あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu

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寝不足の5日間

第2話(1日目):ジグソーパズルという名の席替え

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8月9日(土)

【午前8時15分:眠れぬ朝】

土曜日の朝。結局、俺は一睡もできなかった。
昨夜の、ひかりからの謎の電話。そして、窓の外を横切った黒い影。あれは、夢だったのだろうか。いや、違う。スマホには、確かに深夜3時44分の着信履歴が、不気味な証拠として残っている。

「…考えたって、仕方ない!」
俺は、ベッドから無理やり体を起こした。ひかりのことが心配でたまらない。だが、今の俺にできることは何もない。下手に動けば、余計なトラブルに巻き込まれるだけかもしれない。
そうだ、こんな時こそ、いつも通りに過ごすんだ。いつも通り、ポジティブに!

「よーし! まずは、夏休みの宿題でも、やっちゃうかー!」
ガラにもなく、俺は机に向かった。だが、寝不足の頭では、数学の公式も、英語の長文も、まるで古代の暗号のようにしか見えなかった。

【午前11時32分:突然の呼び出し】

その時だった。
スマホが、けたたましく鳴り響いた。画面には『星空先生』の文字。
ひかりの保護者であり、俺たちのクラスの担任。昨夜のことがあっただけに、心臓がドクンと大きく跳ねた。

「も、もしもし…」
『あら、眠杉くん? ごめんなさいね、夏休みなのに。実は、ちょっと急ぎで、お願いしたいことができちゃって…』
電話の向こうの先生の声は、いつも通りの、穏やかで優しい声だった。昨夜のことは、やっぱり俺の夢だったのか…?

『実はね、二学期最初の席替えのことで、ちょっと問題が起きちゃったのよ。それで、クラス委員の眠杉くんに、手伝ってもらえないかしらと思って』
「席替え…ですか?」
『ええ。今から、学校に来られるかしら?』

断る理由もなかった。俺は、少しだけ拍子抜けしながらも、学校へ向かうことにした。

【午後1時05分:職員室という名の戦場】

職員室に入ると、星空先生が、山のようになったアンケート用紙の前で、深いため息をついていた。
「来てくれてありがとう、眠杉くん。本当に、助かるわ」
「先生、一体何があったんですか?」
「これを見てちょうだい」

先生が差し出したアンケート用紙。それは、クラス全員に事前に行った、席替えに関する希望調査だった。その内容を見て、俺は思わず天を仰いだ。

【席替え希望アンケート(一部抜粋)】

太陽翔太: 「窓際の一番後ろ! ヒーローの指定席っしょ!」

月野ひかり: 「どこでもいいけど、太陽くんの隣だけは、うるさいから嫌」

A子さん: 「好きなB男くんの隣がいいです! 絶対に!」

B男くん: 「C子さんの隣じゃなければ、どこでもいいです…」

Dくん: 「エアコンの風が直接当たると、お腹が冷えるのでやめてください」

Eさん: 「黒板の字が見えにくいので、前の席がいいです。でも、一番前は恥ずかしいです」

Fくん: 「Gとは、絶賛ケンカ中なので、半径2メートル以内に近づけないでください」

その他大勢: 「〇〇の隣がいい」「××の隣は嫌だ」「暑い」「寒い」「眩しい」…

30人クラスのうち、希望が「どこでも良い」と書かれていたのは、たったの2人だけだった。
「…先生、これ、無理ゲーじゃないですか?」
「そうなのよ…。私が作ってみたんだけど、どうしても誰かから不満が出ちゃって。それで、ポジティブで、クラスのみんなから信頼されてる眠杉くんなら、何か良いアイデアを出してくれるんじゃないかと思って…」

先生に、キラキラした目で見つめられる。断れるわけがない。
こうして俺の、夏休み初日の土曜日は、超高難易度のパズルゲーム、「席替え」という名の戦いに、身を投じることになった。

【午後4時48分:頭脳の限界】

「うーん…だめだ、こっちを立てれば、あっちが立たず…」
俺は、クラス全員の名前が書かれたマグネットを、座席表の上であっちへこっちへと動かしていた。
翔太を窓際の一番後ろにすると、ひかりが近くになってしまう。A子さんとB男くんを隣にすると、B男くんの顔が死ぬ。Dくんをエアコンから遠ざけると、今度は西日で眩しい席になってしまう。

まさに、ジグソーパズルだ。しかも、全てのピースが「俺はここじゃなきゃ嫌だ!」と自己主張してくる、超ワガママなジグソーパズル。

寝不足の頭が、悲鳴を上げる。思考が、まとまらない。
「そうだ…こういう時は、頭の体操だ!」
俺は、カバンの中から、暇つぶし用に持ってきていた数独と、ポケットサイズのジグソーパズルを取り出した。
「眠杉くん…? 何を…?」
「先生、ちょっと待っててください! 今、俺の脳を、最高のコンディションにチューニングしてるんで!」

俺は、一心不乱に数独を解き、ジグソーパズルを組み立てた。数字と、ピースの形。ロジックと、ひらめき。バラバラだったものが、一つの答えに向かって収束していく感覚。
これだ。この感覚だ。

【午後8時22分:ひらめきの瞬間】

完全に日が落ちた、誰もいない職員室。
数独とジグソーパズルで脳をリフレッシュ(したつもりになった)俺は、再び座席表に向き合った。

もう一度、アンケートの希望を、一つ一つ丁寧に見返す。
「〇〇の隣がいい」
「××の隣は嫌だ」
みんなの希望は、バラバラに見える。だが、よく見ると、そこにはいくつかの『グループ』が存在していることに気づいた。
仲良しグループ、部活のグループ、そして、お互いを絶対に受け付けない、反発し合うグループ。

「…そうか!」
俺は、ポンと手を叩いた。
「一人一人の希望を点で見るんじゃなくて、グループっていう『塊』で動かせばいいんだ!」

まず、絶対に隣同士にしてはいけないペアを、一番遠くに引き離す。
次に、絶対に隣同士になりたいペアを、くっつける。
その周りに、それぞれの仲良しグループを配置していく。
エアコンや日当たりの問題は、席をローテーションさせるという「未来の約束」を取り付けることで、一時的に解決させる。

バラバラだったマグネットが、まるで吸い寄せられるように、それぞれの席に収まっていく。
そして、ついに。
全てのピースが、完璧にハマる瞬間が、訪れた。

「…できた」

俺が作り上げた座席表。それは、全ての生徒の「絶対に嫌だ」という希望をクリアし、かつ、多くの生徒の「できればこうしたい」という願いを叶えた、奇跡の配置だった。
我ながら、神業だ。

「ありがとう、眠杉くん! 本当に、ありがとう!」
星空先生は、完成した座席表を見て、手放しで喜んでくれた。
「これで、二学期も、平和なクラスが始められるわ」
先生の、心からの笑顔。その笑顔を見ていると、昨夜の、あの電話のことが、本当にただの悪夢だったように思えてきた。

土曜日の夜。
疲労困憊の俺は、ふらふらになりながら、家路についた。
頭は、まだ興奮している。
でも、今日こそは、ぐっすり眠れるはずだ。
そう、思っていた。

部屋のドアを開ける、その瞬間までは。

ドアノブに、一枚のメモが挟まれていた。
見覚えのある、ひかりの筆跡。

『昨日は、ごめん。でも、助けて』

そのメモを見た瞬間、俺の脳から、睡魔は完全に消え去った。
やはり、昨夜のは、夢じゃなかった。
そして、俺の運が悪い一日は、まだ始まったばかりだったのだ。
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