忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

文字の大きさ
26 / 188
第2章:てんぱい異世界の足跡

第26話 天貴、修行する

しおりを挟む
 ザワアァァァァ……。

 俺とアリスは、放牧から少し離れた坂道を下った先の、風が吹き抜ける崖の近くにいた。ウトウトしていたモーちゃんとメーちゃんには、「ちょっと向こうで練習してくるから」って、あらかじめ伝えてある。

「ここなら空が広いから…きゃっ!」

 アリスの言葉にうなずいた、その瞬間。

 ブワッ!!

(…あ!アリスのスカートが!!)

 心の中に巣食う妄想玄太の目が光る。

『てんばぁぁぁぁぁぁ……』

 いや、見てない!俺は何も見てないからな、玄太!

「コホン…よし、ここなら思いきり試せるな」

 風は強いが、周囲には何もない。練習にはまさに、うってつけの場所だ。

 俺の天候操作、スカイリンク。気分とリンクして空に映すだけの代物じゃ、この先まともに使えない。しかも1発で空っぽなんて論外だ。もっと自由に、もっと正確に、この力を制御できるようにならなきゃならない。そんな俺の不安とやる気を見透かしたように、アリスの持つ水筒の中にはマナを回復するマナトマソースがたっぷり入っていた。さすがアリス、視えてるだけある。

「そうは言っても、限界はあるわよ。マナが枯渇しないように、範囲を最小限にするの!」
「ああ。狙った天候を、狙った場所にだけ発動させる!それが俺の課題だ」

 そう言って、崖の下を見つめながら指を伸ばす。

「ターゲットは、崖の下の大木。狙うは……その真上!」

 両手を前方の空へ掲げ、親指と人差し指で一点を囲むように照準を定める。

「なるべく狭く、そして明確に…!」

 その指先で作ったフレームに、自分の“意図”を込めた。

「この範囲に、水蒸気が集まるイメージで……来い!雨雲!」

 狙いを定めた上空に、ふわりと白い雲が生まれた。やがてそれは色を変え、ゆっくりと灰色の雲へと成長していく。

「天貴!集まってる!」

 アリスの声に俺は振り返り、思いきり頷いた。

「よし、空はちゃんと応えてる!」

 そう思った瞬間、さらに欲が出る。

「アリス! 俺、このまま上昇気流を高めてみる!」
「上昇気流!? 何を狙ってるの!?」

 空は上へ行くほど冷えるはず。空気が上に流れ込めば、水蒸気は冷えてやがて氷の粒になる。つまり、上昇気流を作れば、雨雲の中に氷の芯ができるはずだ。それが集まれば…ひょうとかアラレになるんじゃねえか?
 気づけば、自分でもワクワクしていた。この力がただの雨乞いで終わらないなら、もっと掘れるはずだ。仕組みそのものを、手で掴めるところまで。

「よぉし!よく分かんねえけど、この水蒸気の塊が凍るくらい、上空まで押し上げてやる!」

 両手を少しずつ上へとスライドさせる。まるで雲をつかんで、空へ空へと引き上げるように。

「上だっ…!」

 体中をマナが熱を帯び、視界の中で雲の中心がうねりながら上空へと盛り上がっていく。

「もっと…!もっと上だッ!!」

 雲の中心が渦を巻きながら伸び上がり、その輪郭はドーナツのように膨らんでいった。それはまるで、空から地上に向けられた砲口。そして次の瞬間、唐突に空が割れた。

 ―――ピシャアアアアッ!! 

 空の砲口から放たれた青色の閃光が、崖の下の大木を一直線に貫く。

「は…はは…」

 あまりの衝撃に、気づけば俺は尻もちをついていた。強く吹いていた風も、いつの間にか止んでいる。妙な静けさだけが、この場を支配していた。

「す…すっごーーーい!!」

 突然の歓声が、静寂を切り裂くように崖にこだました。アリスは手を叩きながら、興奮気味に俺の元へ駆け寄ってくる。

「ねぇねぇ!今!青雷せいらいが、ピシャーって!!」

 俺の肩をガタガタ揺さぶりながら、アリスは止まらない。瞳をキラッキラに輝かせ、さらにまくしたてた。

「だって見てよ!青空なのに!晴れてるのに!あそこだけドーンって!見た?見た!?」
「は、はひ…見まひた…」

 なんだこれ…マナを急速に失ったせいか、脳がふわふわする。俺は力なくヘラヘラと笑いながら、その場にペタンと座り込んでいた。ろれつも怪しい。今、まさに――栄養補給のとき、来たれり。

「あ、あの…アリスさん?早くマナトマソースを…」
「はっ!!!やだ、忘れてた!もぅ!早く言ってよぉ!!」

 俺の肩をバシッと叩いたかと思うと、アリスは俺の口にマナトマスープをダクダクと流し込んだ。なんか玄太とは違うノリで少し戸惑うけど、これはこれで嫌いじゃない。ようやく冷静になったアリスは、はしゃぎすぎた自分を思い出したのか、急に頬を染めて目を逸らした。
 分かるよ?俺も内心、裸でサンバ踊りたいくらいテンション上がってる。でも、マナが抜けた身体と脳が、俺のブラジル行きを全力で阻止している。

「いや、でもまさか…雷が落ちるとは思ってなかったんだよなぁ」
「え!?青雷を狙ったんじゃなかったの!?」

 アリスが目を丸くして、勢いよく詰め寄ってくる。

「あー…いや、まぁ、アレだ」

 上空で水滴を冷やせば氷になる。それが雹になれば、アラレ攻撃でもできるんじゃね?っていう、安易なひらめきだったわけで。まさかそこから雷が落ちるとは思ってなかった。仕組みは正直よく分かってないけどさ。

 ――青雷。なんとなく、やり方の感覚は掴めた気がする。

「うーん、でもさ。こんなの当たったら死んじまうから、気軽には使えないよな?」

 流石にアストラで人に引導を渡すのは、戦を知らない俺には荷が重すぎる。

「ん?青雷なら、死ぬってことはないわよ?」

 アリスがとんでもないことを、サラッと言い放った。え?地球と違って、こっちのは青いからセーフとか、そういう理屈じゃないよな?

「これ、威力は低いってこと?」
「え!?まさか!属性の中ではかなり強力よ?」

 詳しく話を聞いてみると、この世界の人間は、その体内に流れる“マナの抵抗力”のおかげで、炎や雷といった属性攻撃にはめっぽう強いらしい。つまり、マナのない地球人なら確実に致命傷になる雷も、こっちの人間なら――

「ま、大ダメージは免れないけどね!」
「…うん、だろうな」

 例え死ななくてもめちゃくちゃ痛いだろ、これ。いや、逆に言えばもし戦になれば、敵さんも容赦なく異世界特有の属性攻撃をぶっ放してくるわけだ。大事なものを守る為なら、手加減してる場合じゃ無いかもな。

「そうよ!炎に青雷、氷に…あと風の攻撃なんて意外と厄介なんだから!」
「風か…待てよ、風?…台風って…」

 ザザァッ!!

 その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。すると、まるでその呼びかけに応じるように、止んでいた風が一斉に舞い始める。

 ザアァァァァァァァァ…!

 風はすぐに勢いを増し、俺とアリスはついに、その場に立っていられなくなるほどの強風に襲われた。

「アリス、これ…なんか変じゃないか!?」
「うん…これ、自然なものじゃない!」

 その時だった。突然、地鳴りのような重低音が、山全体を揺らすように響いた。

《検知……領域侵害……》

「……!?今の、風の音!?」
「いや、違う……音じゃない!」

 誰かの声が、頭の奥に直接届いたような、そんな感覚。ふいに、誰かに見られているような感覚が俺とアリスを襲う。

「…え?…ア、アリス…あれって…」

 指先が震え、声もかすれるようにしか出なかった。

「うん…見えてる…」

 俺たちの視線の先、崖の向こう。さっき俺が青雷を生み出した、その空の一点。そこに、人の形をした風の塊がまるで彫像のように、静かに俺たちを見下ろしていた。

《空に手を伸ばし、我が風を遮る者を確認……》

「アルカ山にはその領域を守護する山神がいるって、お父様に聞いた事あったけど…」
「山神?あれ、神サマだっていうのかよ!?」

《…………否………》
《……我が存在、神に在らず。風を制する……山の意思なり》

 するとアリスは俺を庇うように、前方に一歩を踏み出した。

「アルカ山の意思よ!我らは風を乱す意思は無き者!ゆえに……退かれよ!」
「ア、アリス姐さん、かっけぇ……」

 アリスは振り返り、茶化した俺にムゥっと頬を膨らませて怒ったような顔をして見せた。良かった、いつものアリスだ。

《……………語りし娘……………》
《空を操るその男人…………我に捧げよ》

「あ…俺が行けば良いのか…?」
「だめ!いくら上位の存在でも、どう考えても取って喰われちゃうわよ…!」

(っひ!やだ……!俺の体が目当てなの!?)

 いや、今そんな冗談考えてる場合じゃない。緊迫するとすぐアホなことが浮かぶこの脳みそ、マジでなんとかしてほしい。

 ゴゴゴゴゴゴ…ッ!

 風の存在が、ゆっくりと手を伸ばした。その手は空気の流れを巻き込み、渦を巻くようにして膨れながら、やがて俺たちめがけて襲いかかってきた!

「くっ…!いきなり攻撃かよ!」

 俺は咄嗟に、盾になる覚悟でアリスの前に飛び出して立ちはだかった。

「天貴!ダメ!!」
「……えっ!?」

 一方、山の麓では。

「モ?なんか急に風向きが変わったモ?」
「アリス達はどこまで行ったベ~?」

 モーちゃんとメーちゃんは、山の微妙な空気の揺らぎに耳を澄ませた。

「この山は、風達を怒らせなきゃ大丈夫だモ…」
「でも風が騒いでる……少し気になるべぇ~」

 そう言いながら、少し考え込むベーちゃん。

「少し見て来る……シェパの足ならすぐだべ」
「OKだモ!ここはモに任せてモ!」

 ベーちゃんは雄々しいボス羊、疾風のシェパの背にまたがると、アリスと天貴が向かった崖の方へ向かって颯爽と駆け出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】竜討伐の褒賞は、鹿角の王子様。(志願)

N2O
BL
執着王子 × 異世界転生魔法使い 魔法使いが逃げられなくなる話。 『上』『中』『下』の全三話、三連休中に完結します。 二万字以下なので、ショートショート𖤣𖥧𖥣 Special thanks illustration by okiagsa様(X:@okigasa_tate)        MBM様(X:@MBMpaper) ※独自設定、ご都合主義。あしからず。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

処理中です...