小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第1話:最強の召喚士

第2章

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 各自で注文した品に、店からのサービスも加わって、斥候隊せっこうたい一行のテーブルは、ちょっとしたパーティーの様相を呈していた。
 そこへ改めての謝意を伝えるべく、村長を始めとした住民達が続々とやって来て、いつの間にか店内は多くの人で溢れ返っている。
「皆様のご活躍は色々と伝え聞いております。こちらへお越しいただけるなどと、まったくありがたいことで」
 品の良い村長の言葉に、村人達がうんうんと頷いた。
 当初国王アデルバート2世が布告した魔王討伐隊の募集に比べ、黄金のベリンダの提言から実現した斥候隊は、国民に広く流布されることなく粛々と結成された部隊だ。とはいえ、魔王軍や魔物の襲来に怯える人々にとって、その存在は唯一の希望と言っていい。黄金のベリンダが「予言の子供」と共に立ち上がった――その噂は、ルカ達が思うより、もっとずっと切実な思いを以て、遥か遠くまで知れ渡っているのだろう。
 当然、その功績についても、人々の噂にのぼらないはずはない。
「……」
 行商や取り引きに出掛けた先で、斥候隊の活躍を耳にしたという者達が、まるで自分の手柄かのように一行の武勇伝を語り出すのを横目に、ルカは小さく溜め息をついた。もちろん、仲間達に聞き咎められることのないように。
 確かに、王都ヴェスティアを出発してからの二週間弱、魔王斥候隊の活躍は目覚ましかった。
 魔王復活による影響もあって、急激に人里への来襲の増えた魔物の討伐や、この混乱に乗じて私腹を肥やす悪漢を捕縛するなど、既に幾つか大きな結果を出しており、治安回復に対する感謝の声は、日増しに高まっているらしい。
 大魔法使いとして人々の尊崇を集めるベリンダは言うに及ばず、その弟子のユージーン、正エドゥアルト教会の司祭であるネイトの二人は、攻防それぞれの魔法に優れており、また幼い頃から研鑽を積んだフィンレーは剣士として、各種武器の扱いに優れ体術にも長けたジェイクは格闘家として、それぞれ高い戦闘力を備えている。
 彼らの連携を前に、魔王軍の一個小隊程度、恐るるに足らずだ。
 ――それに引き換え、とルカは、桃色林檎の100パーセントジュースを啜りながら、肩を落とした。
 わかってはいたつもりだけど、自分は何の役にも立てていない。さっきだって、安全なベリンダの結界の中、農夫親子の傍に控えていることしか出来なかった。祖母とレフが戦闘に加わらなかったのは、その必要がなかったためであり、戦う力のないルカとはそもそも話が違う。
 それどころか、ルカのこの、他人の庇護欲をくすぐる容貌は、些細とはいえトラブルを引き起こす原因になることさえあった――先程のヒューゴのように。
 ハーフェルの町でくすぶっていた時よりは幾らかマシ、けれど、「守られているだけ」という現実には、少しも変化がない。
 人々の称賛の声を、自分だけは受け取る資格がないことに、ルカは少々思い悩んでいる。
「――ルカくん、ジュースはどうかな?」
 背後から声をかけられて、ルカは何度目かの溜め息をグッと飲み込んだ。振り返ると、先程の農夫が娘を抱いて、穏やかに微笑んでいる。
「美味しいです、すっごく!」
 慌てて答えて、ルカはグラスの残りを一気に飲み干した。新鮮な桃色林檎の100パーセントジュースは、この店の商品ではない。専業農家である彼が、妻の作った自家製の物を、お礼にとわざわざ持ち込んでくれた。どこからどう見ても未成年のルカを、思いやってくれてのことだ。
 ありがたくお代わりを注いで貰っていると、父親に抱っこされた娘が、おずおずと何か差し出してきた。小さな手に握られているのは、白く可憐な花を付けた野草のようだ。
「……くれるの?  僕に?」
 ことりと首を傾けると、緊張の面持ちで唇を引き結んだ少女は首を縦に振る。村人達がそれぞれ、個人で用意できるお礼の品を持ち込むのを見ていて、幼いながらも自分も何か渡したいと考えたのかもしれない。
 グラスを置いて、ルカは椅子から立ち上がり、少女と目線を合わせた。
「ありがとう!」
 にこりと微笑んで受け取ると、小さなレディは恥ずかしそうに、父親の肩口に顔を埋めてしまう。
 可愛らしい好意の表現に、食堂内の空気が一気に和んだ。各々がルカに強い思い入れを抱く仲間達も、さすがにこれに目くじらを立てるような狭量な者はおらず、暖かい目で見守っている様子だ。
「――予言の御子は、お可愛らしくていらっしゃる」
 村長の称賛に、ルカはエヘヘと曖昧に笑った。
 『予言の子供』。戦う力のないルカが斥候隊に参加する理由は、これ以外にない。
 生まれる前、母の胎内に宿ったルカを、大賢者ホルストは「魔王を倒す力を持った子供」とうたった。その結果、ルカと祖母のベリンダは多くのものを失い、こうして同じ世界で共に過ごせるようになるまで長い年月を費やすことになった。が、「世界を超える」という困難を乗り越えた事実により、人々の「予言の子供」への期待は一層大きく膨らんでいる。
 実際問題として、異世界で育ったルカに出来ることは多くなかった。斥候隊への参加は、成すべきことを見付けるために、見聞を広げる意味もあるのだ。
 自分で望んだことなのに、じつのない称賛を受ける度、押し潰されそうな気分になる。
 ――可愛いから許されるっていうのは、たとえ女の子だったとしても、ダメなんじゃないかなぁ。
 村長の褒め言葉に後ろめたさを感じるルカの隣で、ベリンダは笑みを深めた。
「ありがとうございます。自慢の孫ですのよ」
 当然と言わんばかりのその回答に、仲間達も大きく頷いている――ドヤ顔ってこういう感じだったっけ?
 ルカの煩悶など吹き飛ばすかのような、相変わらずの溺愛ぶりがくすぐったくて、ルカはごまかすように、小さな花に顔を近付けた。
 白い花弁からは、ほのかに甘い香りが漂ってきた。

                  ●

 昼食後、宿の一室を借りた黄金のベリンダは、急遽魔石ませき通信を行った。
 行動の逐一を王宮へ報告するのは、斥候任務の忠実な遂行に他ならない。
 ネット回線で通話するようなもの、と理解しているルカは、取り敢えず画面に映り込まないよう、おとなしくツインルームのベッドに腰を下ろしている。
「――今日はこれから、結界石の作成及び、埋設場所の選定に入るつもりでおります」
 作り付けのデスクに腰を下ろし、きちんと背筋を伸ばしたベリンダは、老化という自然現象から切り離されたかのように、若い頃の美貌を保ったままだ。報告内容も過不足なく明瞭で、貴族や官僚からの評価が高いことも頷ける。
 形ばかりとはいえ、彼女が許可を求めているのは、今日この後の予定についてだった。
 デルヴェ村の特産品である桃色林檎は、酸味と甘みのバランスが絶妙で、市場でも高い評価を得ているが、ある特定の魔物が好んで食すことでも知られている。樹木自体の丈が低く、桃色の果実は皮を剥くまでは香りが弱いため、背の高い樹木と一緒に植え、非行型の魔物の目を眩ませて育てる方法が取られているという。
 しかし、先日の魔王軍による王都襲撃の際、侵攻ルートにあったこの村の農園の存在が、魔物に露見してしまった。以来頻繁に襲撃を受けるようになり、先程農夫親子が襲われていたのも、このためだったらしい。
 果実を狙う魔物は肉食という訳ではないのか、今のところ人的被害は少ないが、このまま特産品を奪われ続ければ、村の収益はなくなる。
 村人達の訴えを聞いた斥候隊は、すぐに対策を協議した。魔物が人里近くまで出没することには、魔王の復活が関連していると言われている。これまで人間は、各種魔物の嫌う植物などで集落を取り囲み、何とか共生を図って来たのだが、それも限界を迎えているということなのだろう。元凶である魔王を打ち倒すまでの応急処置としては、やはり結界を張るのが無難だ――ルカ達の故郷、ハーフェルの町に施したように。
 とはいえ、いかな黄金のベリンダといえども、広範囲に渡る結界を準備もなく張れるものではない。ベリンダの結界石は、魔法で作り出した石に、更に魔力を込めることで完成するものである。材料の収集から行うとなると、急いでも半日近くは掛かってしまうため、旅程に遅延が生じるのは明白だった。
 ベリンダは斥候隊の責任者として、王宮への筋を通している、という訳だ。
『黄金のベリンダの見立てに間違いはあるまい――委細いさい承知した』
 祖母の向き合った画像から、威厳のある声が返される。思わず背筋を伸ばして、ルカは一人苦笑を漏らした。怖いだけの人ではないと理解しているはずなのに、条件反射のように緊張してしまうのは、相手の身分が高すぎるからか、それとも自分が小心者だからか。
 取り留めのないことを考えていると、声の主は「ところで」と話題を変える。
『――仔ウサギは息災か?』
「!」
 来た、と小さく肩を竦めながら、ルカは「元気でーす」とわずかに声を張り上げた。続いて「顔を見せよ」と催促されることもわかっているので、言われる前にベッドを飛び降り、困ったような微笑を浮かべた祖母の背後から、魔石通信の画像を覗き込む。
「アデルバート様も、お元気そうで良かったです」
 王都を発ってから数回、既にに慣れてきたこともあって、ルカはきちんと社交辞令を口にした。豊かな黄金の長髪に、紅玉のような色鮮やかな瞳。王宮の煌びやかな執務室を背景に、満足げに笑みを深めた国王アデルバート2世は、今日も凄絶なまでに美しい。
 効率重視で、決して公私混同をしないアデルバートは、ベリンダからの報告が終わる度に、必ずこうしてルカとの会話を要求した。
 ――城下で流行りの菓子を王宮でも作らせてみた。戻り次第そなたにも味わわせてやろう。
 ――そなたが興味を持ちそうな本を、幾つか図書室に揃えさせた。
 ――他国の行商人から美しい布を購入したゆえ、そなたにも一着仕立ててやろうと思ってな。
 なぜかルカを甘やかすようなことばかりで、特にのある内容ではない。けれど、国王陛下はルカとの、何ということのないこの時間が、いたくお気に入りのご様子だ。
 ちなみに散財に関しては、断っても「遠慮は必要ない」で一蹴されてしまうし、それで機嫌を損ねるのもマズイかな、と思ってしまって、結局有耶無耶になっている――王都に戻るのが、ちょっと怖い。
『新しいバラが蕾を付けたのだ。そなたの瞳と同じ色のな』
 今日も、アデルバートは意味深に切れ長の瞳を眇めた。艶やかな花に自分を重ねられ、彼に恋する女性であれば、胸の高鳴りを抑えきれずに、頬を染めていたかもしれない。
 しかし、その辺りまったく健全なルカは、王の不興を買わぬよう、何とか笑顔を取り繕う。
「そ、れは……楽しみですね。僕も見てみたいなぁ」
 ルカの瞳の色は、茶色に近いオレンジ色だ。綺麗ではあるだろうが、それほど花に興味がある訳でもない。アデルバート暗殺未遂事件で、ダメになってしまったバラ園が順調に回復していることは喜ばしいが、なぜわざわざそんな言い方をするのだろう?
『…………』
 ルカが気付けない、アデルバートが含ませた微妙なニュアンスを感じ取ったのは、レフの方だった。オスライオンのぬいぐるみは、定位置となったルカのフードの中から、肩越しに画面上のアデルバートを睨み付けている。
 そこで不意に、部屋のドアが強めにノックされた。続いてユージーンの、彼らしくない大声が聞こえて来る。
「――先生! お時間です!」
 この後、村の有志達が村内を案内してくれることになっている。結界石の埋設場所の選定のためだが、向かうのはユージーンのみで、ベリンダは石の作成に集中する予定だ。材料収集の必要はあるものの、知っている場所であれば転移魔法の使えるベリンダに掛かれば、そう難しいことでもない。ややわざとらしい物言いは、終わらない通信(及びアデルバートによるルカの占有)に業を煮やしたためだろう。
 若き魔法士の意図を正確に察したらしいアデルバートが、フ、と意地悪く口元を歪めた。聡い王は、斥候隊が王宮に滞在した数日間で、彼らがそれぞれルカに寄せる執着のようなものに気付いていたようだ。
 しかし、それ以上の無理強いはせず、「まあ良い」と鷹揚おうように頷いて見せる。
『充分に気を付けよ』
 国王からの労いに、ルカとベリンダは揃って礼を取った。
 通信用の魔石は非常に高価なものだが、国からの支給分以外に、アデルバート個人所有の物もベリンダに手渡されていたことを、ルカは旅に出てから知らされた。
 ――嫌われるよりは好かれた方が良いに決まってる、でも。
 通信を終え、部屋の外の弟子に向かって「すぐ行くわ」と声を掛けるベリンダの機敏な所作を見遣りながら、ルカはまたしても小さく溜め息をついた。
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