老聖女の政略結婚

那珂田かな

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最終章

新たな花嫁

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 それから十七年の歳月が流れた。

 王都カルディアは、その日、春の陽光に満ちていた。
 石畳を照らす陽は柔らかく、街の至るところに花々が咲き誇る。
 城門から王宮へ続く大通りは朝から賑わい、祝祭の歌と鐘の音が響き渡っていた。

 王宮の中もまた、慌ただしい熱気に包まれていた。
 侍女たちはあらゆるところを花で飾り、騎士たちは出迎えの列を整える。
 貴族たちは礼服に身を包み、互いに視線を交わしながら、そわそわとある人物の到着を待っていた。

 「まもなく到着とのことです」
 報告を受け、宰相が深く頭を下げる。
 正面の扉の外では、春風に翻る金と白の旗がゆらめいていた。

 ――今日、カルディア王エドモンドは、新たな花嫁を迎える。

 その名は、アンジェラ・セラフィーヌ・ド・エルダリス。
 エルダリス国王マルセルの娘にして、かつてこの国に光をもたらした王妃セラの名を継ぐ姫である。

 豪奢な馬車の蹄音が城門をくぐると、王都の人々は歓声を上げ、花びらを空に舞わせた。
 陽光を受けて輝く馬車が王宮の門を通り抜けると、春の香りとともに新しい時代の息吹が流れ込んでくる。

 宮殿につくと馬車の扉が静かに開いた。
 現れたのは、淡い金の髪を持つ若い女性。
 その瞳は透きとおるような青で、その顔にはどこか懐かしい面影があった。

 出迎えた侍女リゼットは思わず息をのむ。
 「どうかして?」
 王女が小首を傾げて尋ねる。
 リゼットははっと我に返り、慌てて首を振った。
 「い、いいえ、セラ様の……。――申し訳ございません、国王陛下がお待ちです」

 リゼットは見えぬようにそっと涙を拭い、大広間へと王女を案内した。

 扉が開かれると、光が溢れ、貴族たちは息をのんだ。
 若く美しい王女がゆっくりと歩み入る。

 「……なんと美しい」
 「聡明なお顔立ちですわ」
 「これでカルディアも安泰だ」

 ささやきが広がる中、玉座の前には国王エドモンドが静かに立っていた。
 時の流れは彼を老いさせることなく、その瞳にいっそう深い光を宿らせていた。
 若き日の烈しさは穏やかさに変わり、威厳と静けさをまとっている。
 その姿は、まさしく王国そのものの象徴であった。

 王女は壇上の手前で立ち止まり、まっすぐにエドモンドを見つめて言った。
 「エルダリス王国王女、アンジェラ・セラフィーヌ・ド・エルダリスにございます」

 少女は裾を広げ、深く頭を下げる。
 その声は清らかで、玉座の間に澄んだ響きを残した。

 エドモンドはわずかに息を整え、静かに言葉を紡ぐ。
 「遠路はるばるご苦労だった。――ようこそカルディアへ。まずは長旅の疲れを癒されよ」

 「お優しいお言葉、感謝いたします」
 アンジェラは毅然と答えた。

 その声を聞きながら、エドモンドはふと目を細めた。
 胸の奥に、言葉にならぬ懐かしさがかすかに浮かぶ。
 わずかな時間、彼は面影を探すように少女の顔を見つめた。

 やがて静かに視線を逸らし、落ち着いた足取りで広間を後にする。
 その背は凛として揺らがず、しかしどこか寂しさを帯びていた。

 
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