覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~

海土竜

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三つの婚礼 1

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 天神山城まで連行すると、島村盛実の処遇は驚くほど簡単に決まった。
 代々仕える重臣の一人でありながら、浦上宗景はあっさりと処刑を決めた。その代わり、他の家臣、尼子家に協力する姿勢を見せた者や城から動かず中立を保って居た者は不問にする決定を下した。
 これには、征夷大将軍・足利義輝の調停が入った事もあるが、浦上政宗との決断の違いを問題にしないための処遇とも言えた。
 そして、最前線で戦っていた宇喜多家には、多くの問題が課されていた。


 新しく本拠地となる亀山城には、朝から婚礼のための品々が運び込まれ、誰かが通るたびに、庭や門前はもちろん、街道まで掃き清められていた。
 戦乱の世の人々の切り替えは早い。
 合戦の合間の祝事には我先にと駆け付け、これでもかと言うほど、踊り明かし、飲み明かす。
 新たな城主となる宇喜多直家と前城主の中山信正の娘の婚礼に、周辺の住民も浮かれ、お祭り騒ぎとなっていた。

「兵を休ませたり、戦の後始末がまだだと言うのに……」

「何をおっしゃいます。皆に酒や料理をふるまって、大いに祝ってこそ兵をねぎらえると言うものです。ましてや、主君の婚儀に誰が飲まずにいられましょうか! 私がこの日をどれほど待ちわびた事か……」

 長船貞親は、大声を張り上げたと思うと、急に涙ぐむ。

「飲み過ぎだぞ、貞親」

「直家様、このたびは、なんと、おれいを、申してよいやら……」

 転がり出るように、若武者が直家の前にひざまずいた。
 倒れ込んだと言った方が当てはまる格好であったが、真っ赤な顔をして両手を付き、呂律が回らずにもごもごと賛辞を述べているのは、まだ幼さが残っていても、いつも礼儀正しい三浦貞勝であった。
 三浦家の領地である高田城を取り戻せたため、直家の婚礼の宴が終われば、家臣たちと共に移り住むことになっている。喜びはひと際大きいと、誰よりも真っ赤な顔が、そう物語っている。

「大丈夫か? ふらふらじゃないか、水を飲むか?」

「ありがとうございます、直家様! この貞勝、誠心誠意、飲ましていただきます!」

 酒に酔った貞勝は、それが何か分かっておらぬかのように、水の入った桶を恭しく頭の上に掲げている。

「誰だ、貞勝に酒を飲ましたのはっ!」

「良いじゃないか、八兄い」

 酒を煽りながら忠家が答えた。

「忠家、お前の仕業かっ」

 忠家に説教をしようと立ち上がろうとしたところに、幾重にも着飾った小さな娘が胸元に飛びついて来た。

「直家様! 融は、遠くの城になど行きとうありません」

 泣きじゃくりながらも、しっかりと着物をつかんで離さない。その幼い娘は、高田城が陥落した時、直家が抱いて連れ出した赤子――三浦貞久の娘だった。

「どうしたんだ? まさか忠家、融にまで酒を飲ましたのか?」

「いや、俺は飲ましちゃいねぇよ!」

「融を辺境の城へなど、追いやらずにお側に置いてください」

「融~、お兄ちゃんは悲しいぞ~、一緒に、城に帰ろう~」

「辺境って……。高田城は、融の生まれた城で、お父さんやお爺さんも住んでいた城なんだよ」

「……でも、……でも」

 いくら宥めても住み慣れた城を離れるのが寂しいのか、泣き止む様子はない。

「みんな遊びに来てくれるから、寂しくはないよ」

「直家様も、来てくれますか?」

「ああ、もちろん。いつでも、駆けつけるよ」

「本当に? 本当ですか?」

「必ず駆けつけるよ」

「融は、待ってます。……いつまでも、……いつまでも、待ってますから」

 赤子の頃から面倒を見てきた直家にとっても、娘のように感じていて離れるのは名残惜しくはあったが、ここまで寂しがるのは、母のように、姉のように、面倒を見てくれた直家の妹も嫁いで離れ離れになってしまうからであろう。

「女の子は、難しいな……」

「もう、妹に世話を任せられなくなるしな」

「そうだな」

 その妹の将来を考えるのも、頭の痛い事だった。忠家も同じ事で頭を悩ませていたらしい。

「しかし、八兄い、本当に良いのか?」

「武家の娘であるからには、仕方あるまい」

「でも、相手が、あの伊賀久隆というのは……」

 和睦において、婚姻を条件とするは良くある事であったが、尼子家の対応で二つに分かれた浦上家の家臣たちを代表して、戦線を交えた、宇喜多家と伊賀家が縁組をする事となったのである。
 年齢的に妥当と思われた組み合わせが、宇喜多直家の妹と伊賀久隆だった。
 将来有望で平時なら好条件な縁談ではあったが、中山信正を討ち取った相手でもあり、直家と対した時も正攻法とは言えぬ戦い方に、違和感めいたものを感じていた。

「……だが、戦場以外で会えば、印象も変わるかもしれん」

「なるほど……。変わらなかったらどうするんだ?……」

 憶測でいろいろと邪推するよりは、妹を託すに足る男か、会ってみてから考えるべきであろう。
 今は、それ以上の疑念が浮かばぬよう一息に飲み込んだ。
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