【完結】死に戻り王女カレンデュラの地獄〜死に戻るのは処刑の一時間前、紅茶の時間〜

海崎凪斗

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「…………怖くはないのか」

 微睡から目覚めるように、わたしは視線を上げました。
 紅茶の表面、その水面を、まるで波打ち際を眺めるように見つめてしまっていましたから、レオンが一瞬、何を言ったのかわかりませんでした。

「死ぬことが、恐ろしくないのかと。……そう聞いたんだ」

 彼は少しだけ苦しそうに、そう言いました。

 わたしは特に、驚きはしませんでした。
 彼は慈悲深い男です。革命軍の一派として父を殺したときも、母を捕らえたときも――――それから、自分の親友である兄を殺し。自分の妹になるはずだったローズを殺したその時も、彼はきっと、吐くほどに苦しんだのでしょう。眠れぬ夜を過ごしたのでしょう。

 わたしはカップを置きました。
 少しだけ、音が鳴ってしまいました。

 レオンに手を伸ばします。そっと、彼の頬を包みました。
 いつか、こんな風にしたことがあるのです。それから、指先で彼の目元をなぞります。色濃い隈が刻まれていました。彼がどんなに悩んだか、苦しんだか、そしてどれほどこの日を迎えたくなかったか。それを考えるだけで、頭がどうにかなりそうでした。

「怖くはありません。でも――――この時間が終わってしまうのは、少し、怖いです」

 でも、わたしの恐れは訪れない。
 またきっと、この時間に戻るのです。

 彼と一杯の紅茶を飲み、穏やかに語り合い、昔の愛しさを思い出しながら。もう開かなくなってしまった宝石箱。ガラスでできた宝石箱。触れることのできない中の宝石を眺めるような、そんな時間が、また続くのでしょう。

 だって、それこそが、わたしが最初の死の間際に願ったことなのですから。

 レオンは、顔を歪めます――――前も、彼はこんな顔をしていました。確かあれは、革命が起きるそのほんの少し前でした。

✴︎

 そもそも何故、騎士団長であるレオンが革命軍に行ったのか。

 それは、我が国の宰相による革命の動きがそもそもの発端でした。我が国の宰相でもある彼の父が、民を顧みないお父さまにしびれを切らし、革命の動きを見せていたのです。

「……せめて、お兄さまが即位された後、その結果次第でというわけにはいかないの?」
「何度もそう言った。次の王子には俺が何度も民への意志を説いている。少し待って欲しいと。だが、父はもうフォンセ王家を見限る気なんだ、カレン」
「………」

 あの忌まわしき革命が起きる一年ほど前。
 わたしの部屋で、レオンとわたしは議論を交わしていました。レオンは焦っているのか、口調が少し、畳み掛けるようでした。

「騎士団も八割以上が父に従った。もう彼らは、「やるかやらないか」の段階じゃない。「いつやるか」だけなんだ、カレン」
「…………騎士団がそうであるのならば、フォンセ王家はあっさりと敗北するでしょう。革命は、成功するのですね。レオン」

 わたしは、彼ほど頭は回りません。
 ですが、状況ぐらいはわかります。

 きっとお父さまとお母さまは、危機感を覚えていないのでしょうけれど。お兄さまは……どうでしょうか。お兄さまは、わたしたち家族や友にはたまらなく優しい方ですが、民草には意識が向いていない方ですから。レオンはお兄さまを賢君にしようとしていますが、宰相たる彼の父君がしびれを切らすのも、無理がないように思いました。

「……わたしが、一番最初に生まれていればよかったですね。そうしたら、わたしの伴侶であるあなたが、王になれたでしょう。宰相もそれであれば、納得したかもしれません」
「カレン、そんなことを言わないでくれ。……君が君を、どうしようもないことで攻めるのは、見ていて胸が裂けるようになる」

 わたしは目を伏せて、「ごめんなさい」と一言、口にしました。彼が美しい顔を歪ませるものですから、罪悪感に胸が痛みます。

「国王陛下と王妃様に、共和制に賛成なさるようにはお伝えできないか」
「……無理だと、断言できます。お父さまとお母さまは、自分たちのお立場がお好きなお二人です。下手に騎士団の勢力が革命を企てていることや、国論が共和制に寄っていることなど、わたしの口からお伝えしたのなら…………それこそ、滅茶苦茶な死刑を執行しかねません」

 宰相を殺せだとか。
 騎士団を粛清しろだととか。
 そういったことを言いかねない恐ろしさが、お父さまとお母さまにはありました。――――だって、ギロチンを作らせたのはお二人です。

 もっとも残虐に、見せしめになるような処刑器具を作れと。逆らうものは殺してしまえと。
 レオンの提言で、当初の残虐極まりない処刑器具から、あの見た目の割に受刑者の苦しみが比較的少ない、ギロチンへと姿を変えました。ですが、死刑の数は変わりません。

 多分、ご意見をお伝えしたところで、お父さまとお母さまが身内であるわたしを殺すことはないでしょうけれど、わたしにそんなことを吹き込んだ宰相を、騎士団を、それに――――レオンを殺せと、言うことは、十分にあり得てしまうのです。

「……できません。絶対に」

 わたしの瞳に、レオンは確かな意志を見たのでしょう。……苦しそうに、わたしに背を向けました。前髪をくしゃりと握りながら。噛み締めた歯と歯の隙間から漏れ出るような、苦悶の声で言葉を紡ぎます。

「………………、国王陛下と王妃様は殺されるだろう。…次期国王もだ」

 自分の親友であるお兄さままでもが殺される。
 その確実な死に、レオンは拳を強く、強く握りました。

「いや、それどころではない!王家の……王家の人間を皆殺せと、そう言うだろう!民衆の怒りは、限界まで達している。器から溢れ出した水は、洪水となり、フォンセ王家を全て飲み込むまで、止まらない。止まらないんだ、カレン。そうなったら、俺は――――!」
「……レオン」

 わたしは、レオンをそっと後ろから抱きしめました。
 彼の体が、小さく震えます。
 できることは、これしかありません。何を言っても、彼を傷付けることは、分かっていました。わたしが何かを口にすれば、それは彼を縛り付ける残酷へと、姿を変えてしまうのです。

「……………………カレン、」
「はい」
「……革命軍へ、参加しようと思う。そこで、俺が……俺が、武勲を立てる。……………要求を、通すことができるぐらいに。……君と、…ローズの助命を、嘆願できるぐらいに」

 お前の父の首は、自分が討ち取る。
 お前の母は、自分が革命軍の部下たちに下げ渡す。
 自分の友でもあるお前の兄は、俺が殺す。

 ――――それは、そういう宣言でした。
 胸が軋むように痛みました。民草にとっては最低な王たちでも、わたしは、自分の家族が好きでした。愛していました。でも、目の前で震える、この人も愛していたのです。……わたしの前で交わした約束を、震えながら守ろうとするこの人が、たまらなく愛しくて、哀しかったのです。

 わたしは、目を閉じました。
 脳裏に、あの春の記憶がよぎりました。お姉さまお姉さまと笑う妹と、愛おしい男。わたしのいちばん大切な宝物、ちいさなちいさなローズと、わたしたち姉妹を守ろうとする、棘が突き刺さって血を流す手に、胸が締め付けられるようでした。

「レオン」

 そっと、その背中に頬擦りをします。

「愛しています」

 レオンが、小さな嗚咽を漏らしました。
 今にして思えば、きっと、この言葉を言ってしまったことが、わたしの最大の間違いだったのでしょう。
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