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第三章
時有はどこに
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祥文帝との謁見が終わり、康夜はすぐにでも日本へ還るつもりだった。
あんな独裁者が支配する異世界など、早々に立ち去りたい。奈生金のいびつに膨らんだ腕を見てぞっとした。次は自分の番かもしれない。これ以上痛い目をみるのは絶対に嫌だった。
その奈生金からは、祥文帝との謁見は二度とかなわないだろうといわれ、ほっとした。
なにをそんなに残念そうに言われるのかがさっぱりだ。
謁見などこっちから願い下げだ。
打ち付けられた背中が痛いし、枝がかすめた腕も熱を持ったように痛む。こんな目に遭うのならもう二度と会いたくはない。何だったらもう二度と平安国には来なくてもいい。
いつまたしなる木に身体を打ちすえられるか。もしかしたら奈生金のように腕に木の枝を入れられるかもしれない。考えただけでもぞっとする。
そんな目に遭うくらいなら、日本でちやほやしてくれる男の子と遊んでいる方が百倍ましだ。
これでやっと還れるとほっとしたのも束の間、奈生金に連れられて入った部屋には康夜の着せられたものと同じ緋色の衣を着た者たちが待ち構えていた。
「えっと……。この方たちは?」
「火の血族の者たちだ」
五人いた緋色の衣の女性たちは、康夜が入ってくると一様に頭を下げた。よく見ると同じ衣だと思ったが、彼女たちの身に着けているものは光沢がなく、少しくすんだ緋色の木綿だ。装飾も少なく、明らかに康夜の着ている衣より質が落ちる。
「この者たちが火の屋敷へ案内する。術者として目覚めた康夜には宮が与えられ、この者たちが身の回りの世話をするだろう。わからないことがあればこの者たちに聞くとよい」
「―――待ってください。わたし一度日本へ戻らないと」
一度と言ったが、戻れば二度とこちらへ来るつもりはなかった。
「祥文帝のお許しが出るまで火の屋敷で待て」
「お許しって……。日本へ還るのに、祥文帝のお許しが必要なの?」
「当たり前だ。血族、術者すべて祥文帝のもの。勝手にこの国を出ていくことは叶わん」
「……そんな」
奈生金は有無を言わさずそう告げると去っていった。
五人の女性たちに連れられ、案内された火の屋敷は、屋敷というより一つの大きな区画のことで、その区画の中に沢山の棟が立ち並んでいた。
その棟の一つが、康夜に与えられた宮だった。
康夜一人のためにしては大き過ぎるほど大きく立派な建物だ。
火の血族に連なる者たちは皆この区画で生活を共にしているらしい。
中でも、力のある術者にのみ、独立した宮を与えられ、力のない血族は術者の世話や下働きをしているという。
康夜につけられた五人の女性たちも血族ではあるが術者ではなく、力に目覚めた康夜よりも一段低い地位にあった。序列は厳然としており、衣食住全てにおいて優劣がつけられていた。
「あの……」
「はい。康夜さま」
声をかけると女性の一人が跪いて応じてくれる。
「ひとつ、聞いてもいい?」
「なんなりと」
「わたしの祖父の時有は、力が強いの?」
そのようなことを祥文帝が言っていたのが気になっていた。あの時有、と祥文帝がそんな言い方をしていた。
「はい、左様にございます。時有さまの術者としての力はおそらくすべての血族のなかで一番かと」
「そんなに?」
自在にうごめく木に翻弄された康夜は半信半疑で聞き返す。
「はい。私共は時有さまが力を出し切った姿を見たことはございませんが、力を抑えながら遣われても木の長である緑香さま、金の長である奈生金さま、誰も太刀打ちできません」
「そんなにすごいんだ……」
康夜では緑香の攻撃を燃やし尽くすことはできなかった。
祥文帝ががっかりするわけだ。
「それで? 時有さまはどこにいるの? 会ってみたいわ」
「時有さまは、現在有明さまと共に幽閉中でございます」
「幽閉って……。それに有明って…」
祖父も伯父も幽閉中?
「そんなに力が強いのにどうして幽閉なんか……」
女性は逡巡しながらも康夜の質問には答える義務があるとばかりに二人が幽閉されるに至った経緯を話した。
未令の父が日本へ還ってこなかったはずだ……。
あんな独裁者が支配する異世界など、早々に立ち去りたい。奈生金のいびつに膨らんだ腕を見てぞっとした。次は自分の番かもしれない。これ以上痛い目をみるのは絶対に嫌だった。
その奈生金からは、祥文帝との謁見は二度とかなわないだろうといわれ、ほっとした。
なにをそんなに残念そうに言われるのかがさっぱりだ。
謁見などこっちから願い下げだ。
打ち付けられた背中が痛いし、枝がかすめた腕も熱を持ったように痛む。こんな目に遭うのならもう二度と会いたくはない。何だったらもう二度と平安国には来なくてもいい。
いつまたしなる木に身体を打ちすえられるか。もしかしたら奈生金のように腕に木の枝を入れられるかもしれない。考えただけでもぞっとする。
そんな目に遭うくらいなら、日本でちやほやしてくれる男の子と遊んでいる方が百倍ましだ。
これでやっと還れるとほっとしたのも束の間、奈生金に連れられて入った部屋には康夜の着せられたものと同じ緋色の衣を着た者たちが待ち構えていた。
「えっと……。この方たちは?」
「火の血族の者たちだ」
五人いた緋色の衣の女性たちは、康夜が入ってくると一様に頭を下げた。よく見ると同じ衣だと思ったが、彼女たちの身に着けているものは光沢がなく、少しくすんだ緋色の木綿だ。装飾も少なく、明らかに康夜の着ている衣より質が落ちる。
「この者たちが火の屋敷へ案内する。術者として目覚めた康夜には宮が与えられ、この者たちが身の回りの世話をするだろう。わからないことがあればこの者たちに聞くとよい」
「―――待ってください。わたし一度日本へ戻らないと」
一度と言ったが、戻れば二度とこちらへ来るつもりはなかった。
「祥文帝のお許しが出るまで火の屋敷で待て」
「お許しって……。日本へ還るのに、祥文帝のお許しが必要なの?」
「当たり前だ。血族、術者すべて祥文帝のもの。勝手にこの国を出ていくことは叶わん」
「……そんな」
奈生金は有無を言わさずそう告げると去っていった。
五人の女性たちに連れられ、案内された火の屋敷は、屋敷というより一つの大きな区画のことで、その区画の中に沢山の棟が立ち並んでいた。
その棟の一つが、康夜に与えられた宮だった。
康夜一人のためにしては大き過ぎるほど大きく立派な建物だ。
火の血族に連なる者たちは皆この区画で生活を共にしているらしい。
中でも、力のある術者にのみ、独立した宮を与えられ、力のない血族は術者の世話や下働きをしているという。
康夜につけられた五人の女性たちも血族ではあるが術者ではなく、力に目覚めた康夜よりも一段低い地位にあった。序列は厳然としており、衣食住全てにおいて優劣がつけられていた。
「あの……」
「はい。康夜さま」
声をかけると女性の一人が跪いて応じてくれる。
「ひとつ、聞いてもいい?」
「なんなりと」
「わたしの祖父の時有は、力が強いの?」
そのようなことを祥文帝が言っていたのが気になっていた。あの時有、と祥文帝がそんな言い方をしていた。
「はい、左様にございます。時有さまの術者としての力はおそらくすべての血族のなかで一番かと」
「そんなに?」
自在にうごめく木に翻弄された康夜は半信半疑で聞き返す。
「はい。私共は時有さまが力を出し切った姿を見たことはございませんが、力を抑えながら遣われても木の長である緑香さま、金の長である奈生金さま、誰も太刀打ちできません」
「そんなにすごいんだ……」
康夜では緑香の攻撃を燃やし尽くすことはできなかった。
祥文帝ががっかりするわけだ。
「それで? 時有さまはどこにいるの? 会ってみたいわ」
「時有さまは、現在有明さまと共に幽閉中でございます」
「幽閉って……。それに有明って…」
祖父も伯父も幽閉中?
「そんなに力が強いのにどうして幽閉なんか……」
女性は逡巡しながらも康夜の質問には答える義務があるとばかりに二人が幽閉されるに至った経緯を話した。
未令の父が日本へ還ってこなかったはずだ……。
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