老聖女の政略結婚

那珂田かな

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最終章

憤怒

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 セラの葬儀から、三か月が過ぎていた。
 冬は深まり、城の屋根を霜が覆っている。
 王都の空はどこまでも白く、凍てつく風が塔の旗を震わせていた。

 その日、定例の閣議が王宮の謁見の間で開かれた。
 長い卓を囲み、宰相をはじめとする重臣たちが居並ぶ。
 壁には暖炉の火が燃えていたが、空気は重く、誰もが慎重に言葉を選んでいた。

 「――さて、陛下」
 口火を切ったのは宰相であった。
 白髪を撫でつけ、書状を一枚手に取る。
 「カルディア王国の安定のためにも、そろそろ後継の問題をお考えいただかねばなりません。王妃がおられぬままでは、諸国への印象も……」

 エドモンドは黙して聞いていた。
 宰相の言葉に続き、他の臣下たちも控えめに口を開く。

 「たとえば、隣国ローディアの王女など。血筋もよく、年もお若い」
 「あるいは、側室をお迎えになり、後継ぎを――」

 幾つもの声が交じり合い、やがて一つの流れとなる。
 それは穏やかな進言の形をとりながら、実際には国王に再婚を迫る圧力であった。

 沈黙していたエドモンドが、ゆっくりと立ち上がった。
 黒衣の裾が床を払う音が響く。
 その目は冷たく、しかし燃えるような怒りを宿していた。

 「――まだ、セラが亡くなって数か月しか経っていないのだぞ」

 低く落ち着いた声だったが、その響きには鋼のような怒気があった。
 臣下たちは一瞬で息を呑み、誰も口を開けなくなる。

 「おまえたちは、セラがどれほどこの国に尽くしたかを忘れたのか。セラがいなければ、私も、この国も死の世界に沈んでいた。それを――冷たくなっていくセラの記憶が生々しく残っているというのに、次の妃だと?」

 卓上の蝋燭が微かに揺れた。
 エドモンドは拳を握りしめ、そのまま臣下たちを睨めつけた。

 「いいか。今後、新たな妃や側室の話を一言でも口にした者があれば、その者はただちに臣下の任を解く」

 静まり返った謁見の間に、その言葉が落ちた。
 誰も反論できず、ただ席についたままおずおずと頭を下げる。
 控えていたオスカーでさえ青ざめ、額に汗を浮かべていた。

 エドモンドはしばし彼らを見下ろし、冷たく息を吐いた。
 「……今日はこれまでだ」

 椅子が軋み、彼はゆっくりとその場を立ち去った。
 背を向けた瞬間、マントの裾が大理石の床を滑る。
 扉が重く閉じられ、再び静寂が訪れた。

 しばらくして、ようやくガストン卿が震える声で呟いた。
 「……陛下は、あの方を本当に……」
 その言葉の続きを誰も言えなかった。
 ただ、部屋に残るのは王の去った後の冷気と、燃え尽きる蝋の匂いだけだった。
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