あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu

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寝不足の5日間

第3話(2日目):日曜日のハイテンション

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8月10日(日)

【午前7時00分:覚醒、あるいは絶望】

ジリリリリリ…!

けたたましい目覚まし時計の音で、俺の意識は、暗くて深い海の底から無理やり引きずり出された。
「ん……あさ…?」
目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井。だが、頭はズキズキと痛み、体は鉛のように重い。まるで、全身がびしょ濡れの雑巾になったみたいだ。

(あと…3時間は寝れる…いや、5時間はイケる…)

脳が、全力で二度寝を推奨してくる。しかし、俺は思い出してしまった。今日が、日曜日であるという事実を。そして、親友の太陽翔太と、朝からがっつり遊ぶ約束をしていたことを。

「うおおぉぉ…起きるぞ、俺の体…! 約束は、破るためにあるんじゃねえ! 守るためにあるんだぁぁ!」

意味不明な雄叫びを上げ、俺はベッドから転がり落ちた。ひかりから託されたメモのこと、星空先生の怪しい動きのこと、頭の中はぐちゃぐちゃだ。だが、今は考えない。考えたら、きっと心が折れてしまう。

鏡の前に立つと、そこには目の下に凶悪なクマを飼いならした、正真正銘のゾンビがいた。
「はは…我ながら、ファンキーな顔してんじゃん…」
乾いた笑い声が、やけに部屋に響いた。

【午前10時30分:4DX地獄】

「眠杉、おっせーぞ! 始まるって!」
「わりぃわりぃ、ちょっと時空の歪みに囚われてたわ」

映画館の前で、翔太がポップコーンを片手に待っていた。今日観るのは、最新のハリウッド超大作アクション映画。しかも、座席が揺れたり、水しぶきが飛んできたりする、4DXの3D吹替版だ。

「これ、絶対面白いやつじゃん! 俺、もうワクワクが止まんねえよ!」
普段の俺なら、翔太と同じくらい、いや、それ以上にテンションが上がっているはずだった。だが、今の俺は、正直それどころじゃない。

映画が始まった。
派手な爆発シーンで、座席が激しく揺れる。
「うおー! すげー!」と興奮する翔太。
一方の俺は、「ふわぁぁ…」と、揺れに合わせて巨大なあくびを一つ。

ゲームセンターのおもちゃが、「ガム1個あげる、ガム1個あげる」と危機一髪の中、ジョークを飛ばす。館内に、笑い声が響き渡る。
「アッヒャヒャ! こいつ、ウケる!」と腹を抱える翔太。
一方の俺は、「ふぁ~あ…」と、涙目であくびを一つ。

暗い空間。心地よい振動。重低音の響き。
それは、もはや映画ではなく、最高級の安眠導入装置だった。俺の意識は、何度もスクリーンの中の異世界から、夢の世界へと旅立ちそうになった。そのたびに、隣の翔太に「おい、寝んなよ!」と肘でつつかれ、現実に引き戻される。地獄だ。

【午後2時15分:ボーリングの奇跡(悪い意味で)】

「よーし! 次はボーリングだ! 映画の借りは、ここで返すぜ!」
「おうよ! 俺の右腕が、今まさに伝説を刻もうと疼いてるぜ…」

俺は、そう言って格好良くボールを構えた。だが、体は正直だ。指先から力が抜け、ボールはヘロヘロと転がり、ガターへと吸い込まれていった。

ガッシャーン…。

「…あれ? 今のは、レーンがちょっと右に傾いてたな。店の策略だな、うん」
「いや、完全にまっすぐだったけど…」

次の投球。
「今度こそ! 俺の必殺、『ギャラクティカ・ミラクル・ストライク』!」
ボールは、またしても力なく転がり、一番端の1番ピンにちょこんと当たっただけだった。
ノーヘッド。

それが、5回連続で続いた。
「ははは…! 俺、もしかして、逆にすごいんじゃね? こんなに連続でガターとノーヘッド出せるやつ、いる?」
「眠杉…お前、マジで大丈夫か? ちょっと、休むか?」
「へーきへーき! これは、あれだ。地球の引力が、今日だけちょっとおかしいんだよ。俺のせいじゃない」

もはや、自分でも何を言っているのか分からない。寝不足が続くと、人間はこうもおかしくなるらしい。まるで、二日酔いの親父みたいな、妙なハイテンション状態だ。頭が全く働かないから、口から出る言葉が、全部適当になる。でも、なぜかその適当な言葉が、妙な説得力を持ってしまうのだ。

「なるほど、地球の引力か…。言われてみれば、俺もなんか体が重い気がするわ…」
「だろ? そういうことなんだよ」

翔太は、なぜか俺のめちゃくちゃな言い訳に、深く納得していた。すごいぞ、俺の適当パワー。

【午後4時40分:アイスと画伯と海外旅行】

ボーリングで汗(と、冷や汗)をかいた俺たちは、公園のベンチでアイスを食べることにした。
「うめぇー! やっぱ、夏はこれだよな!」
俺は、6個入りの箱アイスを、一人で4個、一気に平らげた。冷たさが、火照った脳みそに染み渡る。

「眠杉、お前、腹壊すぞ」
「大丈夫。俺の胃袋は、北極海みたいにクールだからな。むしろ、この冷たさで、俺の中の情熱の炎が、さらに燃え上がるのさ」
「そ、そうか…? なんか、かっけえな…」

翔太が、またしても俺の適当な名言(迷言)に感心している。

その時だった。
近くで遊んでいた小さな男の子が、俺のところに駆け寄ってきた。
「おにいちゃん、絵、描いて!」
無邪気な笑顔。断れるわけがない。
「よっしゃ! 任せろ! 世界一の犬を描いてやるぜ!」

俺は、昔から絵が絶望的に下手だった。犬を描けば、謎の四足歩行クリーチャーが爆誕するレベルだ。
だが、今の俺は寝不足ハイテンションモード。怖いものなど何もない。
サラサラと、自信満々にペンを走らせる。

「できた! どうだ! この躍動感あふれる、百獣の王、イヌだ!」
俺が自信満々に見せたその絵を、男の子はきょとんとした顔で見つめた後、

「…これ、なに? アメーバ?」

と、純粋な一言。
周りにいた彼の友達も、「犬に見えなーい!」「足が6本あるー!」と大爆笑だ。
そこに、男の子のお母さんが、慌ててやってきた。
「こら! あなたたち、失礼でしょ! …あ、すみません、うちの子が…」
「いえいえ! 大丈夫です!」
俺は、そのお母さんに、最高の笑顔で言った。

「よっしゃー! これで俺も、世界一犬の絵が下手な男として、ギネスに載れるぜ! 有名人への道、開けたり!」

俺のあまりにもポジティブすぎる、意味不明な宣言に、お母さんは困惑しながらも、その絵を丁寧に受け取ってくれた。

帰り道、翔太が、ふと俺に尋ねてきた。
「そういえばさ、眠杉。お前、海外とか行ったことあんの? 俺、夏休み、家族でハワイ行こうかって話が出てんだけど」
俺は、パスポートすら持っていない。海外なんて、テレビの中でしか見たことがない。
だが、寝不足の俺の口は、勝手に動き出す。

「ああ、ハワイね! あそこは、あれだろ? 空気がうまいんだよ。日本と、酸素の分子構造が、ちょっと違うからな。だから、呼吸するだけで、なんかハッピーになれるんだ。ダイヤモンドヘッドの頂上で、アロハ!って叫ぶと、マジで悩みとか全部吹っ飛ぶぜ」

「へぇー! そうなんだ! よく知ってんな、眠杉!」
「まあな。世界の真理は、だいたい俺の頭の中に入ってるからな」

翔太は、目をキラキラさせて、俺の話を聞いていた。
やばい。俺、超適当なことしか言ってないのに。

寝不足というのは、恐ろしい。
人を、意味不明なハイテンションな詩人に変え、同時に、奇妙なカリスマ性を与えてしまうらしい。
だが、そんなパワーも、長くは続かない。
家に帰ってベッドに倒れ込んだ瞬間、俺の意識は、ぷつりと途切れた。

日曜日の夜。
ひかりのメモのことが、頭の片隅でチリチリと警報を鳴らしていたが、もう、どうでもよかった。
今はただ、眠りたい。
明日、世界がどうなっていようとも。
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