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番外編2

必ず見つけ出す

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「まだ戻っていない?」

 日が完全に西の地平に沈み、夜も深まった頃クレトは帰宅した。帰宅してすぐに玄関で出迎えたブラスから、エステルがまだ外出先から戻っていないことを聞き、外套を脱ごうとした手を止めた。
 あと数時間もすれば日付の変わる時間だ。こんな遅くまで、なんの連絡もなく帰宅していないというのは明らかにおかしい。

「今日はセブリアンとの商船の打ち合わせに行ったはずだ。セブリアンには確かめたのか?」

「はい。クレト様。もちろんでございます。エステル様とは大通りのカフェで別れたそうで、邸に向かって歩いていかれるのを見ていたとおっしゃっていました。まだ戻っていないと言うと、とても驚かれて、セブリアン様にも探してもらっております」

 他にも邸の者を使い、セブリアンと打ち合わせをしたカフェから邸までの道筋を中心に探させているという。マリナもじっとしていられず、外に探しに出たそうだ。

「私も探しに出る」

 邸でのんびりと構えている場合ではない。エステルの身に何かあったのかもしれない。不安が押し寄せ、それに覆われる前にクレトはたった今入ってきた玄関扉を開いた。

 するとどこから走ってきたのか、いつの間にかロレッタの息子のイアンが足元にいて、クレトの開いた扉を押し戻した。

「あのさ、クレト。エステルならたぶんそのうち戻ってくるよ。それよりさ、今日はお母様の誕生日なんだ。一緒にお祝いしてくれないかな」

「ロレッタの?」

 それは知らなかった。けれど今はお祝いなどできる気分ではなかった。

「悪いがイアン。それはまた後日改めて。エステルが心配だ」

「エステルなら大丈夫だって。明日の朝になったら帰ってくるよ。だからお願い、今日はお母様のお祝いをしてあげて」

 イアンはクレトの外套の袖を引っ張ってねだる。母親の誕生日を祝ってほしいという気持ちはわかるが、それでもクレトは首を振った。

「悪いがお祝いはまた後日だ。私はエステルを探しに行く」

 事故にあったか、人さらいにあったか、または思いもよらないトラブルに巻き込まれたのか。考えれば考えるほど不安が押し寄せる。様々な想像が頭に飛来した。

 あるいは自ら姿を消した可能性はないだろうか。エステルは昨夜テラスで会ったとき元気がなかった。何か思い悩んでいるようだった。

 けれどクレトはその可能性を真っ先に消去した。クレトの知るエステルは、たとえどんなことがあろうと黙って姿を消すようなことはしない。クレトに心配をかけまいといつも気丈にしているエステルが、そんなことをするはずがない。

 だとしたら―――。

 やはりエステルの身に何かあったのだろう。この港町は治安のよい地域だが、人さらいや強盗が全くないわけではない。こんなことになるのなら、いつもエステルを側において、何をするにも一緒に行動していればよかった。片時も側を離れず、エステルが嫌になるくらい一緒にいればよかった……。

 エステルが今どんな気持ちでいるのかを想像し、己の至らなさにクレトは握りしめたこぶしを震わせた。

「……クレト様…」

 ブラスの気遣うような呼びかけに、クレトはふぅっと息を吐きだした。
 とにかく一刻も早くエステルを見つけ出さなければならない。

「他の者から何か動きがあれば知らせてくれ。私も街に探しに出る。それからブラス、街の自警団を叩き起こして街中を捜索するよう頼んでくれ。更に商売で伝手のあるこの街全ての者に協力を要請するように。アリの子一匹見逃さぬくらい街中すべてに目を作ってやる。そして必ずエステルを見つけ出す」

「かしこまりました」

 クレトは夜闇のなかへと飛び出した。








***







 
 
 クレトの飛び出していった玄関扉の前でイアンは呆然と立ち尽くした。
 お母様の誕生日だとうそまでついたのに、クレトはエステルを探しに出てしまった。誕生日だと言えば一緒にお祝いしてくれると思ったのに。お母様とクレトが二人で過ごせば、絶対結婚すると思ったのに。

 なのにクレトはお母様のことなんて全然気にかけないで飛び出していった。イアンだって止めたのに。朝になったらエステルは帰ってくるって言ったのに。

 イアンの言葉なんて全然聞かずに行ってしまった。

 クレトがいなくては、何のためにエステルを物置小屋に閉じ込めたのかわからない。それだったら、いつもみたいにエステルを呼び出して、クレトから離したほうがよかった。そうしたら、今頃お母様はクレトと一緒にいられたのに。
 失敗だ。大失敗だ。
 こんなんだったら、今すぐエステルを連れてきて、クレトが帰ってくるようにした方がまだましだ。

 イアンはそう思い、そろりと玄関を抜け出した。
 
 夜の庭は真っ暗だった。月明かりを頼りに物置小屋へと進む。かさかさとどこからともなく音がし、芝生を踏む自分の足音にさえイアンはびくびくした。

 こんな暗くて怖い場所にエステルを閉じ込めたことを、イアンは初めて後悔した。イアンはお母様とクレトがくっついてほしいだけで、別にエステルのことは嫌いではない。それなのにこんな夜の庭に一人ぼっちにして、かわいそうなことをした。

 なんとか物置小屋まで辿り着き、扉の掛け金を外そうと手を伸ばしたイアンだが、あれ?と思ってその手を止めた。
 掛け金が外れている。確かにかけたはずなのに……。

 どうして、と思いながら扉を開き、中へ声をかけた。

「エステル、エステル」

 何度か呼びかけても返事がない。ショールの上のお菓子がなぜか踏み荒らされたように粉々になっていた。

 イアンは勇気を振り絞って小屋の中へ入り、見て回った。が、―――。

 エステルはどこにもいなかった。忽然と姿を消していた。
 

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