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無双の槍
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直家が城門でにらみ合っている間に、高田城の奥で戦いは続いていた。
援軍が来たとの知らせに必死の抵抗を試みていた島村の兵たちも、何時まで経っても助けなど来ず、攻め手の兵が余裕をもって攻めてくる様子に不安を感じ始めていた。
もしかして見捨てられたのではないのかと。
しかし、狭い通路で少数しか戦えないため、牧長良の兵も疲労し、攻め側の勝利は時間の問題だという気の緩みが戦線を膠着させ、兵士たちの上げる声もどことなく覇気のないものだった。
「貴様ら! もっと声を出せ!」
戦いの喧騒をかき消すほどの大声が兵士たちを怒鳴りつける。
城門で尼子家の兵を相手に槍を振るっていたが、これからだと言う時に花房正幸の弓隊に邪魔されて、戦い足りぬと言った様子の宇喜多忠家が、槍を担いで兵士たちを押しのけていた。
「忠家様、前に出られては危険です!」
「黙っていろ! こんな物の数でもない相手に時間をかけやがって、お前らが下がれ!」
怒号を上げつつ槍の柄を壁に叩きつけると、ゴッと、鈍い音がして頭くらいの丸い穴が開いていた。
「死にたい奴はかかって来い! 俺の前に出てこれぬ臆病者は、武器を捨て、さっさと城を明け渡せ!」
びりびりと壁を震わす怒号が狭い通路の奥まで響くと、守りについていた兵士たちはすくみ上ったのか、獣が息をひそめた巣穴のような沈黙が流れたが、その奥から低くねっとりとした声が答えた。
「槍を振るうしか知らぬ愚か者が、城を手にしてどうすると言うのだ? 高きに立っても、道理も分からぬ愚か者は木にでも登って居ろ」
「何だとっ!」
「誰かと思えば、宇喜多の小倅か。よくも抜け抜けとわしの前に出てこれたものだな。父親の興家は人の上に立つ器にあらぬ愚鈍で無能、その父親の能家は、敵の首を刎ねる事しか頭になく、残忍で残虐な人の道を踏み外した外道よ。しかし、幼い子供は哀れと思い情けを掛けてやったものを、這いつくばって礼を述べずに、わしに槍を向けようと言うのか!」
「おのれ、言わしておけば!」
「貴様のような愚か者が、言葉を聞ける耳を持っているのか? 言葉を理解できる頭とは思えんがな」
「……こ、の、野郎!」
「お待ちください忠家様!」
頭に血が上り引き留める家臣たちも振り切って、狭い通路を駆け抜け、折れ曲がった角を止まらずに壁を蹴って向きを変える。
そこは通路よりも一段低く、体を一回転させて着地すると、周囲に壁はなく、開けた場所に出ていた。
「ちょっと罵られれば頭に血が上り、後先考えずに走り出す愚か者がっ! 高慢ちきな礼儀知らずの鼻っ面をわしが直々に叩いてくれる、取り押さえろ!」
飛び込んだ広場で取り囲むように向けられた槍の穂先の向こうから島村盛実の勝ち誇った雄叫びが上がった。
だが、大勢の敵に取り囲まれても怯む忠家ではなかった。
「うぉぉぉー!」
獣のような雄たけびを上げて槍を振るい、向けられていた槍をまとめて薙ぎ払う。
更にもう一振りして、怯んだ正面の兵に突進し、肩で相手の体を弾き飛ばすと、地面を蹴ってその兵士の体が地に落ちる前に空中で踏みつけるようにして高く飛んだ。
囲んでいた兵士の頭上を飛び越え、空中で逃げ出そうとする島村盛実を見つけると、全身を引き絞った弓のようにしならし槍を投げつけた。
「逃がさねぇ!」
張り上げた声と槍の風切り音が、島村盛実の頭の横をかすめ壁に突き刺さる。
「化け物か、こ奴は……。何をしている、相手は素手だ! 取り押さえろ!」
島村盛実の命に、兵士たちは再び忠家を取り囲もうとしたが、初めの勢いはない。突き出された槍を脇に抱え込むと、兵士の体ごと振り上げて反対側の兵士へと投げつけ、唖然として立ち尽くしていた兵士の槍を掴むと、軸を回転させて槍を兵士の手から引き抜き振り上げ、その柄で叩き伏せた。
しっかりと槍を握った相手から前後に引っ張ったり、左右に揺すったりして奪い取るのは難しいが、握った槍をドアノブのようにひねれば、力を入れて掴んではいられず、自分から手を放してしまう。
「誰が素手だと?」
両手に掴んだ槍を回転させ、片方を肩に乗せて上段に、もう片方を下段に構えた。
周囲の兵をぐるりと見渡し、威嚇しただけでひるませると、悠然と島村盛実を追い奥へ向かった。
再び直角に折れ曲がる狭い板張りの通路に入る。
兵士から奪った槍を床に突き刺し、壁から槍を引き抜き、急いでも居らぬかのように大股で床をしならせて歩くと、中庭に面する縁側に出る。
見事な造りの庭だったが、庭の造形に大した興味もない忠家は油断なく槍を構えて進んだが、中央の池が日の光を鏡のように反射させ目が眩んだ瞬間、障子から槍が付き出された。
(しまった!)
入り組んだ建物と同様に、庭の池も侵入者を撃退するために造られているのだと、忠家も気が付いたが、感心している場合ではない。
体をねじって槍を突き立てられる面積を最小限にして、背中の下に槍を通し、天上が見える体勢になると、実戦を潜り抜けてきた直感から脇腹に寒気を感じる。
そのまま体を限界までのけぞらせて槍先をかわすと、鎖帷子をかすめる細かな金属音がなった。
引き戻される前に槍を掴み、床を蹴って、猫のような軽やかさで一回転して体制を入れ替え、障子も柱も何もかも真っ二つにする勢いで槍を振った。
「どこにいる、出てこい!」
二つに折れた障子が血を噴出したように部屋の中は天井も壁も赤く染まり、振られた忠家の槍が隣の部屋の障子へ血しぶきを飛ばすと、中から悲鳴と逃げ惑う物音が聞こえてくる。
後は戦わずとも、怒鳴り声を上げるだけで、島村盛実の所まで連れて行ってくれるという寸法だ。
「どこだ、出てこい! ……そこか!」
大声を上げて、大股で歩く忠家に、奥の部屋へと追い詰められ、怯え切った兵士が槍や刀を構えて周りを守っていたが、忠家に追いついた宇喜多の兵士たちの姿に、最後の抵抗もできずに投降した。
大袈裟に縄で縛られた島村盛実を引っ立てて、自慢気な忠家は本丸から出てくると、兵士たちに向かって大きな勝鬨を上げた。そして、直家の姿を見つけると、島村盛実を引きずるように駆けてくる。
「八兄い、こいつを見てくれ!」
そう言いながら浮かべた笑顔は、修羅のごとく槍を振るった姿をおくびにも出さない、狩りで思いがけない獲物を取ったと言わんばかりの無邪気さであった。
「よくやった、忠家」
ねぎらいの言葉をかけると、引きずられて砂まみれになった老人の顔に視線を移す。
「島村盛実……。よくも浦上家を裏切り、尼子晴久の侵攻に手を貸したな!」
直家の叱咤にも、縛られたまま見返す島村盛実の目にはいささかも怯んだ様子はなった。
「大極も知らぬ小僧が! 尼子家に下って一つにならねば、取り返しのつかぬ事になる! 目先の事しか分からぬ愚か者め! 貴様らこそ、天下を裏切る大罪人じゃ!」
「黙れじじい! この俺が、その頭、かち割ってやる!」
「止めんか、忠家!」
槍を振り上げた忠家を声を張り上げて止めた。
島村盛実の言葉が、死を前にした苦し紛れのいい訳か、含むところがあるのかも知れなかったが、尼子晴久を武力で追い返した美作と違って、播磨では浦上政宗が尼子義久と和解した知らせが着ていた。
尼子家に味方したからと言って、裏切り者と決めつける訳にもいかないが、仇である相手を見過ごす訳にもいかない。
「止めるな、八兄い、こいつは、父さんの事も!」
「忠家! ……槍を置け、いいか、よく聞け」
直家は大きく息を吸い込んで言葉を続けた。
「多くの敵を倒した者ではなく、怒りを抑えられる者を勇者と呼ぶのだ」
「でも……、よう……」
「島村盛実の処遇は、天神山城にいる浦上宗景様に御判断願う!」
父と祖父の仇である相手を、その手で討ちたい気持ちは誰よりも強かった筈だが、直家は自分にも言い聞かせるようにはっきりと言い放った。
援軍が来たとの知らせに必死の抵抗を試みていた島村の兵たちも、何時まで経っても助けなど来ず、攻め手の兵が余裕をもって攻めてくる様子に不安を感じ始めていた。
もしかして見捨てられたのではないのかと。
しかし、狭い通路で少数しか戦えないため、牧長良の兵も疲労し、攻め側の勝利は時間の問題だという気の緩みが戦線を膠着させ、兵士たちの上げる声もどことなく覇気のないものだった。
「貴様ら! もっと声を出せ!」
戦いの喧騒をかき消すほどの大声が兵士たちを怒鳴りつける。
城門で尼子家の兵を相手に槍を振るっていたが、これからだと言う時に花房正幸の弓隊に邪魔されて、戦い足りぬと言った様子の宇喜多忠家が、槍を担いで兵士たちを押しのけていた。
「忠家様、前に出られては危険です!」
「黙っていろ! こんな物の数でもない相手に時間をかけやがって、お前らが下がれ!」
怒号を上げつつ槍の柄を壁に叩きつけると、ゴッと、鈍い音がして頭くらいの丸い穴が開いていた。
「死にたい奴はかかって来い! 俺の前に出てこれぬ臆病者は、武器を捨て、さっさと城を明け渡せ!」
びりびりと壁を震わす怒号が狭い通路の奥まで響くと、守りについていた兵士たちはすくみ上ったのか、獣が息をひそめた巣穴のような沈黙が流れたが、その奥から低くねっとりとした声が答えた。
「槍を振るうしか知らぬ愚か者が、城を手にしてどうすると言うのだ? 高きに立っても、道理も分からぬ愚か者は木にでも登って居ろ」
「何だとっ!」
「誰かと思えば、宇喜多の小倅か。よくも抜け抜けとわしの前に出てこれたものだな。父親の興家は人の上に立つ器にあらぬ愚鈍で無能、その父親の能家は、敵の首を刎ねる事しか頭になく、残忍で残虐な人の道を踏み外した外道よ。しかし、幼い子供は哀れと思い情けを掛けてやったものを、這いつくばって礼を述べずに、わしに槍を向けようと言うのか!」
「おのれ、言わしておけば!」
「貴様のような愚か者が、言葉を聞ける耳を持っているのか? 言葉を理解できる頭とは思えんがな」
「……こ、の、野郎!」
「お待ちください忠家様!」
頭に血が上り引き留める家臣たちも振り切って、狭い通路を駆け抜け、折れ曲がった角を止まらずに壁を蹴って向きを変える。
そこは通路よりも一段低く、体を一回転させて着地すると、周囲に壁はなく、開けた場所に出ていた。
「ちょっと罵られれば頭に血が上り、後先考えずに走り出す愚か者がっ! 高慢ちきな礼儀知らずの鼻っ面をわしが直々に叩いてくれる、取り押さえろ!」
飛び込んだ広場で取り囲むように向けられた槍の穂先の向こうから島村盛実の勝ち誇った雄叫びが上がった。
だが、大勢の敵に取り囲まれても怯む忠家ではなかった。
「うぉぉぉー!」
獣のような雄たけびを上げて槍を振るい、向けられていた槍をまとめて薙ぎ払う。
更にもう一振りして、怯んだ正面の兵に突進し、肩で相手の体を弾き飛ばすと、地面を蹴ってその兵士の体が地に落ちる前に空中で踏みつけるようにして高く飛んだ。
囲んでいた兵士の頭上を飛び越え、空中で逃げ出そうとする島村盛実を見つけると、全身を引き絞った弓のようにしならし槍を投げつけた。
「逃がさねぇ!」
張り上げた声と槍の風切り音が、島村盛実の頭の横をかすめ壁に突き刺さる。
「化け物か、こ奴は……。何をしている、相手は素手だ! 取り押さえろ!」
島村盛実の命に、兵士たちは再び忠家を取り囲もうとしたが、初めの勢いはない。突き出された槍を脇に抱え込むと、兵士の体ごと振り上げて反対側の兵士へと投げつけ、唖然として立ち尽くしていた兵士の槍を掴むと、軸を回転させて槍を兵士の手から引き抜き振り上げ、その柄で叩き伏せた。
しっかりと槍を握った相手から前後に引っ張ったり、左右に揺すったりして奪い取るのは難しいが、握った槍をドアノブのようにひねれば、力を入れて掴んではいられず、自分から手を放してしまう。
「誰が素手だと?」
両手に掴んだ槍を回転させ、片方を肩に乗せて上段に、もう片方を下段に構えた。
周囲の兵をぐるりと見渡し、威嚇しただけでひるませると、悠然と島村盛実を追い奥へ向かった。
再び直角に折れ曲がる狭い板張りの通路に入る。
兵士から奪った槍を床に突き刺し、壁から槍を引き抜き、急いでも居らぬかのように大股で床をしならせて歩くと、中庭に面する縁側に出る。
見事な造りの庭だったが、庭の造形に大した興味もない忠家は油断なく槍を構えて進んだが、中央の池が日の光を鏡のように反射させ目が眩んだ瞬間、障子から槍が付き出された。
(しまった!)
入り組んだ建物と同様に、庭の池も侵入者を撃退するために造られているのだと、忠家も気が付いたが、感心している場合ではない。
体をねじって槍を突き立てられる面積を最小限にして、背中の下に槍を通し、天上が見える体勢になると、実戦を潜り抜けてきた直感から脇腹に寒気を感じる。
そのまま体を限界までのけぞらせて槍先をかわすと、鎖帷子をかすめる細かな金属音がなった。
引き戻される前に槍を掴み、床を蹴って、猫のような軽やかさで一回転して体制を入れ替え、障子も柱も何もかも真っ二つにする勢いで槍を振った。
「どこにいる、出てこい!」
二つに折れた障子が血を噴出したように部屋の中は天井も壁も赤く染まり、振られた忠家の槍が隣の部屋の障子へ血しぶきを飛ばすと、中から悲鳴と逃げ惑う物音が聞こえてくる。
後は戦わずとも、怒鳴り声を上げるだけで、島村盛実の所まで連れて行ってくれるという寸法だ。
「どこだ、出てこい! ……そこか!」
大声を上げて、大股で歩く忠家に、奥の部屋へと追い詰められ、怯え切った兵士が槍や刀を構えて周りを守っていたが、忠家に追いついた宇喜多の兵士たちの姿に、最後の抵抗もできずに投降した。
大袈裟に縄で縛られた島村盛実を引っ立てて、自慢気な忠家は本丸から出てくると、兵士たちに向かって大きな勝鬨を上げた。そして、直家の姿を見つけると、島村盛実を引きずるように駆けてくる。
「八兄い、こいつを見てくれ!」
そう言いながら浮かべた笑顔は、修羅のごとく槍を振るった姿をおくびにも出さない、狩りで思いがけない獲物を取ったと言わんばかりの無邪気さであった。
「よくやった、忠家」
ねぎらいの言葉をかけると、引きずられて砂まみれになった老人の顔に視線を移す。
「島村盛実……。よくも浦上家を裏切り、尼子晴久の侵攻に手を貸したな!」
直家の叱咤にも、縛られたまま見返す島村盛実の目にはいささかも怯んだ様子はなった。
「大極も知らぬ小僧が! 尼子家に下って一つにならねば、取り返しのつかぬ事になる! 目先の事しか分からぬ愚か者め! 貴様らこそ、天下を裏切る大罪人じゃ!」
「黙れじじい! この俺が、その頭、かち割ってやる!」
「止めんか、忠家!」
槍を振り上げた忠家を声を張り上げて止めた。
島村盛実の言葉が、死を前にした苦し紛れのいい訳か、含むところがあるのかも知れなかったが、尼子晴久を武力で追い返した美作と違って、播磨では浦上政宗が尼子義久と和解した知らせが着ていた。
尼子家に味方したからと言って、裏切り者と決めつける訳にもいかないが、仇である相手を見過ごす訳にもいかない。
「止めるな、八兄い、こいつは、父さんの事も!」
「忠家! ……槍を置け、いいか、よく聞け」
直家は大きく息を吸い込んで言葉を続けた。
「多くの敵を倒した者ではなく、怒りを抑えられる者を勇者と呼ぶのだ」
「でも……、よう……」
「島村盛実の処遇は、天神山城にいる浦上宗景様に御判断願う!」
父と祖父の仇である相手を、その手で討ちたい気持ちは誰よりも強かった筈だが、直家は自分にも言い聞かせるようにはっきりと言い放った。
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