老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第六章

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セラの容態が安定し、リゼットが慌ただしく主の私室を出入りしていた頃。
 エドモンドは執務室に戻り、机の前に腰を下ろしていた。積まれた政務の文書に目を落とすものの、内容は頭に入らない。深い沈黙の中、ただ羽根ペンの影が机上に長く伸びていた。
「妃殿下が思ったよりもお元気そうで、なによりでしたね」
 背後に控えていたラファエルが柔らかく笑みを浮かべて言った。その榛色の瞳は静かで、どこか慰めを含んでいる。
「あの者はこの国の象徴だ」
 エドモンドは低く応じる。
「側室選びなどという下らぬことで体を壊されては困る」
 若き国王の眉間には険しい皺が刻まれていた。その時、扉が軽く叩かれる。
「陛下、ランベールにございます」
「入れ」
 重厚な声に応じ、扉を押し開けて入ってきたのは宰相ランベール卿。無駄のない動きで深々と礼をとり、質実剛健な姿勢で国王を見据えた。
「王妃様のご容態はいかがでございましょう」
「ただの疲労だ。安静にすれば快復する」
 エドモンドの答えに、ランベールは安堵の色をのぞかせ、小さく頷いた。
「それは何よりにございます」
 声を落ち着かせたあと、宰相は表情を引き締め、言葉を続ける。
「……陛下にお伝えすべきことが二つございます」
 執務室に漂う空気がわずかに重くなる。エドモンドの金の瞳が宰相を見据えた。
「まず一つ。妃殿下のお茶会に列席なされた令嬢の中に、帰邸後、体調を崩された方が数名おられるとの噂が流れております。城下では“そのお茶会で何か問題があったのではないか”と囁かれております」
 エドモンドの眉が険しく寄る。
「……噂の出所は」
「定かではありません。確認を急がせております」
 ランベールは事務的に答え、ひと呼吸置いてから言葉を継いだ。
「そしてもう一つ。こちらは別件ですが、ガストン卿から“王妃様は案外、物をねだるのがお上手な方だ”と耳にいたしました。私自身、そのような場面を見聞きしたことはございません。しかし、あの男は嘘を巧みに弄する人物ではない。むしろ本音を漏らしたと考えておくべきかと」
「あのセラが物をねだるだと? そんなわけはない」
 エドモンドの声は鋭く強まり、拳が机上を打つほどだった。
 ランベールは動じず、ただ深く頭を垂れる。
「いずれにせよ、噂は放置すれば王妃様の御名誉を損ないます。徹底的に調べさせております」
 しばしの沈黙。エドモンドは低く命じた。
「必ず報告せよ」
「御意」
 宰相は背筋を伸ばし、深々と礼をして退出した。
 重い扉が閉じ、執務室に再び静けさが戻る。
「まさか、あの妃殿下にこのような醜聞が出てくるとは」
 ラファエルが低く呟いた。整った顔にかすかな陰りが射し、独り言のように言う。

「きっと裏に陰謀がある。セラを貶める者は、決して許さぬ」
 エドモンドの金の瞳には烈しい光が宿っていた。それは王妃を守らんとする揺るぎなき決意そのものだった。

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