老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第八章

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 祈りの間から運び出されたセラは、意識のないまま私室の寝台に横たえられた。
 呼吸は荒く、唇にはわずかな血の滲みがある。
 枕元にはリゼットがつき添い、震える手でセラの皺がよった手を握りしめていた。

 まもなく王の侍医たちが次々と駆けつける。
 薬箱や器具が運び込まれ、部屋の中は慌ただしい空気に包まれた。
「脈が弱い、毒の症状だ!」
「まさか妃殿下まで……!」
「解毒薬を、急げ!」
 混乱の声が飛び交い、薬草の強い香りと湯の音が部屋に満ちていく。

 セラの胸は苦しげに上下し、時折かすかにうめき声を漏らす。
 だが、その瞼は固く閉ざされ、まるで夢の底をさまよっているようだった。

 そこへ、扉が開いた。
 ラファエルに支えられながら、エドモンドが姿を現した。
 まだ完全に回復したとは言えず、足取りはふらついている。だが、その瞳は炎のように強く光を宿していた。

「セラは……どういうことだ」
 低く震える声が、部屋の空気を一変させた。医師たちは慌てて頭を垂れ、沈黙が広がる。

「毒の症状が見られます、陛下。おそらく何者かが……」
 老医師の言葉を、エドモンドは鋭く遮った。
「毒を盛られた? ――誰にだ」

 その問いに、誰も答えられなかった。
 沈黙の中で、薬瓶の触れ合う音だけが微かに響く。

 やがて、リゼットがゆっくりと立ち上がった。
「陛下。セラ様は、毒を盛られたのではありません」

「なんだと?」
 医師たちが一斉に顔を上げた。

 リゼットは、涙に濡れた瞳をまっすぐに王へ向けた。
「セラ様は、ご自身の命を代償として――太陽神と契約を交わされました。陛下を救うために」

 その言葉に、室内が凍りついた。
 誰もが信じられないという顔でリゼットを見つめ、若い医師のひとりが叫んだ。
「馬鹿な! そんな神話のような話があるものか!」
「祈りの間に間者が潜んでいたのだ。無理矢理毒を飲まされたに違いない!」
 怒号と混乱の声が重なり、室内は混沌に包まれた。

 だが、エドモンドだけは違った。
 まるで全てを悟ったかのように顔を歪め、寝台の上のセラを見つめた。

「……セラ。私などのために……すまない」
 掠れた声が震え、喉の奥から嗚咽がこみ上げた。

 リゼットは唇を噛み、しかし毅然とした声で言った。
「陛下、これはセラ様がご自分で選ばれたことです。その御心を覆すのは、ご意思に背くことになります」

 エドモンドは歯を食いしばり首を振る。
「私は、諦めん。なにか、救う手段はないのか? 教えてくれ」

「聖女の神域をおかすなど、私にはできません」
 リゼットの言葉は冷静で、しかしその声は震えていた。

 しばしの沈黙ののち、エドモンドはラファエルの肩を強く掴み言い放つ。
「――エルダリス王国に勅使を送る。現聖女に、この契約を解く術がないか問うのだ。これは王命だ」

「陛下! しかし、そんな、現聖女だからといって……!」
 リゼットが思わず叫ぶ。

「セラが太陽神と契約を交わしたのなら、現聖女もその掟を知っているはずだ。どんな代償を払っても構わぬ。私はセラを取り戻す!」

 その声は苦しげに震えながらも、鋼のような決意を帯びていた。
 薬草の匂いが漂う寝室に、若き王の叫びが静かに響き渡った。

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