あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu

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寝不足の5日間

第5話(4日目):火曜日のずぶ濡れウォーク

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8月12日(火)

【午後5時52分:帰宅という名のミッション】

火曜日の夕方。
俺は、用事があって、少しだけ家の外に出ていた。
もちろん、寝不足だ。もはや、これが俺の平常運転になりつつある。世界は、常に少しだけぼやけていて、現実感がない。まるで、分厚いガラスを一枚隔てて、世の中を見ているみたいだ。

「ふぁ~あ…かえって、ねよ…」

今日のミッションは、図書館で借りていた本を返す、ただそれだけ。簡単なはずの用事なのに、今の俺にとっては、エベレストに登頂するのと同じくらいのエネルギーを消耗する。
一歩、足を踏み出すごとに、重力がいつもの3倍くらいになっているんじゃないかと錯覚する。

図書館からの帰り道。空を見上げると、さっきまで晴れていたはずの空が、いつの間にか、どす黒い雲に覆われていた。
「ん…? なんか、天気、やばくね…?」
生ぬるい風が、ふわりと頬を撫でる。空気の匂いが、変わった。これは、来る。夕立だ。

【午後6時03分:ゲリラ豪雨、襲来】

ポツッ。

額に、冷たいものが当たった。
次の瞬間、空が、壊れた蛇口みたいになった。

ザアアアアァァァァーーーッ!

バケツをひっくり返した、なんていう生易しいもんじゃない。もはや、巨大な滝壺にでも放り込まれたかのような、圧倒的な量の雨。視界は一瞬で白く染まり、地面を叩きつける雨音で、他の音は何も聞こえなくなった。
ゲリラ豪雨だ。

「うわっ! マジかよ!」

周りの人たちが、悲鳴を上げながら、近くの店の軒下や、バス停へと駆け込んでいく。
普段の俺なら、もちろん同じ行動をとっていただろう。いや、誰よりも早く、ダッシュで避難していたはずだ。

だが、今の俺は、寝不足で全身のHPが残りわずか1の、瀕死状態の勇者だ。
「走る」というコマンドが、選択肢にない。

(あめ…すごいな…)

俺は、ただ、その場に立ち尽くしていた。
雨粒が、容赦なく俺の体を叩きつける。あっという間に、Tシャツも、ズボンも、びしょ濡れになった。

【午後6時15分:スローモーションの世界】

(まあ、いっか…もう、濡れちゃったし…)

思考が、完全に停止している。
俺は、まるでスローモーション映画のワンシーンのように、ゆっくりと、家に向かって歩き始めた。

一歩。
また、一歩。

周りの人たちが、慌ただしく走り去っていくのを、どこか他人事のように眺める。
俺だけが、違う時間の流れの中にいるみたいだった。

髪から滴り落ちる雨水が、目に入る。
靴の中は、ぐしょぐしょで、歩くたびに「きゅぽ、きゅぽ」と情けない音がする。
雨水を吸った服が、鉛のように重い。

「はは…」
なんだか、おかしくなってきて、笑いがこみ上げてきた。
「なんか、これ…映画の主人公みたいじゃね…?」

土砂降りの中、たった一人、絶望に打ちひしがれながら歩く、悲劇のヒーロー。
いや、違うな。ただの、寝不足で走れない、アホな中学生だ。

周りから見たら、俺は相当ヤバい奴に見えただろう。
豪雨の中、傘もささずに、ゾンビみたいな足取りで、ニヤニヤしながら歩いているんだから。
時々、車が横を通り過ぎるたびに、運転手がギョッとした顔で俺を見ていた気がする。

【午後6時40分:我が家という名のオアシス】

どれくらい歩いただろうか。
ようやく、俺は自宅のマンションにたどり着いた。
全身、ずぶ濡れ。もはや、服を着たままプールに飛び込んだのと、何も変わらない状態だ。

鍵を開け、玄関に倒れ込むようにして入る。
床に、びしょ濡れの服のまま、大の字になった。
冷たいフローリングが、火照った体に気持ちいい。

「つ…かれた…」

ひかりのこと、先生のこと、黒い男のこと。
考えなきゃいけないことは、たくさんある。
でも、今はもう、何も考えたくない。

俺は、最後の力を振り絞って、シャワーを浴びた。
温かいお湯が、冷え切った体をじんわりと温めてくれる。
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