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魅了の魔眼
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アイリーンの侍女が淹れてくれる紅茶はいつも美味しい。しかし、今目の前に出された紅茶は飲んで大丈夫なものなのだろうか。
口づけるのを躊躇うノアを嘲笑うかのようにリリスはくすりと笑って自分の前に置かれた紅茶を口に含んだ。アイリーンも熱のこもった瞳でリリスを見つめながら紅茶を飲んでいる。
「飲まないの? 安心して。毒なんて入っていないから」
ノアが警戒していることを当に察しているのだろう。リリスはそう言ってノアを挑発する。
「今日は随分と無口なのね。在学中はあれだけ私に突っかかってきたのに」
「それはお前がアルフレッド殿下に付き纏っていたからだろ」
「あら。随分と見ない間に口が悪くなったわね」
「……変わったのはお前の方だろう。もう、隠す気がないみたいだから単刀直入に聞くけど……アイリーン様に何をした?」
ギスギスとした会話がリリスとノアの間で交わされている時も、アイリーンはリリスの横顔を見つめてばかりいる。まるで指示されるのを待っている人形のように。
「察しているんでしょう? 答え合わせしてあげるから言ってみなさいよ」
「魔法だな。それも『魅了の魔法』……違うか?」
ノアの問いにリリスが笑みを深くした。そして自らの右目を指さす。新緑色のはずの瞳は右目だけピンク色に染まった。警戒して身じろぎをするノアにリリスが冷たい声で応えた。
「安心して。この魔法、発動に条件があるの。一つは、私に好意を少しでも持っていること。アイリーン様は私にあまりいい印象を持っていなかったみたいだけど、ご自分の立場を重ねていらっしゃったのね。だから情けをもって私に接してしまった。それが私の魔法に引っ掛かった原因。同情もある種の好意の形だから。もう一つは……私が嫌いな相手には通用しないのよ、この『魅了の魔眼』はね。だから貴方にだけは絶対この魔法はかからないの。珍しいどころか、この二つの条件どちらも当てはまらない人間は、貴方が初めてよ」
「……それは、光栄だな」
魅了の魔法。図書館で少しだけ読んだ本に書かれていた話。本に書かれていたのは魔物の話だったが、かなりえげつない能力であったことを覚えている。
(魔物の場合は人の精気を奪うんだっけか……? リリスの場合は、洗脳に近い能力っぽいな。魔法にかかった相手を意のままに操る能力だとするならば、リリスに魅了されている者に囲まれている今の状況はかなりまずい)
ここが中庭だったなら、ノアにも勝機があった。だが、この屋内では得意の土魔法は発動できない。
(一体、城の中の何人の人間がリリスの魅了にかかっている? 逃げ場はあるのか……?)
ノアは逃げ道を探りつつも、リリスに問い詰めることをやめない。
「お前の目的はなんだ? エドワード王子を王太子にするためか」
「……なんだ。知ってたの。それなら話す手間が省けたわね」
リリスはあっさりとエドワードとの関わりを認めた。
「認めるんだな。アルフレッド殿下の評判を落とすために彼に近づき、俺との婚約を破棄させたって」
「そうよ。だってエドワード様が王太子になるのに、邪魔だったんですもの」
「何故、エドワード王子に忠誠を誓っている?」
「……そこまで貴方に話す義理はないわね。今ここで死んでしまう貴方には」
リリスの殺気は本物だ。ノアの命を今ここで刈り取るつもりらしい。しかし、ノアにはここまでリリスに恨まれる理由が思いつかない。
以前殺気を向けられた時は、婚約破棄されたにも関わらず、アルフレッド殿下に会っていたノアに対する嫉妬だと思っていた。だが、今さっき彼女自身がアルフレッド殿下に近づいたのはエドワード王子の計画のためであるとはっきり認めたので、それはあり得ない。
もしかしたら……ミラの計画が成功しており、無事にデンバー当主が捕まったのかもしれない。その情報をノアよりも先に身内であるリリスが掴んでいて、計画を立てたノアのことを恨んで命を狙ったのかとも考えたが、そうすると、ノアとギルドの関係が漏れていることになる。ならば、もっと早く対策を講じていたはずなので、それは考えにくい。
(わからない……何故、婚約が破棄され、用済みのはず俺を、わざわざアイリーン様を操ってお茶会でおびき出してまで殺そうとする?)
「どうして俺の命を狙う? これも、エドワード王子の指示なのか?」
その言葉に、リリスの顔が怒気で歪む。
「本当に人の気持ちを逆なでするのが得意なのね、貴方……邪魔なのよ、本当に目障りなの。だから、消えてくれるかしら」
口づけるのを躊躇うノアを嘲笑うかのようにリリスはくすりと笑って自分の前に置かれた紅茶を口に含んだ。アイリーンも熱のこもった瞳でリリスを見つめながら紅茶を飲んでいる。
「飲まないの? 安心して。毒なんて入っていないから」
ノアが警戒していることを当に察しているのだろう。リリスはそう言ってノアを挑発する。
「今日は随分と無口なのね。在学中はあれだけ私に突っかかってきたのに」
「それはお前がアルフレッド殿下に付き纏っていたからだろ」
「あら。随分と見ない間に口が悪くなったわね」
「……変わったのはお前の方だろう。もう、隠す気がないみたいだから単刀直入に聞くけど……アイリーン様に何をした?」
ギスギスとした会話がリリスとノアの間で交わされている時も、アイリーンはリリスの横顔を見つめてばかりいる。まるで指示されるのを待っている人形のように。
「察しているんでしょう? 答え合わせしてあげるから言ってみなさいよ」
「魔法だな。それも『魅了の魔法』……違うか?」
ノアの問いにリリスが笑みを深くした。そして自らの右目を指さす。新緑色のはずの瞳は右目だけピンク色に染まった。警戒して身じろぎをするノアにリリスが冷たい声で応えた。
「安心して。この魔法、発動に条件があるの。一つは、私に好意を少しでも持っていること。アイリーン様は私にあまりいい印象を持っていなかったみたいだけど、ご自分の立場を重ねていらっしゃったのね。だから情けをもって私に接してしまった。それが私の魔法に引っ掛かった原因。同情もある種の好意の形だから。もう一つは……私が嫌いな相手には通用しないのよ、この『魅了の魔眼』はね。だから貴方にだけは絶対この魔法はかからないの。珍しいどころか、この二つの条件どちらも当てはまらない人間は、貴方が初めてよ」
「……それは、光栄だな」
魅了の魔法。図書館で少しだけ読んだ本に書かれていた話。本に書かれていたのは魔物の話だったが、かなりえげつない能力であったことを覚えている。
(魔物の場合は人の精気を奪うんだっけか……? リリスの場合は、洗脳に近い能力っぽいな。魔法にかかった相手を意のままに操る能力だとするならば、リリスに魅了されている者に囲まれている今の状況はかなりまずい)
ここが中庭だったなら、ノアにも勝機があった。だが、この屋内では得意の土魔法は発動できない。
(一体、城の中の何人の人間がリリスの魅了にかかっている? 逃げ場はあるのか……?)
ノアは逃げ道を探りつつも、リリスに問い詰めることをやめない。
「お前の目的はなんだ? エドワード王子を王太子にするためか」
「……なんだ。知ってたの。それなら話す手間が省けたわね」
リリスはあっさりとエドワードとの関わりを認めた。
「認めるんだな。アルフレッド殿下の評判を落とすために彼に近づき、俺との婚約を破棄させたって」
「そうよ。だってエドワード様が王太子になるのに、邪魔だったんですもの」
「何故、エドワード王子に忠誠を誓っている?」
「……そこまで貴方に話す義理はないわね。今ここで死んでしまう貴方には」
リリスの殺気は本物だ。ノアの命を今ここで刈り取るつもりらしい。しかし、ノアにはここまでリリスに恨まれる理由が思いつかない。
以前殺気を向けられた時は、婚約破棄されたにも関わらず、アルフレッド殿下に会っていたノアに対する嫉妬だと思っていた。だが、今さっき彼女自身がアルフレッド殿下に近づいたのはエドワード王子の計画のためであるとはっきり認めたので、それはあり得ない。
もしかしたら……ミラの計画が成功しており、無事にデンバー当主が捕まったのかもしれない。その情報をノアよりも先に身内であるリリスが掴んでいて、計画を立てたノアのことを恨んで命を狙ったのかとも考えたが、そうすると、ノアとギルドの関係が漏れていることになる。ならば、もっと早く対策を講じていたはずなので、それは考えにくい。
(わからない……何故、婚約が破棄され、用済みのはず俺を、わざわざアイリーン様を操ってお茶会でおびき出してまで殺そうとする?)
「どうして俺の命を狙う? これも、エドワード王子の指示なのか?」
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