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不可思議物語
~職業選択~
しおりを挟む【はじめに】
高校を卒業してから1年が経った春、拓也は自分の人生に絶望していた
5つの仕事を転々とし、どれも長続きしなかった彼は、現在、実家を出て一人暮らしをしているものの、部屋はゴミだらけで洗濯物は山積み、冷蔵庫には賞味期限切れの食材しかない状態だった
「なんで俺ってこんなにダメなんだろう」
拓也は天井を見上げながら、これまでの1年間を振り返っていた
【エンジニアという名の地獄】
高校卒業後、拓也が最初に選んだのはIT企業のエンジニア職だった
面接では「土日休みで安定した生活が送れますよ」と言われ、未来に希望を抱いていたが、現実は残酷だった。
入社初日から深夜までの残業が続き、休日出勤も当たり前のように要求された
上司「拓也くん、このバグ修正今日中にお願いね」
拓也「え、でももう夜の10時ですけど…」
上司「エンジニアなんだから当然でしょ?みんなやってるよ」
毎日終電で帰宅し、朝は始発で出社する日々が続いた。
睡眠時間は3時間程度で、目の下には深いクマができ、体重も5キロ減った
そして入社から2ヶ月後、拓也は突然会社に行けなくなった
朝起きると体が動かず、涙が止まらなくなっていた
「もう無理だ…」
拓也はその日のうちに退職届を提出した
【教師という名の人間関係地獄】
次に拓也が選んだのは、私立中学校の講師だった
「教師なら人に感謝される仕事だし、やりがいもあるはず」
そう思って飛び込んだ教育現場は、想像以上に複雑だった
同僚の教師たちは派閥を作り、新人の拓也を露骨に無視した
先輩教師「あら拓也先生、今日の授業の準備できてるの?まさか手抜きじゃないわよね」
拓也「いえ、ちゃんと準備してます」
先輩教師「でも昨日のテスト採点、まだ終わってないでしょ?新人のくせに仕事、遅いわね」
職員室では常に誰かの悪口が飛び交い、拓也自身も陰で「使えない新人」と言われているのを聞いてしまった。
さらに保護者からのクレームも相次いだ
保護者「うちの子が授業についていけないのは、先生の教え方が悪いからです!」
拓也「申し訳ございません、改善します」
保護者「改善じゃなくて、今すぐなんとかしてください!給料もらってるんでしょ!」
毎日のように保護者対応に追われ、授業準備もままならない状態が続いた
そして入社から3ヶ月後、拓也は精神的に限界を迎えた
「人間関係ってこんなに辛いものなのか…」
拓也は再び退職届を提出した
【接客という名の声帯破壊】
三つ目の仕事は、大型家電量販店の販売員だった
「接客なら人と話すのが好きだし、楽しくできるかも」
しかし現実は甘くなかった
店長「拓也くん!もっと大きな声で!お客様に聞こえないよ!」
拓也「いらっしゃいませー!!」
店長「まだ足りない!もっと元気よく!」
毎日8時間以上、大声で接客し続ける日々が続いた。
さらに週末のセールでは、マイクを使って店内を歩き回りながら商品を紹介しなければならなかった
拓也「本日限りの大特価です!!今ならポイント10倍!!お見逃しなく!!」
1週間もすると、拓也の声は完全に枯れてしまった
朝起きると声がかすれ、水を飲んでも喉の痛みは治まらなかった
医者「このままだと声帯を痛めますよ。しばらく声を出さないでください」
拓也「でも仕事が…」
医者「仕事を続けたら、一生声が出なくなる可能性もありますよ」
拓也は涙を流しながら、また退職届を書いた
【清掃という名の皮膚炎地獄】
四つ目の仕事は、オフィスビルの清掃員だった
「清掃なら一人で黙々と作業できるし、人間関係も少ないはず」
しかし拓也は重大な問題を見落としていた
清掃に使う洗剤や薬品が、彼の肌に合わなかったのだ
作業を始めて1週間で、両手に湿疹ができ始めた
2週間後には腕全体に広がり、夜も眠れないほどの痒みに襲われた
皮膚科医「これは接触性皮膚炎ですね。原因は清掃に使っている薬品でしょう」
拓也「手袋をすれば大丈夫ですか?」
皮膚科医「すでにここまで悪化していると、手袋をしても改善は難しいです。別の仕事を探すことをお勧めします」
拓也の手は赤く腫れ上がり、水疱もできていた
鏡を見ると、自分の手が化け物のように見えた
「もう限界だ…」
拓也は4度目の退職を決意した
【事務という名の視力崩壊】
最後に選んだのは、小さな会社の事務職だった
「事務なら静かにデスクワークができるし、体力的にも楽なはず」
しかし拓也には致命的な弱点があった。
それは視力の悪さだった
もともと近視だった拓也は、メガネをかけていても細かい文字が見えにくかった
事務の仕事は、小さな文字で書かれた書類を何時間も見続ける作業の連続だった
上司「拓也くん、この書類の数字間違ってるよ」
拓也「すみません、見えにくくて…」
上司「見えにくいって、メガネかけてるでしょ?ちゃんと確認してよ」
毎日パソコンの画面と書類を見続け、目の疲労は限界に達した
頭痛と吐き気が止まらず、眼科に行くと医師から衝撃的な言葉を告げられた
眼科医「このままだと失明する可能性もありますよ」
拓也「失明…ですか」
眼科医「目を酷使しすぎです。しばらく画面を見ない生活をしてください」
拓也は絶望した
「もう何もできない…」
5度目の退職届を出した時、拓也は完全に心が折れていた
【ニートという名の楽園】
それから数ヶ月、拓也は完全なニート生活を送っていた
朝は昼過ぎに起き、一日中ゲームをし、夜中までネットサーフィンをする
食事はコンビニ弁当かカップラーメン、部屋は散らかり放題だった
しかし不思議なことに、拓也は今が一番幸せだと感じていた
「働かなくていいって最高じゃん」
親からの仕送りで生活し、何の責任も負わない日々
誰にも怒られず、プレッシャーもなく、自由に生きられる
拓也「ニートが一番だよ、マジで」
しかし、その平和な日々は長くは続かなかった
ある日、通帳を見ると残高が驚くほど減っていた
拓也「やばい…このままじゃ来月の家賃払えない」
慌てて親に電話をかけたが、父親は冷たい声で言った
父「もう仕送りはしない。自分で何とかしろ」
拓也「ちょっと待ってよ!俺まだ仕事見つかってないんだよ!」
父「お前はもう20代だ。いつまで甘えてるんだ」
電話は一方的に切られた
【選択の時】
その夜、拓也は部屋で一人考え込んでいた
「どうすればいいんだ…」
働くのは辛い、でも働かなければ生きていけない
そんな矛盾した思考がぐるぐると頭の中を回っていた
すると突然、部屋のドアがノックされた
拓也「誰だよこんな夜中に…」
ドアを開けると、そこには見知らぬ男が立っていた
男は黒いスーツを着て、不気味な笑顔を浮かべていた
男「拓也さんですね?あなたに特別な提案があります」
拓也「誰ですか?何の用ですか?」
男「私は『選択の案内人』と呼ばれています。あなたのような方に、人生を変えるチャンスを提供しているんです」
男は鞄から一枚の紙を取り出した
そこには2つの選択肢が書かれていた
選択肢A:土日休みの仕事を一生続ける人生
選択肢B:平日休みの仕事を一生続ける人生
拓也「これは、何ですか?」
男「あなたはどちらかを選ばなければなりません。
選んだ瞬間、あなたの人生は確定します」
拓也「確定って、どういうことですか?」
男「選んだ方の休日で、一生働き続けることになります。
途中で変更はできません。辞めることもできません」
拓也は震えた
「一生、働き続ける?」
男「そうです。でも安心してください。給料は十分もらえますし、生活には困りません」
拓也「選ばなかったらどうなるんですか?」
男「選ばなければ、あなたは永遠にこの部屋から出られなくなります」
拓也は部屋を見回した
散らかった部屋、汚れた布団、腐った食べ物
「ここに永遠に?」
男「さあ、選んでください。時間は5分です」
拓也の頭は混乱していた
土日休みなら友達と遊べるけど、仕事は激務かもしれない
平日休みなら空いている時に遊べるけど、友達とは会えない
「どっちがいいんだ」
時計の針が進む
男「残り3分です」
拓也は必死に考えた。でも答えは出なかった
「残り1分です」
拓也「待ってください!もっと時間を!」
男「時間切れです」
その瞬間、部屋が真っ暗になった
【エピローグ】
気がつくと、拓也は見知らぬオフィスにいた
周りには大勢の人が働いている
デスクの上には「営業部 拓也」というネームプレートがあった
拓也「ここは、どこだ?」
隣の席の同僚が話しかけてきた
同僚「おはよう拓也!今日も頑張ろうね!」
拓也「あの、今日って何曜日ですか?」
同僚「月曜日だよ。どうしたの?」
拓也は窓の外を見た
そこには「2025年11月10日 月曜日」と書かれた電光掲示板があった。そして拓也は気づいた
自分は選択をしなかったため「選択の案内人」が勝手に決めていたことに(土日休みの人生)
拓也「これから一生、月曜から金曜まで働くのか」
その時、上司が声をかけてきた
上司「拓也くん!今日の営業ノルマ達成できそう?」
拓也「は、はい」
上司「じゃあ頑張ってね!残業もよろしく!」
拓也は絶望した
「俺の人生、これで終わりなのか」
しかし不思議なことに、数ヶ月後、拓也は仕事に慣れ始めていた
毎日同じことの繰り返しだが、それが逆に安心感を与えてくれた
「これが、普通の人生なのかな」
そして1年後、拓也は思った
「ニートの時より、今の方が幸せかもしれない」
働くことの辛さを知り、でも働くことの意味も知った
拓也の人生は、ようやく前に進み始めたのかもしれない【完】
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