老聖女の政略結婚

那珂田かな

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最終章

朝霧の告白

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 「――私は、大叔母、聖女セラの生まれ変わりではありません」

 その言葉に、背後で控えていたリゼットが小さく息を呑んだ。
 驚いて目を見開き、慌てて頭を下げる。
 「お、お待ちくださいませ、王女殿下! そのような……!」
 声は震え、顔が青ざめている。

 「そ、そうです。誰も生まれ変わりなどと!」
 エドモンドの背後にいたオスカーも動揺し、リゼットを擁護するように声を上げた。

 エドモンドもまた、心の奥でわずかに動揺していた。
 予想もしなかった言葉に、思考が一瞬止まる。
 春の冷たい風が四人の間を吹き抜け、薬草の香りを運んだ。

 それでもアンジェラは怯むことなく、まっすぐエドモンドを見つめていた。
 朝の光が彼女の髪に落ち、金の糸のようにきらめく。

 「私は、子どものころから感じておりました。
  まわりの者たちが、私を“大叔母セラの生まれ変わり”と囁くのを。
  父も母もはっきりとは言いませんでしたが、その目の奥には、いつも期待の色がありました」

 言葉を区切りながら、彼女は少しうつむいた。
 「ですが、私は聖女ではありません。
  病を癒やす力も、神の声を聞くこともできません。ただの一人の人間です。
  もし、“セラ様の再来”と望まれて迎えられたのだとしたら――」

 アンジェラは静かに顔を上げ、青い瞳を細めた。
 「――この婚姻を破棄していただいて構いません」

 リゼットが息を呑む。
 「王女殿下、それは――!」

 「よい」
 エドモンドが低く制した。
 声は落ち着いていたが、その内には微かな痛みがあった。
 風に揺れる薬草の葉が、ささやくように音を立てる。

 ――生まれ変わりだなどと思ってはいない。
 若く美しい姫を迎えられて私は幸運だ。そう言えばよい。
 彼女もそれを望んでいるのだろう。だが――。

 やがて、エドモンドはゆっくりと口を開いた。
 「……正直に言おう」
 その声音には、長い時を経た人間の誠実さが滲んでいた。
 「そなたの言うとおりだ。私は――十七年前、そなたの誕生を聞いたとき、
  勝手に思い込んだ。とある人物が言った“太陽はまた昇る”という言葉が、
  そなたの誕生で現実になり、セラがこの世にまた戻ってきてくれたのだと」

 アンジェラの瞳がわずかに揺れる。
 「陛下!」
 オスカーとリゼットが同時に窘めるような声を上げた。

 しかし、エドモンドは静かに続けた。
 「私はセラの喪失を埋めようと、“生まれ変わり”という幻想にすがった。
  その幻想のせいで、そなたを巻き込んでしまった」

 王の声は淡々としていたが、その一言一言が深く胸に沈んだ。
 アンジェラは、ただ黙って聞いていた。
 春の光がゆっくりと強まり、靄の向こうから鳥の声が響く。

 やがて、エドモンドがふと話題を変えるように言った。
 「……ここまでの道中はどうだった?」

 アンジェラは瞬きをしてから答える。
 「はい、つつがなく。街道の人々は私をとても手厚くもてなしてくれました」

 「それはよかった。セラが嫁いだ時は、ひどいありさまだったはずだ」
 エドモンドはリゼットに顔を向ける。

 「は、はい。道の整備が整っておらず、盗人にもおびえながら王都へ向かった日のことを覚えております」

 「あの時は、内乱が終わったばかりだった。大したもてなしもできず、今でも申し訳なく思う」
 オスカーも懐かしそうに目を細めた。

 「私は、見てほしかったのだ。生まれ変わったカルディアを。豊かになった我が国を。貴女の目を通して、セラに」

 エドモンドは自嘲するように微笑んだ。
 「私はセラに認めてほしかった。そのために、貴女の人生を犠牲にしてしまった」

 そう言うと、彼は小さく息を吐き、アンジェラの前に跪いた。
 春風が衣の裾を揺らす。

 「貴女がこの婚姻を望まぬのなら破棄しよう。私が全ての責任をとる。貴女の人生は貴女のものだ」

 アンジェラは驚きに息をのんだ。
 その頬に、柔らかな朝日が射し込む。
 薬草園の草花がゆらめき、黄金の光が王の背を照らしていた。

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