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馴れ初め編
中編
しおりを挟むその翌日。泣き腫らした目元は、朝ギリギリまで冷やしたり温めたりを繰り返すことでなんとか誤魔化せるぐらいまで引いた。
少なくとも出勤前で慌ただしく準備していた両親にはバレなかったし、波留斗も出来るだけいつも通りに過ごす事を心掛けた。
ただ、学校へ向かう足取りは重い。何故なら、いくら連が望んでいて、波留斗がそれに応じて彼の視界に入らないように努めていても、学校内ではどうしようもないからだ。
よりによって、連と波留斗は同じクラスだった。
(紬と一緒のクラスだったら……連と別のクラスだったら、良かったのに)
重い気持ちのまま、遅刻ギリギリで教室の扉を開けた。
「はよーっす!」
「おはよ」
クラスメイトの挨拶に波留斗は短くそう答えた。幸い波留斗の席は廊下側で、連の席は窓際だった。
いつもならこのタイミングで、連のところに行き、挨拶をするのだが、今日はしなかった。
そのまま真っ直ぐ連の方に一瞥もせずに自分の席についた波留斗のことを連がどう思ったかは知らない。
何せ波留斗は連の目を見るのが怖かった。正確に言うと連の目を見つめてそこに自分を拒絶する色が映るのを嫌がった。
だから彼の方を一度も振り向かなかった。その事を周囲のクラスメイトは何も反応しなかったし、指摘もしなかった。
波留斗が登校してきたのが、遅刻ギリギリだったから単純に連へ挨拶する時間がなかったんだろうと勝手に思ってくれたらしい。
(……しばらくは遅刻ギリギリに登校するか)
授業の合間の休み時間も、お昼休みも、放課後も。
波留斗は仲が良い友達と一緒に過ごし、一度も連には声をかけなかった。それでも周囲はまだ波留斗の変化に気付いていないようだ。
性格が穏やかである波留斗が、連と喧嘩したとは一人も思っていなかったし、そもそも連は一匹狼な部分があり、教室にいても一人で過ごしている時間が多い。いつも声をかけていたのは波留斗ぐらいなものである。
だからかえって波留斗がいつものように声をかけないのは目立つかと思っていたが、まだ誰もそのことに気づいていないようであった。
自分が思っていた以上に、周囲の目からは連と波留斗はそこまで仲が良いと思われていなかったようだ。
まぁ、小学生の頃から馴染みがある場合は別だが、高校から知り合った友人ならそう思っても仕方がないくらい連の波留斗に対する態度は社交辞令の枠から外れていなかった。
……だから、波留斗の異変に最初に気付いたのは、彼に無視された張本人である連であった。
放課後。教室に残っていた友人とおしゃべりをしていた波留斗は運悪く担任に見つかり、『暇ならば』と明日の授業の準備を手伝わされた。一緒にいた友人は塾の時間が迫っている中急いで帰り、夕方の日が暮れた教室に残っていたのは何故か窓際に座って謎に居残っていた連だけであった。
二人きりしかいない空間はとても気まずい。一昨日までの波留斗なら『なんで連もいんの? 一緒に帰ろ』と迷わずに声をかけていただろう。
だが、連の気持ちを知ってしまった今となってはそんな気軽に下校を誘えるはずもなく、気分が悪くなりながらも彼の存在を無視してさっさと荷物を持って教室から出て行こうとした。
「……待て」
下校を急ぐ波留斗の背中に声をかけたのは間違いなく連だった。教室には他に誰もいない為、こればかりは波留斗も反応せざるを得なかった。
足を止めて、深呼吸をして後ろを振り返る。窓際にいたはずの連は気づけばすぐそばまで来ていた。それでも、彼の顔を直視するのは怖くて視線は彼の着崩した制服の皺を追っていた。
「…………言え。誰に何をされた?」
「は?」
いつもの三倍ほどドスの効いた声で予想外の言葉を投げかけられて、波留斗の思考は停止した。
「いつも能天気でアホみたいにへらへら笑っているお前が、今日はずっと愛想笑いしかしてねぇ」
視界にすら入れるのが嫌だと言っていた癖に、連は今日の波留斗をばっちり観察していたようだ。
「なんで……」
「あ?」
「なんで、何かあったってわかんの?」
「わかるに決まってんだろ。俺が何年お前を見てきたと思ってんだ」
ずるいと思った。見ていると苛々すると言っていた癖に、こんな台詞をさらっと言える連が心底ずるいと思った。
でも、クラスメイトも誰も気づかなかった自分の異変に連が気づいてくれたことが、どうしようもなく嬉しいと感じてしまう自分がいる。
(ほんと……お前にだけは気づかれたくなかったのに。なんでお前だけが気づくかな?)
「言えよ。誰に何をされた? 経験上、テメェが笑えなくなるぐらい追い詰められた時はとんでもなくめんどくせぇ厄介事を一人でしょい込んでる時って相場が決まってる……今、お前の心を占めているのは誰だ? 誰がそこまでお前を追い詰めた?」
殺気が出ているんじゃないかと思うぐらいの凄味で睨まれる。眼光が鋭く恐ろしく整った顔立ちの連に睨まれたら並みの人間では太刀打ちできないだろう。
でも、波留斗は違う。それこそ物心ついた時から一緒につるんでいた仲だ。今更彼の地雷を踏みぬくのを恐れはしない。
「……連の癖に、俺の心配してんじゃねぇよ」
「あ?」
「放っておいてくれ。大したことじゃないから……ただちょっと、失恋しただけで」
「…………失恋、だと?」
波留斗の回答は連の予想を遥かに裏切っていたようだった。
「失恋ってどういうことだよ? 一体、いつの間に……てか、テメェ! そいつに告ったのか!?」
「告白する前に振られたんだよ……気づいていなかったけど、そいつに俺嫌われていたみたいだから」
「嫌わ……え、は?? ガキん時から有象無象からの好感度が無駄にばかたけぇお前が?」
「……視界に入るのすら嫌がる程にな」
噛み付くように言葉を並べたてられて、気づけば要らないことまで口にしてしまった。
昨日の今日でここまで言ってしまえば、当人にバラしているようなものである。
ハッとした時には遅く、恐る恐る視線を連の顔へと移した。その瞳に映っていたのは絶望的なことに喜色だった。
「……へぇ? そこまではっきり嫌われてる自覚があんのかよ?」
「…………」
「だったら迷う事なんてねぇだろ。もう二度とそいつの視界には入んな。そんな気色悪ィ恋心なんて捨てろ。そいつの前からとっとと消えちまえよ!」
好きな相手からの暴言は、何の躊躇もなく波留斗の心を引き裂いた。視界が歪むのと同時に、それまで人の悪い笑みを浮かべて罵っていた連が再び苛立った様子で波留斗を睨みつける。
「は……何泣いてんだよ……お前、泣くほど好きなのかよ……」
涙で見えなくなる視界とは別に波留斗の耳はハッキリと連の舌打ちを聞き取ってしまう。
「忘れろ! 今すぐにその不快な想いを捨てろ!! テメェなんかに思われても、そいつにとっては迷惑でしかねぇ!……ましてやそいつに好きなんて言うな。そんなことしやがったら、絶対に許さねぇ」
「っ……そこまで言うことないだろッ、連のバカ!!」
ここまできつく振られる経験をする人間がいるだろうか。好きだった相手にボロボロに言われた波留斗は悲しみより苛立ちの方が勝ってつい連を睨みつけてしまう。
一方、睨まれた連は普段温厚な波留斗からの睨みに一瞬怯んだようだが、すぐに怒気を強めて言った。
「ここまで言わねぇとテメェみたいな単細胞にはわかんねぇだろ」
「ッ…………言われなくても、わかってる……」
「いや。お前がそういう目をしている時はまだ諦めていない時だ」
「ッ……」
「僅かに希望持っちまっているだろ? わかんだよ……お前をどんだけ長い間見てきたと思ってんだよ……」
「…………」
確かに波留斗は希望を持ってしまっていた。例え、恋心は否定されたとしても幼馴染としてならば隣にいることが許されるんじゃないかと。
「…………完全に諦めろって? 関りを全部断てって本気で言ってる?」
震える声でそう訊ねると、連は迷いなく頷いた。
「最初っからそう言ってんだろ」
「…………そう、か」
もう何も言い返す気力がなくなり、波留斗は傷心したまま、連に背中を向けて逃げるようにその場を立ち去った。
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