忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第2章:てんぱい異世界の足跡

第27話 天貴、狙われる

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「天貴!ダメ!!」

 アリスの叫び声が届くよりも早く、強烈な突風が全身を包み込んだ。

「う、うわぁぁぁぁ!!?」

 風が生き物のように絡みつき、腕も脚も、まるで縄で縛られたみたいに動かない。そのまま俺の身体は宙に持ち上げられ、圧倒的な力で空中に固定された。

「天貴!動いて!動かせるところでとにかくもがいて!!」

 アリスの声が必死に響く。

 けど、ダメだ。足が完全に地から離れている。もがけと言われても、自由なんて――いや、待て。動く。手は動くぞ!腕の感覚を確かめながら、どうにか体勢を崩さないよう耐える。けど、崖の奥まで引き寄せられたら終わりだ。焦るな、落ち着け、冷静になれ!心の中でそう言い聞かせ、両手に力を込めてググッと引き寄せる。

「ターゲットは、もちろんアイツ…」

 俺は風を裂くように両手を構え、指先で照準を作った。

「その、上空だ!」

 天貴の叫びに呼応するように、風の存在の遥か頭上で黒雲がうねり始めた。黒雲は瞬く間に形を変え、空にぽっかりと開いた円環が口を開く。

「青雷!とっとと落ちろぉぉ!」

 ピシャアアアアッ!!

 黒雲から放たれた青雷は、風の存在のど真ん中を一直線に貫いた。

「当たったか!?」

 風の手の力が一瞬だけ緩む。

 今だとばかりに全身でジタバタもがくと、絡みついていた風がほどけ、俺の身体はそのまま地面へと落下した。

「うわっ――ぐっ!」

 背中に衝撃が走る。息が詰まりそうになりながらも、なんとか体勢を立て直すと、背後から耳をつんざくようなアリスの声が飛んできた。

「天貴!…まだっ!!」
「へっ……?」

 顔を上げた瞬間、風の手が意志を取り戻したように、再び唸り声を上げた。

「うわっ!?嘘だろ、もう一回かよ!!」

 砂埃と枯れ葉が一気に舞い上がり、視界が真っ白になる。風の轟音が近づくたび、全身が引きずられそうになる。
 その時、足首に鋭い衝撃が走る。

「うわっ!?」

 風の手は落下中の俺の片足を、まるで鞭のようにシュパッとからめ取った。次の瞬間、体が逆さまに引き上げられる。頭に血が上り、視界がぐらつく。

「うわっ!?ちょ、ちょっと待っ!」

 頭のすぐ下に、崖の底が広がっていた。足を掴まれたまま宙づりになった俺の体は、ズズズ……ッと、崖の奥へ引きずられていく。

「その先はだめぇぇぇ!」

 風が顔を叩き、髪が逆立つ。霞むほど遠い岩肌が、逆さの視界の中で揺れた。

「崖…!?う、うっそぉ!?下が見えねぇ!!」

 まるで見えない巨人に足を掴まれ、頭から地獄へ突っ込まされているみたいだ。

「は、離せ!いや、離すな!?これ、どっちに転んでも詰んでんじゃん!!」
「だめ…だめ…誰か!」

 アリスの声がかすかに聞こえる。風の音にかき消されながらも、確かに届いた。

「違う!だめよ私!このまま待ってちゃ変わらない!」
(少しでも早く……!少しでも――!)

「天貴ぃぃぃ!!すぐ戻るから、お願いだから耐えてぇ!!」

 アリスが叫ぶようにそう言い残し、風に逆らうように崖とは逆方向へ駆け出した。その背中が風に煽られながらも、まっすぐに消えていく。

「んな、耐えろったって…くっそぉぉぉぉ!!」

 残された俺は宙ぶらりんのまま、風に吊るされた釣り餌。

(ちょ、これマジでヤバいって……手ぇ離されたら崖下一直線コースだぞ!?)

 まさに絶体絶命。いや、それ以前にだ。そもそも、こいつの目的ってなんなんだ!?いっちょ、ダメ元で聞いてみるか!

「おい!山の風!俺が天候いじったの、そんなにマズかったのかよ!?」

《…………天候変化は不問……》
「なんだよそれ!じゃあ、なんなんだよ!」

《…………汝に宿る気配………唯ならぬ故……》
「…あ?あ~バレちゃ仕方ねぇ。確かに俺はこの世界の人間じゃねぇ!」

《…………その魂、異界より流れし因子か……されば見届けん……》

 次の瞬間、風の存在が俺の体に突っ込んできた。

「はぁ!?ちょ、何を…!」

 服の隙間からスゥッと入り込み、肌をなぞるように内側を這う。体の奥をくすぐられるような、いやな感覚。

「あひゃっ!?や、やめ…!あっ!?おい!玄太が黙ってねぇぞ!!」

 そう思った刹那、バチンッと俺の奥で、何かが弾けた。

《…………………!》

 風の存在は見えない壁に跳ね返されたように、俺の体から吹き飛ばされる。

《……………拒絶?》

「何だ!?跳ね返したのか?」

 風が静まり返る。

(やっぱ玄太か!でかした!)

 その名前が自然と浮かんだ瞬間、思わず笑みがこぼれた。だが、その直後、思考がふわっと浮かぶように遠のいていった。自分の体なのに、全ての感覚が指先から抜け落ちていくようだった。

 そして静寂の中。

「……風如きガ……」

 確かに口を動かしたのは俺だった。けれど、響いた声は俺のものじゃなかった。

「……この体に……触れるナ」

《…………………!?》

 風がたじろぐように揺らいだ。


 *****

 一方アリスは、草原まで続く坂道を全力で駆け上がっていた。

「はぁ…はぁ…動け…私の足!」

 息を切らしながら駆け上がるその先。

 アリスが目指す坂道の頂に、大きな羊とその背に乗る人影が見えた。

「羊…あれって…!」

 キョロキョロとあたりを見回すその人影が、ふとアリスの方を向く。

「やっぱり…来てくれた!」

 アリスは、涙と汗でぐしょぐしょになりながら、声を張り上げた。

「メーーーちゃぁぁぁぁぁん!!」

 その叫びを聞いた瞬間、地を蹴り――迫る、疾風のごとき影!

「アリスゥゥゥゥ!!」
「メーちゃん!お願い!」

 アリスは駆け上がってきた坂道の先、崖のさらにその先をまっすぐ指差した。

「この先の崖!その、もっと先に天貴が!」

 アリスの声を聞いた瞬間、メーちゃんは迷いなく視線を定めた。崖の奥に宙に浮かぶ、青いツナギの男。

「天貴ぃぃぃ!!」

 シェパに跨るメーちゃんはさらに加速し、トップスピードのまま坂道を突風のように駆け下りた。

「シェパ!跳べぇぇぇ!!」

 シェパとメーちゃんは崖の先へ勢いそのままに、大空へと跳んだ!

「天貴ぃぃぃ!!掴まるべぇぇぇー!!」

 ドシュゥゥゥゥゥン!!

 風の存在に、真正面から体当たりを叩き込むシェパとメーちゃん。その衝撃で風の手が揺るぎ、気づけば俺は半ば無意識のまま、シェパもふもふの羊毛にしがみついていた。

「…は!?もふもふ!?あ、ありがてぇぇけど……落ちるぅぅぅぅ!!」

 次の瞬間、シェパの蹄が空中の見えない足場を踏みしめた。

 タンッ、タンッ、タンッ――!

 まるで宙に道があるかのように、疾風のボスは空を駆ける。

「羊がっ!?空をっ!飛んでるっ!?」
「天貴ぃ、振り落とされねぇようにしっかり掴まるべぇ!」

 シェパは空を駆けながら大きく旋回し、坂道を駆け降りてきたアリスのもとへ舞い戻ってくる。

「奪還成功だべ~!」
「よかったぁぁぁぁ!ありがとう!メーちゃん!シェパ!」

 アリスは駆け寄るなり、シェパの顔に頬をすり寄せた。心からの感謝に、シェパも嬉しそうに目を細める。一方俺はというと。シェパのもふもふからずり落ち、ガチガチに固まったままドサッと草原へ転がった。

「…まだ、油断できないよ!天貴!」

 アリスの小声にハッとして即、再起動。体勢を立て直し、崖の奥へと向き直る。

「あいつは!?…消えた!?」
「…ゴクッ」

 静寂が、辺りを包み込む。シェパが何かに気づき耳を立てると、地の底から響くような重低音が空気を震わせた。

《……天を操る者……その力、祝福にあらず……》

《…………心せよ……》

 その声を最後に、シェパは警戒を解き、張り詰めた空気がゆるやかに和らぐ。

「…………行ったか?」
「………多分」

「気配が消えたべ~」

 俺とアリスは、一気に力が抜けてその場に座り込んだ。メーちゃんはまだ走り足りない様子だったけど、風はもうこりごりだ!
 メーちゃんとシェパ、そしてアリスに何度も礼を言って、俺たちは崖を後にした。麓の草原に戻ると、モーちゃんが牛と羊たちを全員集めて、心配そうに待っていた。全員が無事に戻ってきた姿を見た途端、手をぶんぶん振って叫ぶ。

「モーーーー!!」
「べーーーー!!」

 メーちゃんも元気よく鳴き返し、無事に合流!
 
(なんだかんだのアルカ山。そろそろ――いや、とっとと帰りますか)


 *****

 帰り道、アリスがふいに口を開いた。

「ねぇ、さっきの風の精霊の言葉ってさ…」
「その力、祝福にあらず……ってやつだよな」

 山の守護の言葉が、脳裏をよぎる。

「気になる、よな?やっぱ」
「ぜーんぜん!だって天貴が来なかったらうちの農場は廃業してたわよ!」

「いや、廃業って……」

 言いにくい事もサラッと言ってのけるアリス。

「さぁ、今日はシェパにご馳走出さないとね!」

 アリスはニコッと笑ってシェパのもとへ駆けていった。

 その後ろ姿を見つめながら、俺はさっき自分の口から出た“あの声”を思い出していた。

「…この体に…触れるナ」

 確かに、俺の口から言ったはずの言葉。けれど、あれは俺の意思じゃなかった。…俺の中の玄太が怒ったんだろ。うん、やっぱそれだ。そう自分に言い聞かせ、それ以上考えるのをやめた。

「ベェェェェェェェ!!」

 列の先頭で、アリスに撫でられたシェパが、嬉しそうに鳴き声を上げた。

「天貴ぃぃ!またおべんと作るべぇぇぇ!」
「今度はモも一緒に作るモー!!!」

 沈みかけたアカボシを背に、俺は思いっきり二人に手を振った。
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