出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
45 / 53
番外編2

クレトには話さないで

しおりを挟む
 イアンの大きな泣き声に、一番最初に気が付いたのはロレッタだった。

「イアン? どうしたの?」

 ロレッタは駆け寄ってくると優しくイアンを抱きしめた。イアンは母親にしがみついてわんわん声をあげて泣きながら、「……エステルが、エステルが…」としゃくりあげる。

「エステルさんがどうかしたの?」

「エステルが僕にうそつくんだ!」

「……あの、うそってそんなわたし…」

 エステルは否定しようとしたが、その声にかぶせるようにイアンは更に大きな声で泣く。ロレッタがなだめてもイアンは、「エステルが悪いんだ! 僕にうそなんかつくからだ」と喚き、大きな泣き声にマリナもブラスも何事かとやって来た。

 聴衆が増えるとイアンは更に、

「エステルがうそつくんだ。エステルはうそつきだ! お母様にここにいてほしくないから、だから僕にうそをつくんだ」

 そう言いだし、ロレッタの胸に顔を埋めて泣く。
 ロレッタは戸惑ったようにエステルを見、マリナとブラスまでも顔を見合わせる。
 これでは完全にエステルが悪者だ。
 自分はうそもついていないし、悪くもない。そうわかっているのに、子供の泣き声には破壊力と説得力がある。
 何も間違ったことはしていないと思うのに、イアンを泣かせてしまった事実だけが大きくのしかかった。
 子供相手に本気になって言い返した自分も愚かだった。

「……お嬢様…」

 マリナがそっとエステルの側に来て、その背を押した。

「一旦お部屋に戻りましょう。イアンが落ち着いてから話をしたほうがいいと思いますので」

「でも待って、わたし本当に―――」

 疑われたままこの場を去りたくはなかった。マリナとブラスにだけでも、本当のことを知ってほしかった。
 口を開こうとすると、マリナが首を振った。

「大丈夫ですよ、お嬢様。このマリナ、お嬢様のことはずっとお側で見てきたのです。お嬢様がうそをついてまで小さな子供を泣かせるような方ではないこと、よっく存じております」

「―――でも、さっき……」

 ブラスと顔を見合わせていた。戸惑っていた。
 言葉にはできず、訴えるようにマリナを見ると、マリナは頷いた。

「あれはどのように対処したらいいかと、ブラス様と示し合わせただけですよ。決してお嬢様のことを疑ったわけではございません。―――さぁ、参りましょう」

 マリナに促されるまま、まだ泣いているイアンを残しエステルはその場を後にした。













 その後、エステルの気持ちが落ち着いたところで客間の一室に場を移し、マリナとブラス二人にイアンとのこれまでのやり取りを包み隠さず白状した。

「まぁ、そんなことをイアンが? いつも夜になるとお嬢様を探しておいでなので、よっぽどお嬢様のことをお気に召したのだろうと思っておりましたのに」

 マリナは驚き、ブラスは渋面を作って「あの、」と遠慮がちに割って入った。

「このこと、クレト様には? お話になっておられないのですか?」

「……ええ」

 子供の言っていることだ。クレトに心配をかけたくないとエステルが言うとブラスは、

「しかしエステル様。ここはクレト様からはっきりとイアンにおっしゃってもらったほうがいいのではないでしょうか。実現しない望みを抱かせ無駄なことをイアンに続けさせるよりはよいと思うのですが」

「あの、ブラスさん……。その、クレトとロレッタさんとは、以前本当にお付き合いをしていたのですか?」

 クレトのことに詳しいブラスならば知っているだろう。
 そう思って一番気になっていたことを聞くと、ブラスは「申し訳ございません、存じ上げません」と首を振る。

「私の知る限りではそのような事実はないと存じますが、私はこの港町にクレト様が居を構えられてからの執事なのです。ですからクレト様の帝都時代のことを全て把握しているわけではございません。ただ、ロレッタ様とは、クレト様について帝都に赴いた際、何度かお会いしたことがあるのです。というのもロレッタ様の亡くなられた旦那様とクレト様がご友人でして、その関係でクレト様はロレッタ様と親しくされていたのです。ですから生活に困ってこちらに来られたロレッタ様のことを、クレト様は無下にはできなかったのだと思います」

「……そうだったんですね」

 自分の友人の妻が困っていたら、手を差し伸べるのは当然なのかもしれない。
 人付き合いの経験がほとんどないエステルには、想像するしか術はないが……。

 クレトはきっとただ純粋に友人を助けたいと思っているにすぎないのだろう。例えイアンにどんな思惑があろうと、クレトには関係のない話なのだ。

「あの、ブラスさん。それにマリナも。このことはやっぱりクレトには話さないでほしいの」

「しかしお嬢様」
「それはいけません、エステル様」

 マリナとブラスは同時に声をあげた。
 が、エステルはきっぱりと首を振った。

「わたし、自分でなんとかしてみるわ。小さな子供のすることに振り回されて何もできないなんて、クレトにそう思われたくないの」

 こんなことでクレトを失いたくない。守りたいものは自分の手でしっかりとつかんでいなくてはならないのだ。
 
「わたし、もう一度イアンと話してみるわ。イアンは? どうしているの?」

「今はよく眠っておいでですよ。泣いてつかれたのでしょう」とブラス。

「……そう」

 エステルのしようとしていることは、あの小さな子の抱く、母親に幸せになってもらいたいという大きな望みを断ち切るような残酷なことだ。自分にそんなことができるのかは正直わからない。
 まだ眠っていると聞いて、ほっとする自分がいた。



 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...