老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第四章

民の評判

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初夏の陽光が大きな窓から差し込み、磨かれた床に淡い光を散らしていた。庭の木立は青々と茂り、小鳥の声が遠くに届く。だがその穏やかさとは裏腹に、執務室の空気は冷たく張りつめていた。
  椅子に腰掛けるエドモンドの眼差しは鋭く、背筋を伸ばすその姿からは王としての威圧があふれている。隣に控えるラファエルは沈黙を守り、観察者のごとき冷静な視線を保っていた。
「報告せよ、オスカー」
  低い声が放たれる。大声ではないのに、床石に重く響いた。
 近衛騎士団長オスカーは姿勢を正し、深く一礼して言った。
 「はっ。王妃殿下は例によって孤児院を巡っておられます。まるで先の襲撃など無かったかのように……」
「ふん」
  エドモンドの眉間に皺が寄る。
 ラファエルが促す。
 「詳細を」
 オスカーは一瞬、口を結んだ。言葉を選ぶためか、それともためらいか。わずかに顎を引き、報告を続ける。
 「妃殿下は子供らに膝をつき、泣く子を抱き、傷を負った者にはご自ら薬を塗っておられました」
「また襲撃は起きていないだろうな」
 「心配ございません。警戒は怠っておりませんので。ただ――」
「ただ?」
  王の低声に、オスカーの拳が一瞬強く握り締められた。
「噂を聞きつけ、孤児院の周辺には沢山の野次馬が来ております。その中には心ない言葉を浴びせる者もございます。しかし妃殿下は退かず、逆にその者に歩み寄り、話を聞こうとなさるのです」
 エドモンドの瞳が細められ、冷光を帯びる。
 「軽率だ。もし王妃の身に何かあれば、この国の威信が失われる」
 オスカーは呼吸を整え、声に忠義を込めて答えた。
 「軽率と申されれば否定はできません。しかし、そのお姿に心打たれ、最後には涙を流す者を私は幾度も見ました。王妃の馬車が通ったのを見るなり、妃殿下に祝福の言葉を投げかけ、中には跪いて祈る者さえおります。セラ様は確実に民の心を掴んでおられます」
 ラファエルの口元がわずかにほころぶ。
 「王妃の慈愛は確かに民に届いておりますな。陛下の権威を補うかのように」
 エドモンドは机に指を打ちつけた。その乾いた音が、静寂を鋭く裂く。
 「私が望むのは、玉座の横に立つ象徴としての聖女だ。孤児らに抱きつかれて笑う姿に、権威などあろうか。……オスカー、監視を続けよ。妃らしからぬ振る舞いを見せたなら、即刻止めろ」
「はっ」
  オスカーは深く頭を垂れる。
 ラファエルは涼やかな声音で言葉を添えた。
 「妃殿下のお振る舞いが、この国に祝福をもたらすのか。あるいは、陛下の威光を揺るがす嵐となるのか。いずれ答えは明らかになりましょう」
 窓の外では梢が風に揺れ、初夏の光をきらめかせていた。しかし、その穏やかなさざめきも、執務室に漂う緊張を解くことはなかった。


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