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しおりを挟むわたしは、一口だけローズヒップティーを残しました。
全部飲んでしまう気はしませんでした。
こんなにこの紅茶の時間を繰り返したわたしですが、ローズの死に方は知らないのです。幾度ものループの中で、レオンはそれだけは口を割ってくれませんでしたから。
わたしにそれを聞かせることが、どれだけ酷か、分かっているのでしょう。
わたしは、レオンを愛していました。
でも、最愛が誰かと聞かれると、その質問には少し、困ってしまうのです。五歳のわたしがはじめて、自分の妹というものに触れ合った時―――――ちいさな五本の手で、わたしの指をそっと包んでくれた時のあの気持ちを、ずっと、宝箱にしまって生きてきたのです。レオンか、妹のローズか。どちらかしか生きられないとして。その選択肢が自分に与えられていたら、わたしは自分がどちらを選ぶのか、わかりません。それぐらいに、わたしは、二人のことを同じぐらい、愛していました。
レオンも、ローズを愛してくれていました。二人は、よい兄妹でした。少なくともわたしにはそう見えていたし、実際、何もなければ、本当にそうなるはずだったのでしょう。
「(――――でも、それだけでしたね)」
「……、カレン?」
わたしは、少しだけ残ったローズヒップティーの水面を眺めて。それから、目を閉じた後。最後に残ったそれを、やはり口に運びました。ひどく冷めていました。
「レオン、もう時間です。行かなくては」
もう、わたしの処刑が始まる時間です。
一時間というのは、やはり短いものですね。今回もすぐに、終わってしまいました。わたしは立ち上がって、微笑みと共に彼にそう促しましたが――――彼は、動く様子を見せませんでした。
「………………レオン、ほら。ちゃんと立たなくては」
わたしは彼の背をさすって、自分の両腕を前に突き出しました。彼の紅い目がわたしの手首を捉えて、視線を揺らします。
少しの静寂。時計の針の音だけが響きました。
ですがもう、処刑の15時まではあと、10分もありません。秒針が進む音を30回聴いた頃。
わたしは、彼の背中を抱きしめました。いつかそうしたように。
そしていつかそうであったように、レオンが、肩を振るわせます。
「…………だ…、」
「…………………レオン?」
ほんの小さな、囁き声でした。わたしはそれを聞き逃さないように、彼の背中にぴとりと耳をつけました。
「もう、君を殺したくない…………!!」
彼が漏らしたのは、苦悶の声でした。わたしはその瞬間に悟りました。繰り返しているのは、わたしだけではなく、彼もだったのだと。この、紅茶を飲み、そしてわたしを処刑する時間を、何度も、何度も彼は繰り返したのだと。
「どうして……っ、どうして、一時間前なんだ!もっと前なら、もっと前なら、君を助けられたかもしれなかった。そのもっと前なら、君の家族だって……」
レオンの声が、少し震え始めます。わたしは黙ったまま、彼を抱きしめていました。
「……………神は残酷だ。慈悲などない。全くやり直しのつかないこんな時間を、永遠に繰り返すのだから…!」
「……いいえ、レオン」
わたしは、そっと彼の髪を撫でてやりました。柔らかい金髪は、まるでちいさな頃のローズの髪の毛を思い出させるようでした。
「神は、いらっしゃいます。わたしたちを見ていてくれています」
「ならば、何故……ッ!」
「……神は、わたしの願いを聞いてくれました。わたし、あなたと……紅茶が飲みたかったんです。初めて死んだ時、それを願ったんです。あなたとまたずっと紅茶が飲みたいって。その願いを、神は叶えてくれました」
レオンの体の震えが、ほんの少しだけ止まりました。
彼が、わたしを振り返ります。紅い瞳が、わたしを見ました。その瞳の奥の光が、未だに愛しくてたまらない女を見る瞳だったことに、心が震えるほどの歓喜を覚えました。レオンが、口を開こうとしました。ですが、わたしは彼の両頬を包んで、そっとその口を塞ぎました。
――――長いようで、一瞬の口付けでした。
実際、時間としては短かったのでしょう。秒針が進む音を、5回も聴きませんでした。
「願いが叶って、わたし、ほんとうに…嬉しかったんです。震えるほど。あなたが、わたしと紅茶を何度も飲んでくれて、とても嬉しかった。あなたと紅茶を飲む時間が、嬉しくてたまらなかった……」
レオンが、涙に潤む瞳でわたしを見ていました。
これからこの女を、自分が殺さなければならないという、絶望と哀哭が、彼を包んでいるようでした。
――――私はやはり、歓喜に震える心を抑えられませんでした。神は確かに、いらっしゃるのです。だって、神はこの時間を与えてくれました。神は、ただ終わるはずだったわたしに、機会をくれたのです。
「――――だって、一緒に紅茶を飲んだ回数分。あなたは、わたしを、殺す羽目になるでしょう?」
また、時が止まりました。
いえ、秒針は進んでいるので、時は進んでいるのですが。そんな錯覚を起こすような沈黙が、降りました。
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