬間、おやっさんと目が合う。
「おぉっ……!?」
おやっさんが何か言いかけた、その前に玄太は高らかに宣言した。
「おやっさん!おれ、この部屋に住むっす!!」
「え?ああ、そりゃあ構わねえが」
めちゃくちゃ驚いた顔のままフリーズするおやっさんをよそに、玄太はにっこり笑う。
「天貴は?もう、行っちまったのか?」
「っすね…」
分かりやすく表情が曇る玄太にかける言葉を探すおやっさん。
「あー、その、なんだ…」
「じゃ、おれ着替えるんで!覗かないでくださいね!!」
(クータンが見つかっちまいますからね)
バタン!!!
「ば…!誰が!お前なんか覗かねえよ!」
おやっさんは少し微笑んで、冗談交じりに「あいつに怒られちまうからな」っと呟いて天貴の部屋、もとい玄太の部屋を後にした。一方玄太は、ふんふんっと鼻歌交じりにタンスをガサゴソ。天貴の置いていった服を広げて自分が着れそうなものを物色する。
「あ、このTシャツ!!」
クンクン…。
「ちょっとてんぱいの匂いする…SSRじゃん!」
小声でそう言って、再び顔をうずめる玄太。
「…今日はこれにしよ」
そんな様子を見ていたクータンが、甘乳パンをもぐもぐ食べながらぽそっと呟いた。
「ぬし、風向きが変わったの。昨日までブーブー鳴いておったというに」
「誰が豚っすか!!」
いつものクータンの冗談にもふふっと笑って着替える玄太。この部屋で、てんぱいが俺に託したクータンを守って生きていく。そうすることで、てんぱいとのつながりを守れそうな気がして。
「てんぱい!クータンもおれも元気っすよ!」
今日の天気は玄太の心とリンクしたような澄み渡る晴れ空だった。
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