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空は青く晴れ渡り、照り付ける太陽が眩しい。
モニカが異常なくらい張り切って準備をしてくれた。
そう、今日はリュダールと面会する日、だ。
嬉しいとも、逃げたいとも思わずに、私の心は凪いでいて真実の扉が開くのを待っている。
「お嬢様、めちゃくちゃ綺麗です」
「ふふ…ありがとう」
とんでもなく大きなスズーキンを釣り上げた時のように彼女は満足気である。何でも「クズが見て身の程を思い知れば良い」とまたしても呪いの言葉を吐いていた。
「お嬢様、リュダール殿がお待ちです」
「…はい」
私は少しの緊張を胸に部屋を出る。後ろをついてくるモニカが「この置物、ポケットに入るかな…」とよからぬ企みをしているようで緊張は一気に吹っ飛んだけれど。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「…うん、大丈夫」
きゅっと手を握り締め、深呼吸を一つ。
私は一歩を踏み出した。
「ティアラ様が来られました」
ガチャリと開くドアの音が、とても大きな音に聞こえて。まるで最期の審判のように重い。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
きちんと礼儀正しく、挨拶をする。前を見ると、お祖母様とお母様が部屋の隅にゆったりと座っていた。この状況はリュダールにとって非常に居心地が悪そうだわ、とどこか冷静に考えていた。
大丈夫、私、きちんと考えられているわ。
「リュダール・ルダイン様、わざわざお越し下さりありがとうございます」
お辞儀して顔を上げると、リュダールがソファの前で立って頭を下げていた。
「こちらこそ、お呼び頂けた事に心よりお礼申し上げます」
懐かしい、声。耳にするりと入り込んでくるこの声を最後に聞いたのはいつだったかしら。
「お掛けになって?」
私はそう促し、ゆっくりとソファに座る。しかし、彼は微動だにせずそのまま頭を垂れている。
「ルダイン様?」
不思議に思って声を掛けるとゆっくりと持ち上げられた彼の顔が目に入り、私は驚きに目を見開いた。
「…今回の事は、全て私が愚かであった為に起こった出来事です。そして、ティアラ嬢を悲しませ、積み重ねた信頼を失ってしまった事も全て私の責任です。本当に……」
「あ……」
「本当に、申し訳ありませんでした」
青灰色の宝石から、月の雫がぽたりと落ちた。
「な、泣く…なんて…」
「すみません」
リュダールはふいと横を向き、ガシガシと袖で目元を拭った。私は大きくなったリュダールが涙を流す所を今までで一度しか見た事がない。厳しい騎士の訓練について行けない事が悔しくて泣きながら剣を振っていたのを、隠れて見た時だけだった。
「謝罪はわかりました。とりあえず座って下さい、ルダイン様」
「…はい」
家名で呼ぶ度、彼から悲痛な叫びが聞こえるようだ。今までに、呼んだ事など…ない。
彼の想いは伝わってくる。後悔も、反省も伝わってくるからこそ、どうしてあんな誤解を招きやすい事をしたのか。しかも、頭だけを隠して、尻尾も足も曝け出した杜撰さで。
私は、それが、知りたい。
「私の質問に答えて頂けますか?」
「はい、嘘偽りなく全て真摯に回答致します」
「そうですか。では、嘘を一つでも吐いた場合は即婚約解消をします。宜しいですね?」
「…はい」
ほら、婚約解消と聞いただけでそんな痛々しい表情をするくせに。それを全て無にするだけのメリットは何だったのかしら?
「アリーシャと、密会していたのは何故です?」
「サイラス殿下と、アリーシャ嬢の恋を応援していたからです」
「それを私に隠していたのは何故ですか?」
「…アリーシャ嬢から、内緒にして欲しいと要望があったからです」
「その要望を飲む必要が?一歩間違えば、婚約者に疑念を抱かせる事になるのに?」
そうだ。そんな要望を飲まなければ、少なくとも私があんなに悶々と思い悩む事は無かった。そして、婚約解消を告げることも。
「その要望を飲む代わりに、私に譲ってくれると言う物が余りにも魅力的過ぎて誘いに乗りました。ダメな事とは知りながら」
「…?何を譲って貰ったんですか?」
「……先に謝っておきます、すみませんでした」
「は?何に対しての謝罪でしょうか?」
私はふわふわと疑問符を浮かばせた。何かをアリーシャから貰って、何故私に謝るの?私が怒るような物って事?
「その…ティアラ嬢が、私の為に作ってくれたクッキーの失敗作とか…私がお揃いで持ちたいと言ったハンカチの失敗作とか…」
「…え?」
「ティアラ嬢が私に書こうとして捨てた手紙とか…」
「えぇ!?」
「…私に編んでくれようとした何かの残骸とか…」
「ちょ、ちょっと待って!!ちょ…それ…え!?」
「私のバースデーカードに愛してるって書いて没になったのとか…」
は?え?この人何言ってるの?それは私が捨てた物でしょ?待って、それを今リュダールが持ってるの!?やだ、恥ずかしい!!
捨てたと思っていた物を所有されている事に羞恥で倒れそうになった。
モニカが異常なくらい張り切って準備をしてくれた。
そう、今日はリュダールと面会する日、だ。
嬉しいとも、逃げたいとも思わずに、私の心は凪いでいて真実の扉が開くのを待っている。
「お嬢様、めちゃくちゃ綺麗です」
「ふふ…ありがとう」
とんでもなく大きなスズーキンを釣り上げた時のように彼女は満足気である。何でも「クズが見て身の程を思い知れば良い」とまたしても呪いの言葉を吐いていた。
「お嬢様、リュダール殿がお待ちです」
「…はい」
私は少しの緊張を胸に部屋を出る。後ろをついてくるモニカが「この置物、ポケットに入るかな…」とよからぬ企みをしているようで緊張は一気に吹っ飛んだけれど。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「…うん、大丈夫」
きゅっと手を握り締め、深呼吸を一つ。
私は一歩を踏み出した。
「ティアラ様が来られました」
ガチャリと開くドアの音が、とても大きな音に聞こえて。まるで最期の審判のように重い。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
きちんと礼儀正しく、挨拶をする。前を見ると、お祖母様とお母様が部屋の隅にゆったりと座っていた。この状況はリュダールにとって非常に居心地が悪そうだわ、とどこか冷静に考えていた。
大丈夫、私、きちんと考えられているわ。
「リュダール・ルダイン様、わざわざお越し下さりありがとうございます」
お辞儀して顔を上げると、リュダールがソファの前で立って頭を下げていた。
「こちらこそ、お呼び頂けた事に心よりお礼申し上げます」
懐かしい、声。耳にするりと入り込んでくるこの声を最後に聞いたのはいつだったかしら。
「お掛けになって?」
私はそう促し、ゆっくりとソファに座る。しかし、彼は微動だにせずそのまま頭を垂れている。
「ルダイン様?」
不思議に思って声を掛けるとゆっくりと持ち上げられた彼の顔が目に入り、私は驚きに目を見開いた。
「…今回の事は、全て私が愚かであった為に起こった出来事です。そして、ティアラ嬢を悲しませ、積み重ねた信頼を失ってしまった事も全て私の責任です。本当に……」
「あ……」
「本当に、申し訳ありませんでした」
青灰色の宝石から、月の雫がぽたりと落ちた。
「な、泣く…なんて…」
「すみません」
リュダールはふいと横を向き、ガシガシと袖で目元を拭った。私は大きくなったリュダールが涙を流す所を今までで一度しか見た事がない。厳しい騎士の訓練について行けない事が悔しくて泣きながら剣を振っていたのを、隠れて見た時だけだった。
「謝罪はわかりました。とりあえず座って下さい、ルダイン様」
「…はい」
家名で呼ぶ度、彼から悲痛な叫びが聞こえるようだ。今までに、呼んだ事など…ない。
彼の想いは伝わってくる。後悔も、反省も伝わってくるからこそ、どうしてあんな誤解を招きやすい事をしたのか。しかも、頭だけを隠して、尻尾も足も曝け出した杜撰さで。
私は、それが、知りたい。
「私の質問に答えて頂けますか?」
「はい、嘘偽りなく全て真摯に回答致します」
「そうですか。では、嘘を一つでも吐いた場合は即婚約解消をします。宜しいですね?」
「…はい」
ほら、婚約解消と聞いただけでそんな痛々しい表情をするくせに。それを全て無にするだけのメリットは何だったのかしら?
「アリーシャと、密会していたのは何故です?」
「サイラス殿下と、アリーシャ嬢の恋を応援していたからです」
「それを私に隠していたのは何故ですか?」
「…アリーシャ嬢から、内緒にして欲しいと要望があったからです」
「その要望を飲む必要が?一歩間違えば、婚約者に疑念を抱かせる事になるのに?」
そうだ。そんな要望を飲まなければ、少なくとも私があんなに悶々と思い悩む事は無かった。そして、婚約解消を告げることも。
「その要望を飲む代わりに、私に譲ってくれると言う物が余りにも魅力的過ぎて誘いに乗りました。ダメな事とは知りながら」
「…?何を譲って貰ったんですか?」
「……先に謝っておきます、すみませんでした」
「は?何に対しての謝罪でしょうか?」
私はふわふわと疑問符を浮かばせた。何かをアリーシャから貰って、何故私に謝るの?私が怒るような物って事?
「その…ティアラ嬢が、私の為に作ってくれたクッキーの失敗作とか…私がお揃いで持ちたいと言ったハンカチの失敗作とか…」
「…え?」
「ティアラ嬢が私に書こうとして捨てた手紙とか…」
「えぇ!?」
「…私に編んでくれようとした何かの残骸とか…」
「ちょ、ちょっと待って!!ちょ…それ…え!?」
「私のバースデーカードに愛してるって書いて没になったのとか…」
は?え?この人何言ってるの?それは私が捨てた物でしょ?待って、それを今リュダールが持ってるの!?やだ、恥ずかしい!!
捨てたと思っていた物を所有されている事に羞恥で倒れそうになった。
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