24 / 90
第四章
民の評判
しおりを挟む
初夏の陽光が大きな窓から差し込み、磨かれた床に淡い光を散らしていた。庭の木立は青々と茂り、小鳥の声が遠くに届く。だがその穏やかさとは裏腹に、執務室の空気は冷たく張りつめていた。
椅子に腰掛けるエドモンドの眼差しは鋭く、背筋を伸ばすその姿からは王としての威圧があふれている。隣に控えるラファエルは沈黙を守り、観察者のごとき冷静な視線を保っていた。
「報告せよ、オスカー」
低い声が放たれる。大声ではないのに、床石に重く響いた。
近衛騎士団長オスカーは姿勢を正し、深く一礼して言った。
「はっ。王妃殿下は例によって孤児院を巡っておられます。まるで先の襲撃など無かったかのように……」
「ふん」
エドモンドの眉間に皺が寄る。
ラファエルが促す。
「詳細を」
オスカーは一瞬、口を結んだ。言葉を選ぶためか、それともためらいか。わずかに顎を引き、報告を続ける。
「妃殿下は子供らに膝をつき、泣く子を抱き、傷を負った者にはご自ら薬を塗っておられました」
「また襲撃は起きていないだろうな」
「心配ございません。警戒は怠っておりませんので。ただ――」
「ただ?」
王の低声に、オスカーの拳が一瞬強く握り締められた。
「噂を聞きつけ、孤児院の周辺には沢山の野次馬が来ております。その中には心ない言葉を浴びせる者もございます。しかし妃殿下は退かず、逆にその者に歩み寄り、話を聞こうとなさるのです」
エドモンドの瞳が細められ、冷光を帯びる。
「軽率だ。もし王妃の身に何かあれば、この国の威信が失われる」
オスカーは呼吸を整え、声に忠義を込めて答えた。
「軽率と申されれば否定はできません。しかし、そのお姿に心打たれ、最後には涙を流す者を私は幾度も見ました。王妃の馬車が通ったのを見るなり、妃殿下に祝福の言葉を投げかけ、中には跪いて祈る者さえおります。セラ様は確実に民の心を掴んでおられます」
ラファエルの口元がわずかにほころぶ。
「王妃の慈愛は確かに民に届いておりますな。陛下の権威を補うかのように」
エドモンドは机に指を打ちつけた。その乾いた音が、静寂を鋭く裂く。
「私が望むのは、玉座の横に立つ象徴としての聖女だ。孤児らに抱きつかれて笑う姿に、権威などあろうか。……オスカー、監視を続けよ。妃らしからぬ振る舞いを見せたなら、即刻止めろ」
「はっ」
オスカーは深く頭を垂れる。
ラファエルは涼やかな声音で言葉を添えた。
「妃殿下のお振る舞いが、この国に祝福をもたらすのか。あるいは、陛下の威光を揺るがす嵐となるのか。いずれ答えは明らかになりましょう」
窓の外では梢が風に揺れ、初夏の光をきらめかせていた。しかし、その穏やかなさざめきも、執務室に漂う緊張を解くことはなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
この作品は「アルファポリス ファンタジー小説大賞」にエントリー中です。
「続きを読みたい」と思っていただけましたら、ぜひ投票で応援してください✨
一票一票が本当に励みになります!
椅子に腰掛けるエドモンドの眼差しは鋭く、背筋を伸ばすその姿からは王としての威圧があふれている。隣に控えるラファエルは沈黙を守り、観察者のごとき冷静な視線を保っていた。
「報告せよ、オスカー」
低い声が放たれる。大声ではないのに、床石に重く響いた。
近衛騎士団長オスカーは姿勢を正し、深く一礼して言った。
「はっ。王妃殿下は例によって孤児院を巡っておられます。まるで先の襲撃など無かったかのように……」
「ふん」
エドモンドの眉間に皺が寄る。
ラファエルが促す。
「詳細を」
オスカーは一瞬、口を結んだ。言葉を選ぶためか、それともためらいか。わずかに顎を引き、報告を続ける。
「妃殿下は子供らに膝をつき、泣く子を抱き、傷を負った者にはご自ら薬を塗っておられました」
「また襲撃は起きていないだろうな」
「心配ございません。警戒は怠っておりませんので。ただ――」
「ただ?」
王の低声に、オスカーの拳が一瞬強く握り締められた。
「噂を聞きつけ、孤児院の周辺には沢山の野次馬が来ております。その中には心ない言葉を浴びせる者もございます。しかし妃殿下は退かず、逆にその者に歩み寄り、話を聞こうとなさるのです」
エドモンドの瞳が細められ、冷光を帯びる。
「軽率だ。もし王妃の身に何かあれば、この国の威信が失われる」
オスカーは呼吸を整え、声に忠義を込めて答えた。
「軽率と申されれば否定はできません。しかし、そのお姿に心打たれ、最後には涙を流す者を私は幾度も見ました。王妃の馬車が通ったのを見るなり、妃殿下に祝福の言葉を投げかけ、中には跪いて祈る者さえおります。セラ様は確実に民の心を掴んでおられます」
ラファエルの口元がわずかにほころぶ。
「王妃の慈愛は確かに民に届いておりますな。陛下の権威を補うかのように」
エドモンドは机に指を打ちつけた。その乾いた音が、静寂を鋭く裂く。
「私が望むのは、玉座の横に立つ象徴としての聖女だ。孤児らに抱きつかれて笑う姿に、権威などあろうか。……オスカー、監視を続けよ。妃らしからぬ振る舞いを見せたなら、即刻止めろ」
「はっ」
オスカーは深く頭を垂れる。
ラファエルは涼やかな声音で言葉を添えた。
「妃殿下のお振る舞いが、この国に祝福をもたらすのか。あるいは、陛下の威光を揺るがす嵐となるのか。いずれ答えは明らかになりましょう」
窓の外では梢が風に揺れ、初夏の光をきらめかせていた。しかし、その穏やかなさざめきも、執務室に漂う緊張を解くことはなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
この作品は「アルファポリス ファンタジー小説大賞」にエントリー中です。
「続きを読みたい」と思っていただけましたら、ぜひ投票で応援してください✨
一票一票が本当に励みになります!
122
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。
まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」
ええよく言われますわ…。
でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。
この国では、13歳になると学校へ入学する。
そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。
☆この国での世界観です。
偽りの婚姻
迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。
終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。
夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。
パーシヴァルは妻を探す。
妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。
だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。
婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……
没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜
☆ほしい
ファンタジー
夜会で父が失脚し、家は没落。屋敷の裏階段で滑り落ち、気づけば異世界――。
王国貴族だったアナスタシアが転移先で授かったのは、“極上調合”という紅茶とハーブのスキルだった。
戦う気はございませんの。復讐もざまぁも、疲れますわ。
彼女が選んだのは、湖畔の古びた小屋で静かにお茶を淹れること。
奇跡の一杯は病を癒やし、呪いを祓い、魔力を整える力を持つが、
彼女は誰にも媚びず、ただ静けさの中で湯気を楽しむのみ。
「お代は結構ですわ。……代わりに花と静寂を置いていってくださる?」
騎士も王女も英雄も訪れるが、彼女は気まぐれに一杯を淹れるだけ。
これは、香草と紅茶に囲まれた元令嬢の、優雅で自由な異世界スローライフ。
騎士団の繕い係
あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。
絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。
王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。
最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。
私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。
えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない?
私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。
というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。
小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。
pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。
【改稿版について】
コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。
ですが……改稿する必要はなかったようです。
おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。
なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。
小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。
よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。
※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。
・一人目(ヒロイン)
✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前)
◯リアーナ・ニクラス(変更後)
・二人目(鍛冶屋)
✕デリー(変更前)
◯ドミニク(変更後)
・三人目(お針子)
✕ゲレ(変更前)
◯ゲルダ(変更後)
※下記二人の一人称を変更
へーウィットの一人称→✕僕◯俺
アルドリックの一人称→✕私◯僕
※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる