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第1部・第7話:5番目のレフ
第3章
その日、聖エドゥアルト祭の準備で教会に集まっていた子供は20人程度だった。
魔王軍襲来の際、談話室に居たのは10人ほどで、そのうち怪我を負ったのは8人だが、いずれも軽症。死者を一人も出さずに迅速に片を付けられたのは、ネイトとその後任の司祭、マテウス・ヒル神父の活躍が大きい。
ルカの負傷も掠り傷程度だったが、自分のせいで町が襲われたことに対するショックは、無視できるものではなかった。子供達が揃って「ルカ兄ちゃんが魔王軍を引き付けて、みんなを逃がしてくれた」と泣き喚いてくれたお陰もあってか、住民達からのルカに対する風当たりは驚くほど優しく、それだけに一層申し訳なさが募る。「ルカちゃんのせいじゃないさ」と慰め、或いは「悪いのは魔王軍よ!」と憤慨する人々には、「『予言の子供』の巻き添えになった」のではなく、ルカが不当に害されかけたことへの純粋な怒りが見て取れた。
治癒能力に秀でたネイトとヒル神父が、ルカも含めた負傷者の手当てを行い、ユージーンは子供を迎えに来た親達に、確実に引き渡す。ベリンダが破壊された建物を修復する間に、騒ぎを聞いて駆け付けたジェイクと、一緒に得意先を回っていた、今後薬剤店の配達を手伝う予定という画家のサディアス・アッシャー氏、これに一部信徒も片付けに加わって、ひとまず事態は収束させられた。
念のためにとベリンダが教会に結界――敷地単体なので、この場合は呪文ひとつで可能――を施し、アッシャー氏とシェリルの二人が、親が迎えに来られなかった子供達の帰宅の引率を買って出てくれたため、ルカ達は微妙に混乱したまま、ベリンダの家に戻った。それはもちろん、今後のことについて話し合うためだが、その道中も、ライオン――『レフ』は、ルカの傍を離れようとしない。それどころか、ベリンダ以外の者がルカに近付こうとするだけで、威嚇する始末だ。
丘の上の一軒家は、玄関ドアが見事に吹き飛ばされていた。叩き割られた扉は庭に残骸を晒し、ぽかりと口を開けた木枠部分に、外れかけた蝶番がゆらゆらと揺れている。
黄金のベリンダは小さく息を吐いて、可愛い孫にべったりの雄ライオンを見遣った。
「……あなたがやったのね?」
『ああ』
悪気のなさそうな返答に、ベリンダは無言のまま扉の補修に掛かった。今日1日でどれだけの魔力を消費することになるのか、魔法の才のないルカには見当もつかない。
時間を巻き戻すように玄関が修復され、ベリンダに促された一行は屋内に入った。次の行動に迷う様子でリビングに留まるユージーン達をおいて、ルカは階段を駆け上がる。
果たして、ルカの部屋のドアも、内部から弾けるように吹き飛ばされ、向かいのユージーンの部屋のドアをも半壊させていた。恐る恐る覗き込んだ部屋の中、確かに、サイドボードの定位置に、レフの姿はない。
「……ホントだ……」
『言ったろ?』
大きな肉球で、トストスと軽やかに床を踏み締めながら追い掛けてきたライオンが、なぜか得意げに見上げて来た。信じがたいことだが、どうやら本当に、目の前のライオンは、あの可愛らしいぬいぐるみのレフの、同一存在であるらしい。
「――でも、なんで?」
ようやくルカは、まっとうな疑問を口にした。
確かにレフは、ルカがこちらの世界へ転生する際、なぜか一緒について来たという経緯がある。その時点で既に、ちょっと不思議な存在ではあるが、元々は姉の瑠衣に作ってもらった、ただのぬいぐるみでしかないはずなのに。
『わかんねーけど。お前について行きたいと思ってたら、こうなった』
ルカの困惑の眼差しを受けて、ライオン姿のレフは、右の前足を器用に使い、こめかみの辺りを掻くような仕草を見せた。妙に人間くさい動きが、彼が普通のライオンではないことを裏付けているようでもある。
『ルカ、どっか行っちまうんだろ? ぬいぐるみのままじゃ、置いてかれちまうんじゃねえかと思ってよ』
口調は武骨だが、その思念波にはルカを慕う気持ちが溢れていた。
これもまた、想いの強さの顕れなのだろうか。ルカが強くなれますようにと、姉が願いを込めて作ってくれたものだから? この先もずっと、ルカを傍で守ってくれると?
今にして思えば、レフはこれまでにも何度か、床に転がり落ちていたことがある。ずっとルカの後を追おうと足掻き続け、王都へ旅立つ日が近付いたことで、必死の一念が具現化したと、そういうことなのかもしれない。
「…………」
何だか胸がいっぱいになって、ルカはそっとレフの頭を撫でた。鬣の感触は、ぬいぐるみより、さすがにちょっと硬い。けれど、暖かくて手触りが良いのは同じだった。
レフは眼を細め、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。こうしてみると、ライオン体も結構可愛いかもしれない。
「「「………………」」」
ネコ科の肉食動物と戯れるルカを、階段の途中まで追い掛けてきた男達が、複雑な表情で見守っている。
その更に背後から黄金のベリンダがやって来て、またかと言わんばかりの溜め息をつき、ルカとユージーン、それぞれの部屋の扉を修復した。
そして、混乱に支配された空気を振り払うように、パンと一つ手を叩く。
「――取り敢えず、お茶にしましょうか」
我に返ったような視線の集中砲火を受けて、理解ある指導者はにこりと微笑んだ。
●
1階のリビングの一角で、ベリンダ、ルカ、ユージーンにジェイク、ネイトも加えた5人での、即席のお茶会が始まった。
ベリンダの隣に並んで座ったルカの足元で、レフはうまそうに鶏肉の塊にかぶりついている。食べたものはいったいどこに行くのだろうか。食器の立てる音とライオンの咀嚼音のみに支配された重苦しい空気から逃避するように、ルカは考えた。
静寂を断ち切ったのはユージーンだ。いつもどおり優雅な仕草で、しかし普段よりも些か強めに、カップをソーサーに叩き付ける。
「――先生。本当に、コイツも連れて行くんですか」
ルカの正面に座ったユージーンは、身を乗り出すようにして、師であるベリンダに詰め寄った。「コイツ」とは、当然レフのことである。「斥候の旅にレフも同行させるべきか否か」、今話し合うべき議題はまさにこの点についてだったが、ユージーンは反対のようだ。
ルカによって選出された斥候隊メンバーについて、最終的な人事権を持つベリンダが「そうねぇ」と口を開くのに被せるようにして、レフの思念波が響いた。
『たりめーだろ。俺はルカのために作られたんだからな』
口調(?)は「何をいまさら」と言わんばかりだが、レフは嬉しそうに、ルカの足にごちんと額をぶつけてきた。やはりその辺りは、自分の制作者である、ルカの姉の想いを正確に汲んでいるらしい。
ルカがホロリとする横で、一人掛けのソファに着いたネイトが、ユージーンに加勢するように言葉を継いだ。
「でも、我々の任務は斥候ですよ。ライオンなんて連れていたら、目立ってしょうがないでしょう」
「コイツにその気がなくても、市街地にライオンが現れれば、近隣の住民を怖がらせることになる。下手したら攻撃されるかもしれない」
ユージーンの隣で、ジェイクも大きく頷く。
どうやら彼らは3人とも、レフの同行には否定的なようだ。それも、当然の話ではある。全員、突然姿を現した先程からずっとルカにべったりで、割って入る隙さえ見せないレフが、既に邪魔になっている。ピリピリした空気もそれが原因だ。普段は絶望的に仲が悪いくせに、こういう時には奇跡の連携を見せる――チームワークと呼ぶには、少々無理があるだろうか。
そんなこととは知らないルカは、教会からの道中について思い返していた。言うまでもなく、ライオンの成獣を連れた一行は、注目の的――というより、はっきり悪目立ちしていたのは間違いない。笑顔で誤魔化すにも限度がある。田舎町であるハーフェルで、極力人の少ない道を選んでいて、あれだけの人を驚かせたのだから、偵察や秘密裏の監視が目的の斥候隊に向かないのは明白だ。――だが。
「ねえ、レフ」
少し迷ってから、ルカは口を開いた。食事を終えたライオンが、口の周りをぺろりと舐めながら、こちらを振り仰ぐ。
「僕が出掛けてる間、何度かサイドボードから落ちてたことあったけど、あれって……」
先程から気に掛かっていたことを訊ねたルカに、レフは「あー……」と少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
『あの頃なー……お前を追い掛けたくても、まだうまく動けなくてよ』
情けなさそうな口調に、ルカは確信した。ああ、やはりレフは、こちらの世界に一緒に転生してから今までずっと、ルカのため、ルカの危機に駆け付けようと、もがいてくれていたのだ。
ルカはベリンダに向き直った。
「おばあちゃん。僕、レフと一緒に行きたい!」
「「「ルカ!」」」
祖母に懇願するルカを咎めるように、三様の制止が一斉に上がる。
応えたのはルカでもベリンダでもなく、面倒くさそうなレフの思念波だった。
『うるせーなぁ。この姿が問題なら、ぬいぐるみに戻ればいいんだろ?』
グルルと唸ったレフは、次の瞬間、ポンと可愛らしい音を立てて、見慣れた手のひらサイズのぬいぐるみに戻った。そのまま床に転がるのを慌てて拾い上げたルカは、ほとんど条件反射のように、柔らかい鬣を撫でる。
「――ぬいぐるみなら良いと思う」
「「!」」
真っ先に賛成派に回ったのは、可愛いもの好きのジェイクだった。
確かに、自分の意思でぬいぐるみ体に戻れるのであれば、無用な混乱は避けられる。だが、ルカの周りの男達にとって、邪魔な存在であることに変わりはない。
真顔で発言を翻した幼馴染みを、ユージーンは信じられないものを見るような目付きで睨み付けた。
「ジェイク、お前……っ」
「ルカが連れてるなら、可愛いから良いと思う」
「裏切者め……!」
語彙をなくしたかのように繰り返したジェイクに、ネイトが吐き捨てる。
二対の視線に責め立てられるのをキレイに無視して、ジェイクは席を立った。そのままソファの後ろを回ってルカの元へ近寄り、いつかのようにレフの頭を撫でる。ルカの膝の上で、ぬいぐるみは心なしか嫌そうに半眼になったが、少なくとも怖がられている訳ではないので、ジェイクは嬉しそうだ。
「こんなに可愛いものを作り出せる、お前の姉さんは天才だな」
「――そうね」
黙って成り行きを窺っていたベリンダが、改めて口を開いた。
あちらの世界の姉を褒められ、「ヘヘ」と照れ笑いを浮かべたルカは、思わず背筋を伸ばす。他の者達も同様に、大魔法使いの啓示を受けるべく、吸い寄せられるように視線を送った。
「この子は、ルカのお姉さんの想いを受けて生まれたのよ。ルカを傷付けるようなことはしないと思うわ」
確信に満ちた言葉に、ルカは胸の奥が暖かくなるのを感じた。ベリンダはいつでも、あちらの世界でのルカの家族のことを尊重してくれる。信頼してくれる。それがとても嬉しい。
ベリンダに優しく撫でられ、成獣体をとってからこちら、常にルカを優先し、好意を訴え続けてきた、今はぬいぐるみ形態のレフが、少しだけ胸を反らした。
『たりめーだつってんだろ』
「――ですが!」
尚も言い募ろうとしたネイトを、ベリンダは掌を掲げ、最小限の動きで制す。
「みんなレフのことに気を取られているようだけど、忘れてはダメよ。魔王軍はルカがこの町にいることを、正確に突き留めていたんだから」
無情な宣告に息を呑んだのは、ルカも含めた全員だった。
そう、ハーフェルに現れた異形の者達は、迷うことなく教会に向かい、町の子供達の集まる、住居棟の談話室を狙ったのだ。予言の子供であるルカの帰還だけでなく、大まかな動向程度は筒抜けである可能性が高い。人類の敵、底知れぬ魔力を秘めた魔王の『目』は、考えもしないような場所に潜んでいる。
「斥候隊のことも出立のことも、きっと魔王には知られている。ルカを守ってくれる者は、多いほどいいわ」
有無を言わさぬ厳かな声音で、黄金のベリンダはきっぱりと宣言した。
こうして、レフは斥候隊に加わることになったのである。
魔王軍襲来の際、談話室に居たのは10人ほどで、そのうち怪我を負ったのは8人だが、いずれも軽症。死者を一人も出さずに迅速に片を付けられたのは、ネイトとその後任の司祭、マテウス・ヒル神父の活躍が大きい。
ルカの負傷も掠り傷程度だったが、自分のせいで町が襲われたことに対するショックは、無視できるものではなかった。子供達が揃って「ルカ兄ちゃんが魔王軍を引き付けて、みんなを逃がしてくれた」と泣き喚いてくれたお陰もあってか、住民達からのルカに対する風当たりは驚くほど優しく、それだけに一層申し訳なさが募る。「ルカちゃんのせいじゃないさ」と慰め、或いは「悪いのは魔王軍よ!」と憤慨する人々には、「『予言の子供』の巻き添えになった」のではなく、ルカが不当に害されかけたことへの純粋な怒りが見て取れた。
治癒能力に秀でたネイトとヒル神父が、ルカも含めた負傷者の手当てを行い、ユージーンは子供を迎えに来た親達に、確実に引き渡す。ベリンダが破壊された建物を修復する間に、騒ぎを聞いて駆け付けたジェイクと、一緒に得意先を回っていた、今後薬剤店の配達を手伝う予定という画家のサディアス・アッシャー氏、これに一部信徒も片付けに加わって、ひとまず事態は収束させられた。
念のためにとベリンダが教会に結界――敷地単体なので、この場合は呪文ひとつで可能――を施し、アッシャー氏とシェリルの二人が、親が迎えに来られなかった子供達の帰宅の引率を買って出てくれたため、ルカ達は微妙に混乱したまま、ベリンダの家に戻った。それはもちろん、今後のことについて話し合うためだが、その道中も、ライオン――『レフ』は、ルカの傍を離れようとしない。それどころか、ベリンダ以外の者がルカに近付こうとするだけで、威嚇する始末だ。
丘の上の一軒家は、玄関ドアが見事に吹き飛ばされていた。叩き割られた扉は庭に残骸を晒し、ぽかりと口を開けた木枠部分に、外れかけた蝶番がゆらゆらと揺れている。
黄金のベリンダは小さく息を吐いて、可愛い孫にべったりの雄ライオンを見遣った。
「……あなたがやったのね?」
『ああ』
悪気のなさそうな返答に、ベリンダは無言のまま扉の補修に掛かった。今日1日でどれだけの魔力を消費することになるのか、魔法の才のないルカには見当もつかない。
時間を巻き戻すように玄関が修復され、ベリンダに促された一行は屋内に入った。次の行動に迷う様子でリビングに留まるユージーン達をおいて、ルカは階段を駆け上がる。
果たして、ルカの部屋のドアも、内部から弾けるように吹き飛ばされ、向かいのユージーンの部屋のドアをも半壊させていた。恐る恐る覗き込んだ部屋の中、確かに、サイドボードの定位置に、レフの姿はない。
「……ホントだ……」
『言ったろ?』
大きな肉球で、トストスと軽やかに床を踏み締めながら追い掛けてきたライオンが、なぜか得意げに見上げて来た。信じがたいことだが、どうやら本当に、目の前のライオンは、あの可愛らしいぬいぐるみのレフの、同一存在であるらしい。
「――でも、なんで?」
ようやくルカは、まっとうな疑問を口にした。
確かにレフは、ルカがこちらの世界へ転生する際、なぜか一緒について来たという経緯がある。その時点で既に、ちょっと不思議な存在ではあるが、元々は姉の瑠衣に作ってもらった、ただのぬいぐるみでしかないはずなのに。
『わかんねーけど。お前について行きたいと思ってたら、こうなった』
ルカの困惑の眼差しを受けて、ライオン姿のレフは、右の前足を器用に使い、こめかみの辺りを掻くような仕草を見せた。妙に人間くさい動きが、彼が普通のライオンではないことを裏付けているようでもある。
『ルカ、どっか行っちまうんだろ? ぬいぐるみのままじゃ、置いてかれちまうんじゃねえかと思ってよ』
口調は武骨だが、その思念波にはルカを慕う気持ちが溢れていた。
これもまた、想いの強さの顕れなのだろうか。ルカが強くなれますようにと、姉が願いを込めて作ってくれたものだから? この先もずっと、ルカを傍で守ってくれると?
今にして思えば、レフはこれまでにも何度か、床に転がり落ちていたことがある。ずっとルカの後を追おうと足掻き続け、王都へ旅立つ日が近付いたことで、必死の一念が具現化したと、そういうことなのかもしれない。
「…………」
何だか胸がいっぱいになって、ルカはそっとレフの頭を撫でた。鬣の感触は、ぬいぐるみより、さすがにちょっと硬い。けれど、暖かくて手触りが良いのは同じだった。
レフは眼を細め、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。こうしてみると、ライオン体も結構可愛いかもしれない。
「「「………………」」」
ネコ科の肉食動物と戯れるルカを、階段の途中まで追い掛けてきた男達が、複雑な表情で見守っている。
その更に背後から黄金のベリンダがやって来て、またかと言わんばかりの溜め息をつき、ルカとユージーン、それぞれの部屋の扉を修復した。
そして、混乱に支配された空気を振り払うように、パンと一つ手を叩く。
「――取り敢えず、お茶にしましょうか」
我に返ったような視線の集中砲火を受けて、理解ある指導者はにこりと微笑んだ。
●
1階のリビングの一角で、ベリンダ、ルカ、ユージーンにジェイク、ネイトも加えた5人での、即席のお茶会が始まった。
ベリンダの隣に並んで座ったルカの足元で、レフはうまそうに鶏肉の塊にかぶりついている。食べたものはいったいどこに行くのだろうか。食器の立てる音とライオンの咀嚼音のみに支配された重苦しい空気から逃避するように、ルカは考えた。
静寂を断ち切ったのはユージーンだ。いつもどおり優雅な仕草で、しかし普段よりも些か強めに、カップをソーサーに叩き付ける。
「――先生。本当に、コイツも連れて行くんですか」
ルカの正面に座ったユージーンは、身を乗り出すようにして、師であるベリンダに詰め寄った。「コイツ」とは、当然レフのことである。「斥候の旅にレフも同行させるべきか否か」、今話し合うべき議題はまさにこの点についてだったが、ユージーンは反対のようだ。
ルカによって選出された斥候隊メンバーについて、最終的な人事権を持つベリンダが「そうねぇ」と口を開くのに被せるようにして、レフの思念波が響いた。
『たりめーだろ。俺はルカのために作られたんだからな』
口調(?)は「何をいまさら」と言わんばかりだが、レフは嬉しそうに、ルカの足にごちんと額をぶつけてきた。やはりその辺りは、自分の制作者である、ルカの姉の想いを正確に汲んでいるらしい。
ルカがホロリとする横で、一人掛けのソファに着いたネイトが、ユージーンに加勢するように言葉を継いだ。
「でも、我々の任務は斥候ですよ。ライオンなんて連れていたら、目立ってしょうがないでしょう」
「コイツにその気がなくても、市街地にライオンが現れれば、近隣の住民を怖がらせることになる。下手したら攻撃されるかもしれない」
ユージーンの隣で、ジェイクも大きく頷く。
どうやら彼らは3人とも、レフの同行には否定的なようだ。それも、当然の話ではある。全員、突然姿を現した先程からずっとルカにべったりで、割って入る隙さえ見せないレフが、既に邪魔になっている。ピリピリした空気もそれが原因だ。普段は絶望的に仲が悪いくせに、こういう時には奇跡の連携を見せる――チームワークと呼ぶには、少々無理があるだろうか。
そんなこととは知らないルカは、教会からの道中について思い返していた。言うまでもなく、ライオンの成獣を連れた一行は、注目の的――というより、はっきり悪目立ちしていたのは間違いない。笑顔で誤魔化すにも限度がある。田舎町であるハーフェルで、極力人の少ない道を選んでいて、あれだけの人を驚かせたのだから、偵察や秘密裏の監視が目的の斥候隊に向かないのは明白だ。――だが。
「ねえ、レフ」
少し迷ってから、ルカは口を開いた。食事を終えたライオンが、口の周りをぺろりと舐めながら、こちらを振り仰ぐ。
「僕が出掛けてる間、何度かサイドボードから落ちてたことあったけど、あれって……」
先程から気に掛かっていたことを訊ねたルカに、レフは「あー……」と少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
『あの頃なー……お前を追い掛けたくても、まだうまく動けなくてよ』
情けなさそうな口調に、ルカは確信した。ああ、やはりレフは、こちらの世界に一緒に転生してから今までずっと、ルカのため、ルカの危機に駆け付けようと、もがいてくれていたのだ。
ルカはベリンダに向き直った。
「おばあちゃん。僕、レフと一緒に行きたい!」
「「「ルカ!」」」
祖母に懇願するルカを咎めるように、三様の制止が一斉に上がる。
応えたのはルカでもベリンダでもなく、面倒くさそうなレフの思念波だった。
『うるせーなぁ。この姿が問題なら、ぬいぐるみに戻ればいいんだろ?』
グルルと唸ったレフは、次の瞬間、ポンと可愛らしい音を立てて、見慣れた手のひらサイズのぬいぐるみに戻った。そのまま床に転がるのを慌てて拾い上げたルカは、ほとんど条件反射のように、柔らかい鬣を撫でる。
「――ぬいぐるみなら良いと思う」
「「!」」
真っ先に賛成派に回ったのは、可愛いもの好きのジェイクだった。
確かに、自分の意思でぬいぐるみ体に戻れるのであれば、無用な混乱は避けられる。だが、ルカの周りの男達にとって、邪魔な存在であることに変わりはない。
真顔で発言を翻した幼馴染みを、ユージーンは信じられないものを見るような目付きで睨み付けた。
「ジェイク、お前……っ」
「ルカが連れてるなら、可愛いから良いと思う」
「裏切者め……!」
語彙をなくしたかのように繰り返したジェイクに、ネイトが吐き捨てる。
二対の視線に責め立てられるのをキレイに無視して、ジェイクは席を立った。そのままソファの後ろを回ってルカの元へ近寄り、いつかのようにレフの頭を撫でる。ルカの膝の上で、ぬいぐるみは心なしか嫌そうに半眼になったが、少なくとも怖がられている訳ではないので、ジェイクは嬉しそうだ。
「こんなに可愛いものを作り出せる、お前の姉さんは天才だな」
「――そうね」
黙って成り行きを窺っていたベリンダが、改めて口を開いた。
あちらの世界の姉を褒められ、「ヘヘ」と照れ笑いを浮かべたルカは、思わず背筋を伸ばす。他の者達も同様に、大魔法使いの啓示を受けるべく、吸い寄せられるように視線を送った。
「この子は、ルカのお姉さんの想いを受けて生まれたのよ。ルカを傷付けるようなことはしないと思うわ」
確信に満ちた言葉に、ルカは胸の奥が暖かくなるのを感じた。ベリンダはいつでも、あちらの世界でのルカの家族のことを尊重してくれる。信頼してくれる。それがとても嬉しい。
ベリンダに優しく撫でられ、成獣体をとってからこちら、常にルカを優先し、好意を訴え続けてきた、今はぬいぐるみ形態のレフが、少しだけ胸を反らした。
『たりめーだつってんだろ』
「――ですが!」
尚も言い募ろうとしたネイトを、ベリンダは掌を掲げ、最小限の動きで制す。
「みんなレフのことに気を取られているようだけど、忘れてはダメよ。魔王軍はルカがこの町にいることを、正確に突き留めていたんだから」
無情な宣告に息を呑んだのは、ルカも含めた全員だった。
そう、ハーフェルに現れた異形の者達は、迷うことなく教会に向かい、町の子供達の集まる、住居棟の談話室を狙ったのだ。予言の子供であるルカの帰還だけでなく、大まかな動向程度は筒抜けである可能性が高い。人類の敵、底知れぬ魔力を秘めた魔王の『目』は、考えもしないような場所に潜んでいる。
「斥候隊のことも出立のことも、きっと魔王には知られている。ルカを守ってくれる者は、多いほどいいわ」
有無を言わさぬ厳かな声音で、黄金のベリンダはきっぱりと宣言した。
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ーーーーーーーー
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展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
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校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
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