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第二章
居場所
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エドモンドが去った後、セラはしばらく席に座ったまま、冷めていくスープをぼんやりと見つめていた。
王妃となったはずなのに、目に見える役目は何一つ与えられていない。
その後の数日も同じだった。
宮廷行事には着飾って出席するが、挨拶と形式的な会話だけで終わる。
日々の政治は宰相や大臣たちが取り仕切り、エドモンドは執務室にこもりきりで再び閨を共にすることも、朝食をとることもなく過ぎていく。たまに廊下で偶然すれ違っても、短い言葉を交わすだけだった。
侍女たちは礼儀正しいが、必要以上の会話はしない。笑顔は仮面のように整っていて、そこに温もりはない。
まるで、年寄りの王妃は、ただの飾り物だとでも言うように。
(私は、この国の誰とも心を通わせることすらないのだろうか)
最初からわかってはいたはずだ。四十歳も年下の国王との夫婦の情愛などないことなど。
しかし、互いをわかり合おうとする気すらないのは、さすがに気がふさぐ。
胸の奥に、ひんやりとした空虚が広がっていく。
「聖女……いえ王妃様、一度王宮内を散策されてはいかかですか」
唯一心を開けるリゼットが心配そうに言った。
「老婆が王宮内を徘徊してると笑われかねないわ」
セラはだらしなく、長椅子に寝そべって言った。窓の外を見ると春雨が降っている。そのせいか体さえも冷えてくる。
「何を言ってるんですか! 貴女様はまだ老婆なんかじゃありません! ついこの間まで聖女として式典を執り行っていたじゃないですか。しっかりしてくださいませ、聖女様」
リゼットは声を荒げセラを叱咤する。セラは驚いて身を起こし、忠実な侍女に目を向けた。その眼にはうっすらと涙を浮かべているではないか。セラの胸に痛みが走った。
「リゼット、ごめんなさい。そうね、私はこの国の王妃なのだから、王宮をうろうろしても誰も文句を言わせないわ」
セラは、すっくと立ちあがりリゼットを共に王宮を歩き回る。長い回廊を歩き庭に出る。
霧雨のなか噴水のある庭園を抜けて歩いていると、中庭にの奥に荒廃した一角を見つけた。
「ここはもしかして」
荒廃してはいるが、どこかで嗅いだことのある香りがする。
「薬草園でしょうか?」
リゼットとセラは顔を見合わせた。かつて仕えていた太陽神ソレイユの聖殿の奥には、広大な薬草園があり、手入れをするのが聖女の重要な役割であった。
「そうよ、薬草園だわ、でも」
セラは歩き回る。しかしここは手入れは行き届かず、雑草が伸び放題で、ハーブの苗も半分以上が枯れかけていた。
「もったいないわ」
思わず屈みこみ、指先で枯葉を摘む。
土の匂いがふっと鼻をくすぐり、半世紀を神殿で過ごした日々の記憶がよみがえる。薬草を育て、病人のために薬を調合した、あの静かな時間――。
「ああ、太陽神ソレイユよ。あなたが導いてくださったのですね」
セラは枯れかけた薬草に呟いた。そして初めて、ここは自分の居場所だ、と確信した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
※面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
王妃となったはずなのに、目に見える役目は何一つ与えられていない。
その後の数日も同じだった。
宮廷行事には着飾って出席するが、挨拶と形式的な会話だけで終わる。
日々の政治は宰相や大臣たちが取り仕切り、エドモンドは執務室にこもりきりで再び閨を共にすることも、朝食をとることもなく過ぎていく。たまに廊下で偶然すれ違っても、短い言葉を交わすだけだった。
侍女たちは礼儀正しいが、必要以上の会話はしない。笑顔は仮面のように整っていて、そこに温もりはない。
まるで、年寄りの王妃は、ただの飾り物だとでも言うように。
(私は、この国の誰とも心を通わせることすらないのだろうか)
最初からわかってはいたはずだ。四十歳も年下の国王との夫婦の情愛などないことなど。
しかし、互いをわかり合おうとする気すらないのは、さすがに気がふさぐ。
胸の奥に、ひんやりとした空虚が広がっていく。
「聖女……いえ王妃様、一度王宮内を散策されてはいかかですか」
唯一心を開けるリゼットが心配そうに言った。
「老婆が王宮内を徘徊してると笑われかねないわ」
セラはだらしなく、長椅子に寝そべって言った。窓の外を見ると春雨が降っている。そのせいか体さえも冷えてくる。
「何を言ってるんですか! 貴女様はまだ老婆なんかじゃありません! ついこの間まで聖女として式典を執り行っていたじゃないですか。しっかりしてくださいませ、聖女様」
リゼットは声を荒げセラを叱咤する。セラは驚いて身を起こし、忠実な侍女に目を向けた。その眼にはうっすらと涙を浮かべているではないか。セラの胸に痛みが走った。
「リゼット、ごめんなさい。そうね、私はこの国の王妃なのだから、王宮をうろうろしても誰も文句を言わせないわ」
セラは、すっくと立ちあがりリゼットを共に王宮を歩き回る。長い回廊を歩き庭に出る。
霧雨のなか噴水のある庭園を抜けて歩いていると、中庭にの奥に荒廃した一角を見つけた。
「ここはもしかして」
荒廃してはいるが、どこかで嗅いだことのある香りがする。
「薬草園でしょうか?」
リゼットとセラは顔を見合わせた。かつて仕えていた太陽神ソレイユの聖殿の奥には、広大な薬草園があり、手入れをするのが聖女の重要な役割であった。
「そうよ、薬草園だわ、でも」
セラは歩き回る。しかしここは手入れは行き届かず、雑草が伸び放題で、ハーブの苗も半分以上が枯れかけていた。
「もったいないわ」
思わず屈みこみ、指先で枯葉を摘む。
土の匂いがふっと鼻をくすぐり、半世紀を神殿で過ごした日々の記憶がよみがえる。薬草を育て、病人のために薬を調合した、あの静かな時間――。
「ああ、太陽神ソレイユよ。あなたが導いてくださったのですね」
セラは枯れかけた薬草に呟いた。そして初めて、ここは自分の居場所だ、と確信した。
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