生まれ変わった大魔導士は、失われた知識を駆使して返り咲きます。

三歩ミチ

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2 真相解明! 砂漠の行き倒れ

2-8.イリスはひとり立ちしたい

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「あっ、暗くなって来ちゃった。そろそろ帰るね。イリスちゃん、ニコラウスさん、また」
「暗いと危ないから、送って行こうか?」

 席を立つサラに、ニコが声をかける。ずっと魔法の練習をしていて、外はもう薄暗い。王都は人も多いし、ひとりで帰るには危ない時間帯だ。

「助かるわ」
「行こう、イリス」
「あー……ニコ、お願いしていい?」

 今更夜の街に繰り出す気もしなくて、私はニコにそう頼んだ。ニコが魔法の実力をつけて来た今、送り迎えくらいなら、ひとりにしても問題はない。途中で魔力切れを起こすこともないだろう。
 むしろ私は、たまには部屋でひとりになりたい。

「え……いいの、イリスちゃん」
「なんで?」

 サラが私を見て、動きを止めた。なぜニコに送られることを、私に了解を得なければいけないのか。一瞬わからなくて、私も動作が止まる。

「イリスは俺の奥さんだから、確認を取ってるんだよ」
「あ……そっか。構わないわ。何かあったら、大変だもの」
「そう。じゃあ、行ってくるよ」

 駄目なんて、言うはずがない。快くふたりを送り出し、私は部屋でひとりになった。
 ひとりになるのは久しぶりだ。
 そわそわと、部屋を一周歩く。残った紅茶のカップを、重ねてみた。窓から外を覗く。サラとイリスの背中が、街中に消えていった。
 ひとりだ。

「わあ……!」

 喜びの声が自然と出て、私は両手を天に突き上げた。
 ニコと一緒に過ごす時間が嫌なわけでは、全くない。彼は、私にしては珍しく、長い時間一緒にいても、嫌気のささない相手である。
 それはそれとして、やはり私は、ひとりでいる時間が好きなのだ。各地を飛び回っていた時も、ひとりでいる時間は、意地でも確保していた。
 新しい肉体という特別な状況もあり、ニコといるのが居心地が良いこともあって忘れていたが、こうしてひとりになってみると、解放感が込み上げてくる。

「……さて」

 ひとりにいるのが好きなのは、誰にも邪魔されず、人の目を気にせずにいろいろなことを試せるからだ。元来、それほど人の目を気にする方ではないけれど、やはりおかしなものを見る目で見られると、気にはかかる。研究には、ひとりの時間が、もってこいだ。
 考えたいことは、たくさんある。私の肉体が、魔法を使えないわけ。砂漠での行き倒れを見つけるために、どう魔法をかけたらいいか。
 考えることはできるものの、その後に続く、魔法の試行がない。ニコがそばにいない私は、思いついたことを試せなくて、直ぐにやることがなくなってしまった。

「……遅いわね」

 ニコとサラが出て行ってから、暫く経った。いや、あまり経っていないかもしれない。サラの家がどれくらい遠いかわからないので、どのくらいかかるか見当もつかない。
 ベッドに寝転がり、ばたばたと足を動かす。魔法が使えさえすれば、この間もあれこれ試して、待ち時間なんか苦ではないのに。

「……」

 仰向けになり、ごろごろと寝返りを打つ。誰かがいないと何もできないなんて、初めての経験だ。自分の力では、どうにもならないーー魔法の使えない肉体とは、こんなに不自由なものだったのか。
 ニコが魔法を使ってくれるから、私の探求欲が満たされ、不自由ない生活を送れているということが、今更自覚できた。
 このままニコが戻ってこなかったら、私はどうなってしまうのだろう。

「ニコ……帰ってくるかな」

 考えると、途端に不安になった。当たり前のように、思いすぎていた。魔力を身につけつつあるニコは、私がいなくても、もう困らない。いつ離れていっても、おかしくないのだ。
 気持ちが落ち着かなくて、外を見る。窓の外はもう暗くて、よく見えなかった。窓辺に肘をつき、そのまま外を眺める。
 ひとりになれて嬉しいなんて、考えた自分が申し訳ない。早く帰ってきてほしいと、今は思っていた。

「ただいま。あれ、イリス、外見てたの?」

 扉の開く音。聞きなれたニコの声。私はぱっと振り向いた。

「見てたわ。帰ってくるか、心配で」
「帰ってこないわけないでしょ。飛んで帰ってきたから、外見てても見えなかったかもね」
「そうね、見えなかったわ」

 想像以上にほっとしている自分に、我ながら驚く。ニコは口元を綻ばせ、私の頭を撫でた。

「え?」
「あ、ごめん、つい。帰ってくるか心配なんて、イリスが珍しいこと言うからさ」
「……たしかに、私らしくないわね」

 来るもの拒まず、去る者追わず(時と場合によるが)というのが、私の基本的なスタンスであった。助けを求められれば助けるし、離れていく人はそっとしておく。
 離れていくのが心配、と思うのは、あまりないことであった。

「俺に対してそういう風に、思ってくれるんだね」
「当たり前でしょ。ニコはもう、一人前の魔導士なんだから」

 王都では、かつてあった魔法の数々が、失われてしまっている。それを鑑みると、この短期間で、ニコは王都の中でも有数の魔導士になったはずだ。引く手数多。生きていくのに困ることは、もうないだろう。

「一人前の魔導士になったとしたって、イリスと離れることは、関係ないよ」
「そう?」
「そうだよ。イリスは、俺には必要な存在なんだから」
「……ありがと」

 まだ必要としてもらえているのなら、良かった。私は人一倍魔法の知識があると自負しているし、ニコに教えられることはまだまだある。ニコの向上心に感服すると同時に、私は胸を撫で下ろした。
 今は仕方がないけれど、このままではいけない。王都には、魔法が使えずとも、できる仕事もあるらしい。魔法を使えるようになるか、別の生き方を見つけるか。何にせよ、何がしかの変化を求めていきたい。

「銭湯行こうか。砂を流そう」
「そうね」

 ニコと連れ立って、宿を出る。

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」

 ラルドの仕事は、魔法が使えないとできない仕事だ。この広い宿の管理をひとりでするには、魔法の力が必要不可欠である。

「いらっしゃい!」

 マーズのような銭湯の管理も、同じ。毎日大量の水を出し、温めるためには、魔法がないとやっていけない。
 魔法を使える人員を雇うという手もあるが、その元手をどう手に入れるかという点で、やはり魔法が必要になる。
 魔法の腕で身を立ててきた私は、魔法を使わずに身を立てる方法を、全く思いつかなかった。王都の魔法技術は衰退していると感じていたけれど、それでも生活には、魔法が根付いている。

「ふぅ……」

 桶で湯をすくい、頭からかける。全身洗って砂を流した。
 この肉体は、砂漠で行き倒れていたのだ。魔法が使えない理由を探るなら、やはりサラの持ちかけてきた問題を、解決するべきである。
 最近、肉体がふっくらして、健康的になってきた。規則正しい食生活と、睡眠をとっているからだろう。なおさら、今までどれだけ過酷な環境に置かれてきたのか、気にかかる。

「……」

 湯に入ると、ちゃぷ、と水面が揺れた。私は奥へ移動し、膝を抱えて座る。

「魔法、使いたいなぁ……」

 膝頭に顎を当て、呟いた。目の前の問題を解決することは、容易なはずなのに、力がない。悶々としたフラストレーションが、ひとりでいると、私を苛立たせるのだった。
 ニコといるときは、そんな苛立ち、覚えないのに。なんだかおかしい。
 ぐるぐると思考が巡り、私はなかなか、湯から上がれなかった。

 ……。

「ちょっと、あんた! 何してるの!」

 ばしゃばしゃと激しい水音がして、腕をぐっと引かれた。その勢いで、体が立ち上がる。ぐら、と横に逸れた体を、がしっと支えられる。

「もう! 世話が焼けるねえ!」
「……あ、マーズさん」
「マーズさん、じゃないよ、全く!」

 半分寄りかかりながら、脱衣所まで移動する。室温が涼しく感じられる。

「ああ……まただわ」
「ほんとだよ! 学習しなさい、あんたは!」

 叱られながら、ゆっくりと服を着る。出してくれた水を飲み、少し落ち着いた。頭がまだ、ぼうっとしている。

「旦那さんが気を遣ってくれるから良いけど、ひとりで来てたら、出禁だからね、あんた。うちの湯の中で死なれたら、たまったもんじゃないわ」
「……ごめんなさい」

 受付で、マーズに滔々と叱られる。自力で身を立てたいと思った矢先に、これだ。身を立てるどころか、ニコの助けがないと、ろくに風呂にも入れない。

「行くよ、イリス」

 ふわ、と膝が持ち上がる。ニコが私を、抱えたのだ。空を飛ぶときみたいに。

「……歩いて行くわ、恥ずかしい」
「気を失ってたんでしょ? だめだよ」

 有無を言わさず、そのままの体勢で、宿の部屋まで帰る。

「イリスは本当に、放っておけないね」
「反省してるわ」
「責めてるわけじゃないよ」

 私をベッドに座らせ、ニコは水の入ったカップをくれる。火照った喉に、冷たい水が心地良い。頭の、ぼうっとした痛みが、少しずつ引いて行く。

「人の体調を把握する魔法って、ないの?」
「え?」
「今日みたいな時に、イリスが具合が悪いのがわかれば、マーズさんにもっと早く声をかけられるから」

 ない魔法など、この世にほとんどない。魔法でできないのは、生命の創造、怪我の治癒など、命に関わるものだけだ。体調を把握するくらいなら、方法がわかればすぐにできる。

「……ないわ」

 けれど私は、そう、嘘をついた。嘘をつくのは嫌いなのだが、そうせざるを得ない気持ちだった。
 体調までニコに把握されたら、私はますます、彼に任せてしまう。自分でできることは、自分でしないといけない。

「そっか、残念。もう寝な、イリス。ゆっくり休んで」
「……うん」

 言葉少ななのは、嘘をついた後ろめたさがあるから。私は目を閉じ、枕に頭を委ねる。

「おやすみ」
「……おやすみなさい」

 ニコの穏やかな声が、眠りへと意識を誘って行く。
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