出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

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番外編2

物置小屋

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 帰宅すると玄関扉の前にイアンが待ち構えていた。
 エステルの姿を認めるとむんずと袖をつかんでくる。

「エステル。朝は悪かったな」

 また言い合いになるのだろうかと危惧したが、イアンは素直に謝ってくる。エステルも「ううん、こちらこそきつい言い方をしてしまってごめんなさい」と頭を下げると、イアンはエステルの袖を引いた。

「こっち来てエステル。仲直りだ。一緒に遊ぼう」

 まだ外套も脱がない内から手を引かれ、エステルは「ちょっと待って」とイアンを止めた。

「一度邸に入ってからでもいいかしら。マリナやブラスさんに戻ったことを知らせておかないと」

 二人ともエステルの帰りが遅いと心配する。
 邸の玄関扉に手をかけようとすると、イアンはその手をつかんだ。

「ちょっとだけだからさ。いいでしょ? お庭の奥にある小屋にお母様の作ったお菓子をおいてあるんだ。一緒に食べよう」

 確かに庭の奥には庭道具の入った物置小屋がある。中は明かりがないので薄暗く、もうすぐ日が沈めば真っ暗だろう。そんなところで、とは思ったけれど子供の考えることだ。いつもと違うところで向き合って食べるのも楽しいのかもしれない。
 少しだけというイアンの言葉を信じ、エステルは邸に入ることなく庭奥の物置小屋へ、イアンに引かれるままに向かった。

 物置小屋の扉は開いていた。棚の並ぶ隙間の床にショールが敷いてある。その上にお菓子が並べられていた。

「さぁ、入って」

 イアンに押され、エステルは先に小屋に入った。が、数歩足を踏み入れたところで後ろからイアンに体当たりされ、思わずショールの上に膝をつく。
 すると背後でギィと蝶番のきしむ音がし、エステル一人残して扉が閉められた。

「……え…?」

 何が起こったのかわからなかった。板の継ぎ目からわずかに差し込む明かりを残して辺りは真っ暗だ。驚いている間に扉からは更に、がちゃんと掛け金のかけられる音がする。

「あの、イアン? なに……?」

「エステルは今日の夜はそこにいて」

「……どういうこと?」

「だから今日の夜はそこにいて。そしたらお母様はずっとクレトといられるだろう? 絶対クレトとお母様は結婚するんだからな。うそつきはエステルのほうだ」

 捨て台詞のように叫んでイアンの駆ける足音が遠ざかっていく。

「え、ちょっと待って。開けてイアン」

 エステルは扉をこぶしでたたいて呼んだが、イアンの足音は戻ってこない。辺りは静まり返っている。

「……どうしよう…」

 完全に閉じ込められ孤立した。この物置小屋は邸の広大な庭の奥まった場所にあり、庭師がやって来たときにしか開かれることはない。場所も邸の建屋からは離れているため声を張り上げてもマリナたちには届かない。

「……はぁ…」

 エステルはずるずると扉を背にしてその場に座り込んだ。
 イアンは今日の夜と言っていたので、おそらく明日の朝には鍵を開けに来るのだろう。それまで待つしかないのだろうか。エステルが帰ってこなければマリナもブラスも心配するし、それにクレトも……。

 一瞬、いつもエステルの居場所であるテラスの指定席にロレッタが座り、二人で杯を傾ける情景が頭に浮かんだ。が、すぐにエステルはその光景をかき消した。
 クレトが戻ってこないエステルを探しもせずに、誰かとお酒を飲むわけがない。そんなことは絶対にしない。
 きっと必死になって探してくれる。

「……クレト…」

 名を呟いたら、きゅるるとお腹が切なげに鳴る。今日は朝からイアンとの騒動があり、全く食欲が湧かず朝も昼も食べていない。口にしたのはセブリアンが注文してくれたショートケーキだけだ。
 目の前にはイアンの用意したお菓子が並んでいる。
 エステルはそっとお菓子に手を伸ばした。クッキーやパウンドケーキなど、数種類の焼き菓子が並べられている。どれも見た目がよく、甘い香りを放っていた。

 エステルは摘んだクッキーを口に運んだ。さくっとした食感のあと、ほろりと口の中でとろけるように崩れていく。いつまでも余韻を引く優しい甘さが舌に残る。やっぱりおいしい。

 今夜一晩エステルがここに閉じ込められたからといって、イアンの言う通りクレトとロレッタがどうにかなるとは思わない。でもこれから先、時を重ねていけば、家庭的で気の利くロレッタのような女性が、何もできないエステルに勝るのかもしれない。クレトとずっと一緒にいるためには、このままではいけないのかもしれない……。

 公爵家を飛び出してから、エステルはただ目の前のことをひたすらに吸収しようと努力したつもりだ。半人前でも仕事を一人でこなせるようになり、人との付き合い方も少しは学んだつもりだ。
 でもクレトとずっと一緒にいるためにはそれだけではだめだったのだ。努力の方向性が間違っていた……。

 板の隙間から差し込んでいた陽光の光が弱くなってきた。もうすぐ日が沈む。
 太陽の光がなくなれば、小屋の中は真っ暗になるだろう。本当の暗闇に取り残された経験のないエステルは、ぶるりと我知らず身震いした。闇が怖いなんてまるで子供だ。クレトが他の女性にとられそうになっているのに、何もできないのと同じ。ただ指をくわえて見ているしかできない子供と同じだ。
 
 エステルは顔を両手で覆ってしゃがみこんだ。本当の闇に覆われる前に、真の闇を見ないで済むように両目を閉じた。そうして目を閉じていると、自分の嗚咽交じりの息遣いがやけに大きく聞こえた。


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