4 / 6
03
しおりを挟む「…………怖くはないのか」
微睡から目覚めるように、わたしは視線を上げました。
紅茶の表面、その水面を、まるで波打ち際を眺めるように見つめてしまっていましたから、レオンが一瞬、何を言ったのかわかりませんでした。
「死ぬことが、恐ろしくないのかと。……そう聞いたんだ」
彼は少しだけ苦しそうに、そう言いました。
わたしは特に、驚きはしませんでした。
彼は慈悲深い男です。革命軍の一派として父を殺したときも、母を捕らえたときも――――それから、自分の親友である兄を殺し。自分の妹になるはずだったローズを殺したその時も、彼はきっと、吐くほどに苦しんだのでしょう。眠れぬ夜を過ごしたのでしょう。
わたしはカップを置きました。
少しだけ、音が鳴ってしまいました。
レオンに手を伸ばします。そっと、彼の頬を包みました。
いつか、こんな風にしたことがあるのです。それから、指先で彼の目元をなぞります。色濃い隈が刻まれていました。彼がどんなに悩んだか、苦しんだか、そしてどれほどこの日を迎えたくなかったか。それを考えるだけで、頭がどうにかなりそうでした。
「怖くはありません。でも――――この時間が終わってしまうのは、少し、怖いです」
でも、わたしの恐れは訪れない。
またきっと、この時間に戻るのです。
彼と一杯の紅茶を飲み、穏やかに語り合い、昔の愛しさを思い出しながら。もう開かなくなってしまった宝石箱。ガラスでできた宝石箱。触れることのできない中の宝石を眺めるような、そんな時間が、また続くのでしょう。
だって、それこそが、わたしが最初の死の間際に願ったことなのですから。
レオンは、顔を歪めます――――前も、彼はこんな顔をしていました。確かあれは、革命が起きるそのほんの少し前でした。
✴︎
そもそも何故、騎士団長であるレオンが革命軍に行ったのか。
それは、我が国の宰相による革命の動きがそもそもの発端でした。我が国の宰相でもある彼の父が、民を顧みないお父さまにしびれを切らし、革命の動きを見せていたのです。
「……せめて、お兄さまが即位された後、その結果次第でというわけにはいかないの?」
「何度もそう言った。次の王子には俺が何度も民への意志を説いている。少し待って欲しいと。だが、父はもうフォンセ王家を見限る気なんだ、カレン」
「………」
あの忌まわしき革命が起きる一年ほど前。
わたしの部屋で、レオンとわたしは議論を交わしていました。レオンは焦っているのか、口調が少し、畳み掛けるようでした。
「騎士団も八割以上が父に従った。もう彼らは、「やるかやらないか」の段階じゃない。「いつやるか」だけなんだ、カレン」
「…………騎士団がそうであるのならば、フォンセ王家はあっさりと敗北するでしょう。革命は、成功するのですね。レオン」
わたしは、彼ほど頭は回りません。
ですが、状況ぐらいはわかります。
きっとお父さまとお母さまは、危機感を覚えていないのでしょうけれど。お兄さまは……どうでしょうか。お兄さまは、わたしたち家族や友にはたまらなく優しい方ですが、民草には意識が向いていない方ですから。レオンはお兄さまを賢君にしようとしていますが、宰相たる彼の父君がしびれを切らすのも、無理がないように思いました。
「……わたしが、一番最初に生まれていればよかったですね。そうしたら、わたしの伴侶であるあなたが、王になれたでしょう。宰相もそれであれば、納得したかもしれません」
「カレン、そんなことを言わないでくれ。……君が君を、どうしようもないことで攻めるのは、見ていて胸が裂けるようになる」
わたしは目を伏せて、「ごめんなさい」と一言、口にしました。彼が美しい顔を歪ませるものですから、罪悪感に胸が痛みます。
「国王陛下と王妃様に、共和制に賛成なさるようにはお伝えできないか」
「……無理だと、断言できます。お父さまとお母さまは、自分たちのお立場がお好きなお二人です。下手に騎士団の勢力が革命を企てていることや、国論が共和制に寄っていることなど、わたしの口からお伝えしたのなら…………それこそ、滅茶苦茶な死刑を執行しかねません」
宰相を殺せだとか。
騎士団を粛清しろだととか。
そういったことを言いかねない恐ろしさが、お父さまとお母さまにはありました。――――だって、ギロチンを作らせたのはお二人です。
もっとも残虐に、見せしめになるような処刑器具を作れと。逆らうものは殺してしまえと。
レオンの提言で、当初の残虐極まりない処刑器具から、あの見た目の割に受刑者の苦しみが比較的少ない、ギロチンへと姿を変えました。ですが、死刑の数は変わりません。
多分、ご意見をお伝えしたところで、お父さまとお母さまが身内であるわたしを殺すことはないでしょうけれど、わたしにそんなことを吹き込んだ宰相を、騎士団を、それに――――レオンを殺せと、言うことは、十分にあり得てしまうのです。
「……できません。絶対に」
わたしの瞳に、レオンは確かな意志を見たのでしょう。……苦しそうに、わたしに背を向けました。前髪をくしゃりと握りながら。噛み締めた歯と歯の隙間から漏れ出るような、苦悶の声で言葉を紡ぎます。
「………………、国王陛下と王妃様は殺されるだろう。…次期国王もだ」
自分の親友であるお兄さままでもが殺される。
その確実な死に、レオンは拳を強く、強く握りました。
「いや、それどころではない!王家の……王家の人間を皆殺せと、そう言うだろう!民衆の怒りは、限界まで達している。器から溢れ出した水は、洪水となり、フォンセ王家を全て飲み込むまで、止まらない。止まらないんだ、カレン。そうなったら、俺は――――!」
「……レオン」
わたしは、レオンをそっと後ろから抱きしめました。
彼の体が、小さく震えます。
できることは、これしかありません。何を言っても、彼を傷付けることは、分かっていました。わたしが何かを口にすれば、それは彼を縛り付ける残酷へと、姿を変えてしまうのです。
「……………………カレン、」
「はい」
「……革命軍へ、参加しようと思う。そこで、俺が……俺が、武勲を立てる。……………要求を、通すことができるぐらいに。……君と、…ローズの助命を、嘆願できるぐらいに」
お前の父の首は、自分が討ち取る。
お前の母は、自分が革命軍の部下たちに下げ渡す。
自分の友でもあるお前の兄は、俺が殺す。
――――それは、そういう宣言でした。
胸が軋むように痛みました。民草にとっては最低な王たちでも、わたしは、自分の家族が好きでした。愛していました。でも、目の前で震える、この人も愛していたのです。……わたしの前で交わした約束を、震えながら守ろうとするこの人が、たまらなく愛しくて、哀しかったのです。
わたしは、目を閉じました。
脳裏に、あの春の記憶がよぎりました。お姉さまお姉さまと笑う妹と、愛おしい男。わたしのいちばん大切な宝物、ちいさなちいさなローズと、わたしたち姉妹を守ろうとする、棘が突き刺さって血を流す手に、胸が締め付けられるようでした。
「レオン」
そっと、その背中に頬擦りをします。
「愛しています」
レオンが、小さな嗚咽を漏らしました。
今にして思えば、きっと、この言葉を言ってしまったことが、わたしの最大の間違いだったのでしょう。
14
あなたにおすすめの小説
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
復讐の恋〜前世での恨みを今世で晴らします
じじ
恋愛
アレネ=フォーエンは公爵家令嬢だ。美貌と聡明さを兼ね備えた彼女の婚約者は、幼馴染で男爵子息のヴァン=オレガ。身分違いの二人だったが、周りからは祝福されて互いに深く思い合っていた。
それは突然のことだった。二人で乗った馬車が事故で横転したのだ。気を失ったアレネが意識を取り戻した時に前世の記憶が蘇ってきた。そして未だ目覚めぬヴァンが譫言のように呟いた一言で知ってしまったのだ。目の前の男こそが前世で自分を酷く痛めつけた夫であると言うことを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる