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第二章
いい物件だと思ったのだけれど
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ベルナルドに改めてお礼を言い、マリナと共に部屋へ帰ると、玄関の前にこの部屋を紹介してくれた不動産屋の主人が佇んでいた。恰幅のいい不動産屋の主人は、エステルとマリナの姿を見つけると、ふぅふぅ言いながら汗を拭き、こちらに向かって頭を下げた。
「いやぁ、先日はどうも。実はですな、ちょっと困ったことが起こりまして…」
玄関先では何なのでとエステルはご主人を部屋に招き、マリナがお茶を出した。
ご主人は恐縮しながらも出されたお茶を飲み干すと、「実はですなぁ」と話を切り出した。
「こちらのアパートメントのオーナーの息子さんが、急遽こちらに戻ってくることになられましてなぁ。それで住むところが必要だという話で、以前住んでいたこのアパートメントの部屋へ入りたいと言われまして」
「そうなのですか……」
「それでですな、その話があったのがちょうどエステルさんが部屋を借りられたタイミングと同じでして、オーナーの方は息子さんにこの部屋が空いているから使っていいと返事をしていたそうで」
「えっ」
ここへ来てようやくこの話と自分との関わりを理解したエステルは「それで?」と急くように先を促した。
「それでですな、当方といたしましてはもちろんエステルさんにすでにお貸ししているわけでして、オーナーの方からも一任されておりましたので、それは困ると申し上げたのです。息子さんには別の部屋をご紹介しますのでとお断りしたのですが、どうもその息子さんが以前もこの部屋に住んでいて、どうしても慣れた同じ部屋がいいと言われているそうで」
「つまりわたしたちに部屋を出てほしいと、そういうことでしょうか」
エステルがずばりと聞くと、ご主人は恐縮しきってまた汗を拭いた。
「まぁその、単刀直入に申しますとそういうことです。オーナーの方も、本当に申し訳ないとしきりに謝られるのですが、やはり息子さんがどうしてもと言われるので無理なお願いとわかっていながらもなんとかならないかと相談されまして。オーナーのご婦人はとてもいい方で、いつもなら絶対にこのような無理はおっしゃらない方なんですが、今回はどうしてもとおっしゃられるものでして」
「……そうなのですね」
ご主人としてもどうしようもない話なのだろう。お互い話の行き違いでそうなったのなら、オーナーの方にも不動産屋のご主人にも落ち度はない。
「どうされます? お嬢様」
マリナが心配そうに尋ねてくる。ここで無理ですとエステルが断ることもできるのだろうが、エステルとしては何も必ずこの部屋でなければならないということはない。もちろん気に入ってはいたけれど、そういう事情があり、困っている方がいるのなら仕方のないことだ。
「わかりました。わたしがここを出ます。それで全て丸く収まるのでしょう?」
エステルが了承すると、ご主人は恐縮しきりで本当に申し訳ないことですと何度も繰り返した。
「エステルさんにそう言っていただけると、本当に助かります。ありがとうございます。どうなることかとずっと気を揉んでおりましたが、そう言っていただけて本当にありがたいことです」
「あの、それで新しいお部屋はまた紹介していただけるのですか?」
「それなのですが……」
ご主人は身を縮めて額の汗を拭いた。
「実はこの部屋と同価格帯でご紹介できる物件が今のところございませんで……。あ、もちろんもっと高いところや安いところなら空きはあるのですが…」
「ここよりも高いところは無理だわ。安いところで場所もこの辺りでいい部屋はあるかしら?」
「ではこの辺りのお部屋はどうでしょう」
そう言ってご主人は五件ほど物件を紹介してくれた。
が、マリナと二人で住むには狭すぎたり、クレトの邸から遠すぎたり、大通りに面した雑多な場所であったりとどれも難のある物件だった。やはり価格が落ちるとその分何か瑕疵があるものなのだろう。
いい物件が出てくるまで待つという手もあるのだが。
「あの、ここっていつまでに出なければならないのですか?」
「それがですね、息子さんはあと三日ほどで戻られるそうで」
「三日、ですか」
たった三日でいい物件が出てくるとも思えない。
「どうしましょう……」
うーんと悩んでいると部屋の扉がノックされた。
マリナが出ると、訪問客はクレトの邸の執事ブラスだった。
「あら、ブラスさん。こんなところまでどうかされましたか?」
訪問の訳を聞けば、ブラスは懐から綺麗にアイロンがけされたハンカチを取り出した。
「お忘れ物をお届けに参りました」
確かにこのレースのハンカチはエステルのものだ。クレトと訪れた街の屋台で目につき購入した。今朝ワンピースの胸元に飾りとして挿していた。知らぬ間に落ちてしまったのだろう。
「わざわざすみません。邸に置いておいていただければよかったのに、ブラスさんの手を煩わせてしまいました」
「いえいえ。もしないとわかり探されていてはと思いまして。ちょうど仕事も手が空いておりましたので。―――ところでこちらのお方は?」
テーブルにつく不動産屋のご主人を見てブラスが聞く。
ついでに困り顔のエステルから事情を聞き出すと、ブラスはすぐさま解決策を提示した。
「いやぁ、先日はどうも。実はですな、ちょっと困ったことが起こりまして…」
玄関先では何なのでとエステルはご主人を部屋に招き、マリナがお茶を出した。
ご主人は恐縮しながらも出されたお茶を飲み干すと、「実はですなぁ」と話を切り出した。
「こちらのアパートメントのオーナーの息子さんが、急遽こちらに戻ってくることになられましてなぁ。それで住むところが必要だという話で、以前住んでいたこのアパートメントの部屋へ入りたいと言われまして」
「そうなのですか……」
「それでですな、その話があったのがちょうどエステルさんが部屋を借りられたタイミングと同じでして、オーナーの方は息子さんにこの部屋が空いているから使っていいと返事をしていたそうで」
「えっ」
ここへ来てようやくこの話と自分との関わりを理解したエステルは「それで?」と急くように先を促した。
「それでですな、当方といたしましてはもちろんエステルさんにすでにお貸ししているわけでして、オーナーの方からも一任されておりましたので、それは困ると申し上げたのです。息子さんには別の部屋をご紹介しますのでとお断りしたのですが、どうもその息子さんが以前もこの部屋に住んでいて、どうしても慣れた同じ部屋がいいと言われているそうで」
「つまりわたしたちに部屋を出てほしいと、そういうことでしょうか」
エステルがずばりと聞くと、ご主人は恐縮しきってまた汗を拭いた。
「まぁその、単刀直入に申しますとそういうことです。オーナーの方も、本当に申し訳ないとしきりに謝られるのですが、やはり息子さんがどうしてもと言われるので無理なお願いとわかっていながらもなんとかならないかと相談されまして。オーナーのご婦人はとてもいい方で、いつもなら絶対にこのような無理はおっしゃらない方なんですが、今回はどうしてもとおっしゃられるものでして」
「……そうなのですね」
ご主人としてもどうしようもない話なのだろう。お互い話の行き違いでそうなったのなら、オーナーの方にも不動産屋のご主人にも落ち度はない。
「どうされます? お嬢様」
マリナが心配そうに尋ねてくる。ここで無理ですとエステルが断ることもできるのだろうが、エステルとしては何も必ずこの部屋でなければならないということはない。もちろん気に入ってはいたけれど、そういう事情があり、困っている方がいるのなら仕方のないことだ。
「わかりました。わたしがここを出ます。それで全て丸く収まるのでしょう?」
エステルが了承すると、ご主人は恐縮しきりで本当に申し訳ないことですと何度も繰り返した。
「エステルさんにそう言っていただけると、本当に助かります。ありがとうございます。どうなることかとずっと気を揉んでおりましたが、そう言っていただけて本当にありがたいことです」
「あの、それで新しいお部屋はまた紹介していただけるのですか?」
「それなのですが……」
ご主人は身を縮めて額の汗を拭いた。
「実はこの部屋と同価格帯でご紹介できる物件が今のところございませんで……。あ、もちろんもっと高いところや安いところなら空きはあるのですが…」
「ここよりも高いところは無理だわ。安いところで場所もこの辺りでいい部屋はあるかしら?」
「ではこの辺りのお部屋はどうでしょう」
そう言ってご主人は五件ほど物件を紹介してくれた。
が、マリナと二人で住むには狭すぎたり、クレトの邸から遠すぎたり、大通りに面した雑多な場所であったりとどれも難のある物件だった。やはり価格が落ちるとその分何か瑕疵があるものなのだろう。
いい物件が出てくるまで待つという手もあるのだが。
「あの、ここっていつまでに出なければならないのですか?」
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「いえいえ。もしないとわかり探されていてはと思いまして。ちょうど仕事も手が空いておりましたので。―――ところでこちらのお方は?」
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