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23-2 建前
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こういう時、どういう言葉を口に出すのが正解なのか、奏にはわからない。ただ、フェリクスの背中に回した手の平に、そっと力を込めた。体が密着して、フェリクスの鼓動の音が聞こえてくる。
少しだけ、早い。
「何? 甘えているの?」
「……綺麗だな、って思って」
「何が」
「フェリクスが。私は、フェリクスの目の色、好きです。フェリクスがもし、自分の目の色を愛せないなら、私がその分、愛します」
「……」
フェリクスが呆ける。僅かな間を置いて、フェリクスは笑った。唇の端を持ち上げて、眦を柔らかく染め上げて、「何言ってるの?」と早口に言う。
「キミって本当なんていうか、全然、驚くくらい、脈絡が無いよね。僕の目の色をキミが愛したとして、……本当、もう、はあ、自分が信じられなくなってきた」
「どうして」
「僕は自分で思うより単純な男だったって話だよ。キミが好きで居てくれるなら、僕も自分のことを、多少は好きになれるかもしれない。――というか、待って、今ってキミを慰める感じの流れだったよね」
フェリクスが困ったように表情を崩す。頬を赤く染めて、けれど嬉しそうに目を細める姿は、隠しきれない喜びや幸せのようなものを滲ませていた。
「――本当、奏には敵わないな。ほら、泣き止んだなら離れてくれる」
「もう少し……」
「ちょっと。本当に困る。これ以上は流石に駄目」
ぐい、と肩を押されて、奏は強制的に体を離すことになる。触れていた部分に、まだ熱が残っているような気がした。それがじわじわと消えていくのが名残惜しくて、奏はそっと自身の手の平を握るように重ねる。
いつの間にか、泣きたい気持ちはどこかへ行っていた。フェリクスは不思議だ。いつも、奏の心を簡単に軽くしてしまう。
奏はそっと吐息を零して、フェリクスが持って来ていた封筒へ視線を寄せる。フローリアンダ諸島の、イヴォンヌという人から、婚約を受けるかもしれない――とステラが言っていた。
あの封筒には、そういった書類が入っているのだろうか。それを思うと、胸がじくじくと痛む。いつの間にか傷ついていたことに気付いた時のような、鈍い痛みだ。
「それで? キミが甘く見積もっていたことって、何?」
「……色々。本当に色々、です」
「教えてよ。少しは力になれるかもしれない」
フェリクスの声は淡々としていて、静かだ。だからこそ、本気で言ってくれているのだろうことがわかる。
優しい人だな、と奏は笑う。優しい人で、けれど意地悪で、嘘つきで、――奏のことを、真正面から見つめてくれている。
『もの』ではない。誰かを治す為だけに存在する『道具』ではないと、――人として、ずっと、見ていてくれる。だから好きになった。
「ううん、大丈夫です。私が自分でどうにかしないといけないことなので」
「そう? ――わかったよ。でも、何か手が必要な時は言って。奏はよく抱え込んでしまうからね」
「はい。その時は、言います」
奏は頷く。封筒を見るのは止めた。考えてもどうしようもないことだ。それに、もし本当に婚約に関する書類が入っていたとして、奏に止める権利は無い。好きとすら伝えていない相手に、婚約をやめろ、だなんて言えるはずもないだろう。
自分勝手で、それこそ相手の幸せを考えていない。だから、奏がすることは、そもそものスタートラインに立つこと、である。
ちゃんと考えて、ちゃんと決めて、――その上で、行動をする。急に帰るものだから、と、そう考えて思考を放棄することはしない。
この世界と、元の世界、どちらに残るかを、きちんと考える時が来たのだろう。
たとえ、恋が叶わなくても、それでも居たいと思えるような場所を。
「――ありがとうございます、フェリクス」
「何もしてないけどね。どういたしまして」
奏は椅子から立ち上がる。とりあえず、今日は当初の予定通り行動することにしよう。
まずはステリアの用意してくれた軽食を食べて――その後、売れそうな物品を持って、外に出る。フェリクスへのお礼を渡すための準備をしていかなければならない。
「どこかへ行くの? もう少しここに居たら?」
「ステリアが軽食を用意してくれているはずなので……部屋に戻ろうかなあと」
「奏って、使い終わった魔法石をすぐ捨ててしまうタイプ?」
フェリクスが据えた目で奏を見つめる。使い終わった魔法石――というのは、傷をつけた後の宝石のことを指しているのだろう。奏は首を振る。
「え? いえ、そんなことは……」
「そう? もう用が済んだから、必要無いと捨てられるのかと思ったよ。そうでないなら、ここで食べたら良い。ステリアを呼んで、ここに用意してもらうから」
「……ここで」
「何か問題でもある?」
「どちらかというと、先ほどステラ様に言われていた言葉がそのまま返ってくるような気がしますけれど……」
未婚の男女、しかも第二王子と聖女が、同室に長い間共に居る――というのは確実に誤解を招く状況ではないだろうか。
奏が首を傾げると、フェリクスは「ステラ様は兄上の婚約者だよ」と続ける。
「キミは誰かのお嫁さんなの?」
「いえ、そういうわけではないですけれど」
「なら良いでしょう。そもそも、外聞なんて今更過ぎる話だよ。僕がキミを保護した時点で、良いように言う輩はどこにでも居るからね」
言わせておけばいいんだよ、とフェリクスは吐き捨てる。――先ほどと言っていることが全く違う気がする、のだが、多分指摘した所で手の平の上でくるくると転がされて最終的に「こんなことも想像出来ないの?」と馬鹿にされて終わる気がする――というのは穿った見方過ぎるだろうか。奏は笑う。
「キミを保護する僕が、キミの傍に居ることは必然だ。何も問題無いよ」
言いながら、フェリクスは直ぐに使用人を呼ぶ。ステリアを呼んでくるように言付けた。
すぐさまステリアの元へ向かうためか、踵を返して去って行く使用人を眺めながら、奏は息を零す。
フェリクスの言う、『建前』に、今はもう少しだけ便乗させてもらうことにしよう、と思いながら。
少しだけ、早い。
「何? 甘えているの?」
「……綺麗だな、って思って」
「何が」
「フェリクスが。私は、フェリクスの目の色、好きです。フェリクスがもし、自分の目の色を愛せないなら、私がその分、愛します」
「……」
フェリクスが呆ける。僅かな間を置いて、フェリクスは笑った。唇の端を持ち上げて、眦を柔らかく染め上げて、「何言ってるの?」と早口に言う。
「キミって本当なんていうか、全然、驚くくらい、脈絡が無いよね。僕の目の色をキミが愛したとして、……本当、もう、はあ、自分が信じられなくなってきた」
「どうして」
「僕は自分で思うより単純な男だったって話だよ。キミが好きで居てくれるなら、僕も自分のことを、多少は好きになれるかもしれない。――というか、待って、今ってキミを慰める感じの流れだったよね」
フェリクスが困ったように表情を崩す。頬を赤く染めて、けれど嬉しそうに目を細める姿は、隠しきれない喜びや幸せのようなものを滲ませていた。
「――本当、奏には敵わないな。ほら、泣き止んだなら離れてくれる」
「もう少し……」
「ちょっと。本当に困る。これ以上は流石に駄目」
ぐい、と肩を押されて、奏は強制的に体を離すことになる。触れていた部分に、まだ熱が残っているような気がした。それがじわじわと消えていくのが名残惜しくて、奏はそっと自身の手の平を握るように重ねる。
いつの間にか、泣きたい気持ちはどこかへ行っていた。フェリクスは不思議だ。いつも、奏の心を簡単に軽くしてしまう。
奏はそっと吐息を零して、フェリクスが持って来ていた封筒へ視線を寄せる。フローリアンダ諸島の、イヴォンヌという人から、婚約を受けるかもしれない――とステラが言っていた。
あの封筒には、そういった書類が入っているのだろうか。それを思うと、胸がじくじくと痛む。いつの間にか傷ついていたことに気付いた時のような、鈍い痛みだ。
「それで? キミが甘く見積もっていたことって、何?」
「……色々。本当に色々、です」
「教えてよ。少しは力になれるかもしれない」
フェリクスの声は淡々としていて、静かだ。だからこそ、本気で言ってくれているのだろうことがわかる。
優しい人だな、と奏は笑う。優しい人で、けれど意地悪で、嘘つきで、――奏のことを、真正面から見つめてくれている。
『もの』ではない。誰かを治す為だけに存在する『道具』ではないと、――人として、ずっと、見ていてくれる。だから好きになった。
「ううん、大丈夫です。私が自分でどうにかしないといけないことなので」
「そう? ――わかったよ。でも、何か手が必要な時は言って。奏はよく抱え込んでしまうからね」
「はい。その時は、言います」
奏は頷く。封筒を見るのは止めた。考えてもどうしようもないことだ。それに、もし本当に婚約に関する書類が入っていたとして、奏に止める権利は無い。好きとすら伝えていない相手に、婚約をやめろ、だなんて言えるはずもないだろう。
自分勝手で、それこそ相手の幸せを考えていない。だから、奏がすることは、そもそものスタートラインに立つこと、である。
ちゃんと考えて、ちゃんと決めて、――その上で、行動をする。急に帰るものだから、と、そう考えて思考を放棄することはしない。
この世界と、元の世界、どちらに残るかを、きちんと考える時が来たのだろう。
たとえ、恋が叶わなくても、それでも居たいと思えるような場所を。
「――ありがとうございます、フェリクス」
「何もしてないけどね。どういたしまして」
奏は椅子から立ち上がる。とりあえず、今日は当初の予定通り行動することにしよう。
まずはステリアの用意してくれた軽食を食べて――その後、売れそうな物品を持って、外に出る。フェリクスへのお礼を渡すための準備をしていかなければならない。
「どこかへ行くの? もう少しここに居たら?」
「ステリアが軽食を用意してくれているはずなので……部屋に戻ろうかなあと」
「奏って、使い終わった魔法石をすぐ捨ててしまうタイプ?」
フェリクスが据えた目で奏を見つめる。使い終わった魔法石――というのは、傷をつけた後の宝石のことを指しているのだろう。奏は首を振る。
「え? いえ、そんなことは……」
「そう? もう用が済んだから、必要無いと捨てられるのかと思ったよ。そうでないなら、ここで食べたら良い。ステリアを呼んで、ここに用意してもらうから」
「……ここで」
「何か問題でもある?」
「どちらかというと、先ほどステラ様に言われていた言葉がそのまま返ってくるような気がしますけれど……」
未婚の男女、しかも第二王子と聖女が、同室に長い間共に居る――というのは確実に誤解を招く状況ではないだろうか。
奏が首を傾げると、フェリクスは「ステラ様は兄上の婚約者だよ」と続ける。
「キミは誰かのお嫁さんなの?」
「いえ、そういうわけではないですけれど」
「なら良いでしょう。そもそも、外聞なんて今更過ぎる話だよ。僕がキミを保護した時点で、良いように言う輩はどこにでも居るからね」
言わせておけばいいんだよ、とフェリクスは吐き捨てる。――先ほどと言っていることが全く違う気がする、のだが、多分指摘した所で手の平の上でくるくると転がされて最終的に「こんなことも想像出来ないの?」と馬鹿にされて終わる気がする――というのは穿った見方過ぎるだろうか。奏は笑う。
「キミを保護する僕が、キミの傍に居ることは必然だ。何も問題無いよ」
言いながら、フェリクスは直ぐに使用人を呼ぶ。ステリアを呼んでくるように言付けた。
すぐさまステリアの元へ向かうためか、踵を返して去って行く使用人を眺めながら、奏は息を零す。
フェリクスの言う、『建前』に、今はもう少しだけ便乗させてもらうことにしよう、と思いながら。
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