老聖女の政略結婚

那珂田かな

文字の大きさ
48 / 90
第六章

戒め

しおりを挟む
 セラは全てを聞き終えると、オリヴィアに実家で沙汰を待つよう伝えた。
 扉が閉じ、オリヴィアの足音が遠ざかっていく。
  一人残された室内に、ひとときの静寂が落ちる。
 セラはすぐに、控えていたリゼットに目を向けた。
 「陛下をこちらへお通しして」
 「かしこまりました」
 リゼットは次の間へと続くカーテンの陰に隠されていた扉を開き、すぐにもどってきた。その後ろには黒衣の王エドモンドがいる。金の瞳が鋭く光り、憤りが浮かんでいる。
「すべて聞いていた。あの娘、なんと不敬な!」
  低い声に怒りが滲み、空気が張り詰める。
 セラは落ち着いたまま、首を横に振った。
 「陛下。どうか落ち着いてくださいませ」
 自ら茶を注ぎ、琥珀色の液を杯に満たして差し出す。
  エドモンドは黙って受け取ったが、なお怒りを収めきれず、低く吐き捨てた。
「王妃であるそなたを愚弄し、令嬢たちを唆していたのだぞ。断じて許せぬ」
 セラは一口茶を含み、静かに返す。
 「確かに、軽率で不遜な振る舞いでした。ですが、同時に気づかされました。私の考えが――あまりに古いものだったと」
 エドモンドの眉が寄る。
 「古い?」
「ええ。私は“国のために側室となるのは名誉”と信じて疑いませんでした。ですが今の若い令嬢たちにとっては、名誉よりも自由と恋こそが望み。長い戦乱を生き抜いた世代だからこそ、なおさら強くそう願うのでしょう」
 セラは茶器を置き、真っ直ぐに夫を見た。
 「彼女たちの思いを知らず、昔ながらの価値観を押しつけていたのは、むしろ私の方だったのです。そしてそれを、あなたにも強いてしまった。申し訳ございません」
 エドモンドは杯を握りしめたまま沈黙した。
  やがてセラはふっと微笑んだ。
「それにしても、オリヴィアのしたたかさといったら。私が贈り物を受け取らぬのを逆手に取り、父を出し抜き、己の欲しいものを手に入れようとする才覚。あきれると同時に見事でもありました」
 「あの厚かましさは父親譲りだ」
 「ですから、どうか今回の件はお咎めなしに。彼女は嘘をつきましたが、国を貶める悪意からではありません。ただ、同じ若い娘たちを救いたいという思いもあったのです」
 エドモンドは深く息を吐き、怒気を少しずつ収めていった。
「……そなたがそう望むならば」
 セラは微笑み、柔らかな声で続けた。
 「ありがとうございます。それと、側室選びは保留にいたしましょう」
「保留だと?」
「はい、肝心の陛下も嫌がっておられます。急いては事を仕損ずると申します。ゆっくりと、あなたの心のままに」
 
 エドモンドの瞳が鋭く光った。
 「だが、宰相やほかの貴族どもが黙ってはおらぬだろう」
「のろりくらりとかわしていけばよいのです。今は、私の病気が癒えたことを祝ってくださいませんか」
 その言葉に、エドモンドの瞳が揺れた。
 「……そうだな」
 二人はようやく肩の力を抜き、温かな茶をすする。優しい沈黙が流れ、次第に宰相たちをどうやって説き伏せるかの策を語り合う。

久しぶりの夫婦の時間を過ごす。それがとても心地よかった。
彼が本当に愛する人を見つけるにこしたことはない。しかしその時、自分はどう思うだろう。セラの心にいいようのない痛みが走る。

私にも、恋する気持ちがあったのだわ。あの若い令嬢達のように。

ふわりと夏の終わりを告げる風がカーテンを揺らす。

 しかし、セラとエドモンドが考えた策が実行されることはなかった。
 数週間後、南方で反乱の狼煙が上がり、王宮は騒然となる。
  側室選びどころではない嵐が、王国を覆い始めていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます!  
この作品は「アルファポリス ファンタジー小説大賞」にエントリー中です。  
「続きを読みたい」と思っていただけましたら、ぜひ投票で応援してください✨  
一票一票が本当に励みになります!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。

まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」 ええよく言われますわ…。 でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。 この国では、13歳になると学校へ入学する。 そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。 ☆この国での世界観です。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

☆ほしい
ファンタジー
夜会で父が失脚し、家は没落。屋敷の裏階段で滑り落ち、気づけば異世界――。 王国貴族だったアナスタシアが転移先で授かったのは、“極上調合”という紅茶とハーブのスキルだった。 戦う気はございませんの。復讐もざまぁも、疲れますわ。 彼女が選んだのは、湖畔の古びた小屋で静かにお茶を淹れること。 奇跡の一杯は病を癒やし、呪いを祓い、魔力を整える力を持つが、 彼女は誰にも媚びず、ただ静けさの中で湯気を楽しむのみ。 「お代は結構ですわ。……代わりに花と静寂を置いていってくださる?」 騎士も王女も英雄も訪れるが、彼女は気まぐれに一杯を淹れるだけ。 これは、香草と紅茶に囲まれた元令嬢の、優雅で自由な異世界スローライフ。

騎士団の繕い係

あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

処理中です...