小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第7話:5番目のレフ

第4章

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「……これは……どういうことだ……!?」
 前夜のうちに、黄金のベリンダからの伝言魔法によって、魔王軍襲来の報を受け取ったフィンレー・ボールドウィンは、朝も明けきらぬうちから愛馬を駆り、彼女の家に駆け付け――そして、驚愕に整った顔を強張らせた。
 ベリンダの最愛の孫にして、彼の親友でもあるルカが、庭のポールベリーの大樹の湾曲した幹に腰掛け、出迎えてくれたのはいつものことだ。
 しかし、ルカの背凭れになるように大きな身体を密着させ、甘えるように額を擦り付けているのは……。
 ――あれ、ライオン、だよな!?
「な、何があったんだ?」
 完全に落ち着きをなくした愛馬オフィーリアを宥めながら、玄関ポーチで1人佇んでいたユージーンに、ひとまず声をかける。ルカを挟んで、決して気安い間柄とは言えない二人だが、そこはいい大人同士であり、事務的な会話に苦労はない。丘の上の敷地に近付くに連れて、常になくオフィーリアが嫌がる様子を見せ始めたのでおかしいとは思っていたが、自分の居ない間にいったい何があったのだろうか。
 尋ねたフィンレーに一瞥いちべつもくれることなく、ライオンをめ付けながら、ユージーンが不快げに眉をひそめる。
「何がも何も……!」

 その様子をポールベリーの幹の上から見守っていたルカは、フィンレーに向かって手を振った。フォローの意味を込めて、だ。これでレフの実体化に関する経緯いきさつは、ユージーンの口から正確に伝えて貰えることだろう。
 呼吸に合わせて上下するレフの腹部に、確かな命の脈動を感じながら、ルカは祖母の見解を思い返した。
 黄金のベリンダはレフの実体化について、自分の魔力の影響下にあったためではないかと考えているらしい。
『転生の時、ルカと一緒に器を得たのは、お姉さんの想いの強さの表れだったのだと思う。でも、動き出したのはこの子の意思。きっと私の魔法は、そのお手伝いをしてあげただけだわ』
 ルカの膝の上で、これまでよりも少しだけドヤ顔をしているようにも見えるぬいぐるみを撫でながら、ベリンダはそう言って微笑んだ。
 だとしたら、泣かせる話ではないか。ルカを守るため、ぬいぐるみに自我が芽生えて動き出しただなんて。
 まあ、ちょっと、可愛らしい外見に対して、ガラは良くない方かもしれないけれど。
「……」
 そこまで考えて、ルカははたと我に返った。
 そういえば、姉は割と某社のプリンセス映画シリーズが好きだった。ツンデレの故か認めたがりはしなかったが、もしかして、レフの実体化には、創造主である彼女の嗜好が反映されたりしてはいないだろうか? そういえば、プリンセスの条件には「動物に懐かれること」があるなどと、まことしやかな説を聞かされたことがある。
 ――イヤイヤイヤだとしても、僕はプリンセスじゃないんだけどね!
『……ルカ?』
 脳内に直接響く思念波に振り返ると、迫力のあるオスライオンが、嬉しげにこちらを見上げている。つられるように撫でてやると、喉を鳴らして喜んだ。
 懐かれてみると、ライオンがネコ科であることがよくわかって微笑ましい。
 そこへユージーンが近付いてきた。背後には、微妙に複雑そうな表情を浮かべたフィンレーの姿もある。
「レフ。やっぱりライオンの姿は人を驚かせるから、必要がない限りはぬいぐるみでいてくれないか」
 どうやらフィンレーをダシに、ルカに纏わり付く存在を排除する作戦のようだ。幼馴染みの心境に気付けないルカは、困ったように眉尻を下げ、レフは威嚇するようにグルルと唸る。
 間に割って入ったのはフィンレーだった。好んでルカの背凭れになるライオンと、目線を合わせるように腰を屈め、爽やかに笑う。
「フィンレーだ。よろしくな」
 親友の大物ぶりに、ルカは改めて感じ入った。すっかり気を取り直した様子には、事態を真正面から受け止めようとする柔軟さが窺える。
 牙を剥いたレフに対して、フィンレーは「お前にも事情はあるかもしれないけど」と肩を竦めた。
「俺も、知らない人の前に出る時は、無駄な騒ぎを起こさないように、ぬいぐるみの姿でいた方が無難だと思うぞ」
 比較的温厚なフィンレーの態度から、「お前のためにもさ」と付け足された言葉が真実であることが伝わったのか、レフは犬歯を引っ込めた。嫌そうにしながらも、ポンと可愛らしい音を立てて、ぬいぐるみに戻ってみせる。
『……これだと長距離移動が出来ねぇんだよ』
 ぼやきながら、よじよじと自分の膝に登ってこようとするぬいぐるみを、ルカはすくい上げててのひらに載せた。
「ルカに抱っこされてる方が、可愛くて平和的で良いな」
 この場合の『可愛い』は恐らく、ルカとぬいぐるみの両方に掛かっているのだろう。
 フィンレーがうんうんと頷きながらほっこりしている横で、ユージーンは美しい顔を歪めて、「僕はそれでも不満だけどね」と溜め息をついた。


 やがてジェイクとネイトの2人もやって来て、打ち合わせも兼ねた昼食会が始まった。
 とはいえ、その気になれば伝言魔法で連絡可能なベリンダをリーダーにいただいておいて、全員が顔を合わせなければならない打ち合わせなど、あるはずもない。恐らくは、旅立つ前の、各自の準備の進行度合いの確認と、それに対するベリンダからの労いが主目的だったのだろう。
 今の時点で準備万端整っているのはルカとジェイクの2人のみ。ベリンダとユージーンによる町の結界敷設ふせつにはあと2日程度、社会的な地位があって、受け持つ業務の多岐に渡るネイトとフィンレーには、今少し時間が必要なようだ。ちなみに、今回ルカが魔王の手の者に襲われた件に関しては、従来通り領主のヘクター卿が処理をしてくれるとのことで、フィンレーの負担が増えるようなことはないらしい。
 報告が長引くようにも思われなかったため、その間全員が何となく食事には手を付けずにいたのだが――そんな人間達の思惑とは、別の世界を生きているのがレフだった。
 ライオンの姿を取ったレフは、ルカの足元で、出された生肉をうまそうにんでいる。
「――レフ、少し待て」
 見かねたユージーンが、憮然とした表情で制止した。真面目な話をしている横で、大型肉食動物の咀嚼音が集中を乱すというのは事実であるため、彼の叱責ももっともだ。
 これに対して、レフは「あ゛あ!?」と唸った。忌々しそうに犬歯を剥き出し、攻撃的な思念波をユージーンに送る。
『新鮮な状態で食った方がうまいに決まってるだろ。硬ぇこと言ってんじゃねぇよ』
 野生の獣らしいわかりやすい主張に、ベリンダは苦笑を漏らした。確かに、食事会を兼ねているというのに、本末転倒なところもないではない。魔法でいくらでも温め直せるとはいえ、せっかく用意したのだから、食事は美味しい状態で食べて貰った方が良いに決まっている。
「そうね。みんな遠慮せずに食べてちょうだい」
 ベリンダが勧めるのに応じて、ルカはフォークを手に取った。1番気安い孫のルカが率先することで、他のみんなも気兼ねなく食事を始められると思ったからだ。
 しかし、それで済まなかったのがユージーンだった。
「先生のお話の最中だぞ!」
 彼にとって、敬愛する師の言葉を軽んじる者が許せないのは間違いない。が、ここに「レフのお陰で思うようにルカに近付けない」という鬱憤が加わり、火が着いたようだ。
「僕がしつけてやるから、まずはぬいぐるみに戻れ!」
 ユージーンの宣言にも、当然ながらレフは、どこ吹く風とばかりに食事を続ける。
 それが粗方あらかた片付いていることを確認してから、ベリンダはパチンと指を鳴らした。
『うお!?』
 可愛らしい外見に似つかわしくない声を上げて、レフはぬいぐるみに戻った。正確には、ベリンダによって強制的に実体化を解かれたというべきか。
 窺うように見上げたルカに向かって、ベリンダはイタズラっぽい魅力的なウィンクを寄越した。
「人前に出るからには、最低限の礼儀は、身に着けておいて損はないわ」
 まぁ、それは確かにそうだろう。今後レフが、ライオン状態で人前に出ることがあるかどうかはわからないが、失礼な態度で無用なトラブルを抱え込むこともない。
『ルカ!』
 助けを求めるように、足に縋り付いてきたレフに、ルカは「ごめん」と小声で謝った。
「僕にはどうにも出来ないよ」
 お詫びといっては何だが、小さくコロコロした身体を掬い上げて、膝の上に載せる。ただのぬいぐるみであればテーブル上に載せるのが最適だとは思うが、魂が宿っている以上「机の上に上がるのは無作法」と教えることも必要だろう。
「人の話、特に目上の人の話は、ちゃんと聞かなくちゃ駄目だ」
 マナーや礼儀作法について、この場の誰よりも正しく学んでいるフィンレーが丁寧に諭すと、
「『待て』と『お座り』も教えた方が良いでしょうね」
 と、ネイトが毒っけたっぷりにまぜっかえす。
「ずっとぬいぐるみで居れば、行儀も礼儀も必要ないんじゃないか」
 可愛いもの好き代表のジェイクが真顔で甘やかす横で、
「お前の態度が原因で、ルカや先生に迷惑を掛けるような真似は許さないからな!」
 とユージーンが言い放つ。
 嫌そうにとルカの腹部にすり寄ってくるぬいぐるみに向かって、大の男4人が好き勝手に講釈を垂れる構図は、あまりにもシュールだ。
 宥めるようにぬいぐるみに状態のレフを撫でてやりながら、ベリンダと共に苦笑いしていたルカだったが、ふと思い立ってベリンダを降り仰いだ。
「オフィーリアにもご飯あげなきゃ」
 人間(と、ライオン)ばかりが食事を楽しみ、フィンレーをここまで運んでくれた愛馬に何もないのでは、可哀想すぎる。今のうちに彼女にも、新鮮な水と飼い葉をって貰うべきだろう。
 ルカの提案に、ベリンダは思い出したように「そうね」と頷いた。
「ルカ、お願いしていい?」
 元よりそのつもりだったルカは、「もちろん」と笑顔で答えて席を立った。ベリンダの魔法のお陰で逃げることも出来ないレフを自分の席に座らせ、食事と説教の手を休めて「悪いな」と軽く手を上げたフィンレーに「大丈夫~」と手を振り返してから、白熱するダイニングを後にする。ルカはオフィーリアとも仲良し(少なくともルカはそのつもり)なので、彼女のお世話に苦労はないのだ。
 とはいえ、他者を連れての移動魔法が使える黄金のベリンダの家に、牛馬ぎゅうばの類いは居ない。フィンレーが訪れた時のため、オフィーリア用の飼料は倉庫に保管されている。まずはそちらに向かうために、ルカは勝手口を出た。
 正午を過ぎたばかりの陽射しは高く、辺りはとても明るい。
 屋内から日中の屋外へ出た時特有の眩しさに、ルカは咄嗟に眼を細めた。
 住居を取り囲む林の手前、倉庫の影に人影のようなものを見止めたような気がして、思わず身構える。
「――!」
 そのわずかな隙を狙ったかのように、背後に回り込まれ、羽交い締めにされた。声を上げる間もなく口と鼻を布で覆われ、薬のようなものを嗅がされる。
 ――まずい、と思ったところで、ルカの意識は途絶えた。
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