生まれ変わった大魔導士は、失われた知識を駆使して返り咲きます。

三歩ミチ

文字の大きさ
59 / 73
3 砂漠化の謎を探る

3-6.ベンジャミンの趣味

しおりを挟む
 結局そのあと私たちは、何の手がかりも掴めなかった。
 魔力石の作られ方を探るために王城に入ろうにも、王城の警備は厳しく、正面から中へ入ることなど、もちろんできない。忍び込もうにも、そんな裏道があるとは思えない。
 ベンジャミンの代わりに水を降らせ、ニコとあれこれ話し合いながら、しかし何も進展しない日々。

「ねえ見てー! できたよー!」

 唯一進展しているのは、ベンジャミンの印刷魔法の再現である。彼の知的好奇心はなかなかのもので、私はあれ以来何もアドバイスしていないのだが、金型を試し、魔法の威力を試し、紙を試し、試行錯誤を繰り返して、徐々に理想に近づいている。
 そして今日、屋敷を訪れた私たちを、ついにベンジャミンは紙を掲げて出迎えた。紙の中央には、焦げ茶色の線で、丸が書かれている。

「なに、これ?」
「丸だよ!」
「そうねえ……」

 見ればわかる。
 ベンジャミンは誇らしげに胸を張った。

「金型を作るのは難しくって、とりあえず丸から始めたんだ!」

 机の上は試作の金型がある。なるほど、上手く金属を加工して、丸の形に凹凸をつけている。

「すごいわね。本当に実現するなんて」
「でしょー? 天才なんじゃないかなあ! あの印刷魔法を、再現できるなんて!」

 ベンジャミンは、紙相手にワルツを踊る。
 心底楽しそうだ。こういう、自分の趣味に一直線な研究者は、応援したくなる。

「丸の次は、何で試すの?」
「迷ってるんだけどねえ……とりあえずの目標は、これを刷ることだよー! 大好きな絵!」

 はらりと広げられた絵は、大きな樹を真ん中にして、周囲に池が広がっている絵である。

「これ、何の絵なの?」
「王城の樹なんだって。偉かった僕の祖母が、若い頃に描いたみたい。失われた王都の樹……わくわくするよねぇ」

 ベンジャミンは、頬に手を当て、うっとりと目を細めた。

「青い水に浮かぶ大樹なんて、すっごい素敵じゃない?」
「青い水に浮かぶ、大樹?」
「そう。もうおばあちゃんは死んじゃったんだけどね、小さい頃はいろんな話をしてくれたんだ。印刷魔法とか、アクロバット飛行の魔法とか、広域に雨を降らせる魔法とか、地揺れを防ぐ魔法とか……」

 聞き覚えのある魔法が並び、私は懐かしさに、遠い記憶へ思いを馳せた。
 地揺れを防ぐ魔法は、なかなかに難しいものであった。地揺れを防ぐと銘打ったが、おれな数千年単位での問題の先送りである。調べたら、地のたわみが地揺れの原因になっている様子だった。それを、上手く直したのだ。
 いつかはまた地面はたわむ。その時に対処できる魔導士がいることを祈りながら、あの地を後にしたのだ。

「そういえば、イリス……なんだっけ。ステンキル? とかいう魔導士が、美しくて魔法が上手くて、至上の憧れだったって、おばあちゃんが言っていたなあ」

 どきっとした。
 いきなり出たかつての名前に動揺して、視線が不自然に揺れたかもしれない。

「イリスは同じ名前なんだね。その人にちなんでるの?」
「……そうかもしれないわ。名前の由来なんて、聞いたことないけど」

 ベンジャミン・バルバトソン。
 聞き覚えのない姓だから気にかけていなかったが、婚姻関係を結んだり、養子になったりしたら、姓が変わる場合もある。

「……お祖母様の名前は、なんていうの?」
「名前? アリスだよ。アリスばあちゃん」
「……へえ」

 アリス。私が病に臥せってから教えた、弟子のひとりかもしれない。あの頃は私もまだ体調がましで、元気のある時には、起き出して教えたのだ。
 もう万全な状態でもない私を慕い、教えを請うてくれた彼ら。その、アリスの孫が、目の前にいる。
 アリスなんて名前はありふれているから、別人かもしれない。それでも、私の心は、感慨に満ちていた。
 私は努めて声のトーンを落とした。心の震えが、伝わらないように。

「美しくて魔法が上手くて、至上の憧れか。そんな人に因んだ名前なんて、君にぴったりだね、イリス」
「私は魔法が使えないのよ。ふざけたこと言わないの」

 からかった口調のニコに、思わずそう返す。なんでもない会話のおかげで、心の妙な震えが収まった。

「どうでもいいけど、とにかく、その中で僕がロマンを感じたのが、この大樹なんだよ。これはないしょの話なんだけど……祖母は王子様と仲の良い時期があって、王城を案内してもらったらしい。そしたら中に、こーんな、大きい樹があったんだって。緑の葉を広げた大樹が池に浮かぶ様は、うっとりするほど、綺麗だったんだって~……僕、綺麗なもの、好きだからさあ」

 うっとりしていたベンジャミンは、ぱっと目を開く。

「そう! 僕の好きな綺麗なもの、他にも見る? 水晶とか、宝石とか、いっぱいあるんだよ!」

 ばたばたと引き出しを開け閉めし、いくつもの箱を抱えて戻ってくるベンジャミン。彼のコレクションには、貴重なものや懐かしいものが、たくさん含まれていた。箱が開くたび、私は感嘆の声をもらした。

「これ全部、ベンジャミンが集めたの?」
「まさか! おばあちゃんがくれたものとか、パ……親父にもらったものとか、いろいろだね。これなんか、大好きなんだあ、僕! おばあちゃんが昔訪れた洞窟で取れた、水晶らしいんだけど~……」

 ひとつひとつ取り出し、その来歴や特徴について詳細な説明を付加するベンジャミン。こういう話は、好きだ。好きなものについて語る人の、熱量のある話を聞いていると、その世界に引き込まれる感じがする。
 相槌を打ちながら聞いていて、ふと隣を見ると、ニコは笑顔を貼り付けてぼーっとしていた。

「ニコ、話わかる?」
「……好きなものがあるってすごいね、イリス。イリスが楽しそうに聞いてるから、俺は嬉しいよ」

 ああ、あんまり興味がないんだな。
 もっともらしいニコの返事の裏に、無関心さを感じて、私はおかしくなった。ニコにも、そのくらいの苦手なものがあってもいい。彼はどうも、人付き合いができすぎるから。

「……で、これで全部! イリスちゃんは、どれが好き?」
「そうねえ……これかしら」

 ニコはもはや無関心さを隠しもせず、頬杖をついてそっぽを向いている。ベンジャミンもその辺りは察しているのか、私にばかり話しかけてくる。
 私がひとつの石を選ぶと、ベンジャミンは「きゃあ」と甲高い歓声を上げた。

「わかるぅ~! この色合いも、フォルムも、綺麗だよねえ!」
「そうね。あとは採石された場所も、興味があるわ」
「へぇ、そうなんだ! 僕はねえ、この石のいいところは、形だけじゃなくて……」

 止まらないベンジャミンの語り。口を挟む隙がなくなって、私も手慰みにお茶を飲む。

「イリス。そろそろ、水撒きに行かない?」
「そうね」

 背景音と化したベンジャミンの声を意に介さず、ニコに提案される。たしかにそろそろ、相手をしきれなくなってきた。私は同意して、椅子を引いて立ち上がる。

「じゃあ、ベンジャミン。私たちは行くから。楽しい話を聞かせてくれてありがとう」
「行ってきますね」
「……えっ? わかった! 僕のコレクション、また見に来てねえ!」

 目的を履き違えているベンジャミンに元気良く手を振られながら、私たちは屋敷を出た。
 ニコが、深いため息をつく。

「……疲れたの?」
「疲れたっていうか……イリス、聞いてて辛くなかったの?」
「あんまり。私、ああいう突き詰めてる人の話を聞くのは、好きなのよね」

 聞いていて辛い部分はなくもない。ただ、そうした人々の話には、新たな学びがあるのだ。

「イリスは楽しそうだったね。なんだか……ベンジャミンみたいな研究者との方が、気が合う、みたいだ」
「気が合うっていうか……楽しいじゃない、知らない話を聞くのは」
「楽しそうだったね。目をきらきらさせて、身を乗り出して話を聞いてた」

 ニコの言葉には、なんとなく棘がある。

「……何か、嫌だった?」
「いや、別に」

 そう答えるニコの不機嫌そうな横顔は、「別に」という感じでもない。
 苦手だ、こういう雰囲気。相手がいきなり会話の途中で機嫌を悪くしても、大方の場合、私はその理由を察せない。深追いしても喧嘩になる。私は掘り下げるのをやめた。

「それより、ベンジャミンの話の中で、青い池の話が出てきたじゃない?」

 ニコは僅かに頷きながら、王都のこちら側全域に、水を降らせる。

「前にニコが元通りにしてくれた、初代国王の像、あったでしょ?」
「あるね」

 あの広場は、リックたちが作ってくれたベンチと私が作った日除けによって、人々の憩いの場として、それなりに機能している。知り合いのよしみで、サラが暇な時に店から出張して果実水を販売してくれるのも、人の集まりに拍車をかけた。
 リックたちは実際にものを作り上げたことが評価されて、大工としても、それなりの仕事を受け追えるようになった、らしい。

「あの水が、昔はもっと青かったって話したの、覚えてる?」
「覚えてる……もしかしてイリス、君が言いたいのって」
「そう。さっきベンジャミンは、王城の中に、青い池があったって言ってたでしょ。初代国王の像は、青い水。しかも、樹の上に立ってるなんて、偶然にしては、よくできてない?」

 私はあの日、まだ水の入っていない噴水に降りて、内部構造を確認したときのことを思い出す。

「それに噴水の中には、人が通れそうなくらいの、大きさの穴があったわ。そこから水が、流れ出てきていたみたいな」
「もしかしたら、そこを通って、王城に入れるかもしれないって思ってる?」
「思ってるわ。もしかして、って」

 ベンジャミンの言っていた青い池と、かつて噴水の周りに満ちていた青い水が同じなら、なんらかの理由であの場所まで水が流入していた可能性もある。
 ニコは瞬きをゆっくりして、肩をすくめる。

「すごい嫌なこと言っていい?」
「なに?」
「気になるけど、俺じゃなくてベンジャミンと言った方が、楽しいんじゃないかな」

 ニコはまだ、それが引っかかっているのか。
 私は密かに、ため息をつく。ニコも同様に、息を吐いた。

「……ごめん、言いたかっただけ」
「やめてよニコ、ベンジャミンになんて、頼めるわけないじゃない。私はニコと、魔導士として身を立てるって、決めたんだから」
「そうなの?」
「そうよ」

 誘拐犯からニコに救い出されて、自分の無力を痛感した私は、そう決意したのだ。
 ニコは私の体を引き寄せ、魔力を補給する。降る雨の雨足が、一段強まった。

「だよね。俺も協力するよ」
「私がニコに協力するのよ。魔法が使えるのは、ニコなんだから」
「イリスがいないと、俺はこんなに魔力を使った魔法なんて、使えないよ」

 雨を止ませると、大気中に残った空気の細かな粒が、陽の光を受けて虹色に輝く。

「久々に、広場の池に水を補給しに行かないとね」

 ニコはそう言って、王都のあちら側に、顔を向けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...